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動き出す歯車


「やっと来たのかよ。 30分も待ったんだけど~。」


到着したバンのヘッドライトに照らされながら悪態を吐くと、運転席から見慣れた人影が降りる。


「このままバックレた方が良かった気がしてきたわ。」


いつも頭の後ろで髪を結んでいる朱理だが今はどうやら髪をおろしているようで、それだけでどれだけ急いできたかが伺える。


「人のこと呼びつけといてずいぶんな態度だね、朔。」


次いでバンの助手席からメイド服を纏った女性が降りる。軽やかに着地すると潮風に長い癖のある緑がかった髪を靡かせた。


「げっ、環……。」


この環という女性は、朱理の経営するメイド喫茶のメイド長、白石環である。彼女もまた渡理達とは長い付き合いのある人物である。


「朱理ちゃんも私もあんたのせいで叩き起こされてここまで来てあげてるんだけどなぁー。なんで嫌そうな顔してるのかなぁー。」


ヘッドライトの逆光で表情は読み取れないが、環のムカついている時特有のにこやかな笑みをしているのだろう。

環はズカズカと渡理に近づくと渡理の頬を引きちぎるかの如くつまむ。


「い゛っだぁああああああ!!!」


「とりあえず、ありがとうございますって言って欲しいかなぁー。」


目の前まで来るとようやく表情が認識出来た。案の定にこやかそうな笑みを浮かべている。

いつも苦汁ばかり飲まされている朱理は今回もいつも通り渡理がいじめられてる光景を実に楽しそうに眺めている。


「来ていただきホンマありがたいッす!! 朱理さんもいつもいつもありがとうございます!! これでいいだろッ!! 放せぇー! 放してくださいぃぃぃ!!」


「まあ環、そのくらいにしてやれ。 そろそろ本題に入ろう。 車の中でした通話で状況はあらかた聞いたが、因子を取り込んだであろう男はどこだ。」


環はパッと手を離すと渡理は赤く腫れた頬の安否を確認してから頬を摩っていない方の手でその方向を指を差した。


「うう……、あっちのコンテナの方……。」


「「は?」」


二人は渡理に指を差されて初めてそちらに目を向けた。

極力荒立てないという意識が根底にある二人にとっては公共の場でコンテナがひしゃげるなどあってはならない事態。

即座に渡理に殺意のこもった視線が双方向から突き刺さる。


「いや、俺は悪くないっ!」


この渡理の明らかに無理のある言い訳は普段温厚で余裕のある朱理すらも髪をかき乱して襲いかかるほど朱理の神経を逆撫でした。

恐らく言い訳が悪かったというよりも、言い訳をしているのが渡理だったのが悪かった。


「一旦抑えて朱理ちゃん! このことは後できっちり朔に精算させればいいから、一旦今はここを早く離れよう!?」


息を荒立て今にも渡理に殴りかかりそうな朱理を環は必死に宥めながらコンテナの方向へ向かう。

渡理の能力で中途半端に戻っている人型の異形の怪物を目にし、2人は息を呑んだ。


「これは……。 間違いないわね。」


さっきまでの怒りも忘れ朱理が呟く。


「うん。 似た奴ら見たことある。」


朱理は迅速にその死体の瞳孔や硬直具合を調べ、内ポケットから取り出した注射器で血液を採取する。


「詳細は後で調べるとして、間違いなくProject Manticoreの類する何かでしょうね。 聞いてた話から推測するに元々改造されてた男が起爆剤を銃弾型のシリンジで打ち込んだって感じかしら。」


「で、これからどうする?」


無神経に渡理がそう問うと不快そうな顔をした二人が渡理の方を振り向くが、瞬時にその表情は驚愕へと変わり、視線は渡理の左手へと注がれる。


「え、朔その手どうしたの!?」


二人の表情の意味が分からず渡理は首を傾げ、ふと左手を見ると怪我自体は酷くはないが毒々しく腫れている。


「それこいつの因子じゃないの? Manticoreの因子って毒性があるじゃない。類似の変異体なら毒性の因子を持っててもおかしくないでしょ。」


「でもそれなら渡理が喰らってるのはおかしくない?」


Manticoreの因子は人体に極めて有害だが、因子の強度自体が脆弱なため通常自分の因子で相殺が可能である。


「いや、俺攻撃なんて喰らって……、あ。 そいや……、口ん中ぶん殴った……。 しかもそれから左手で能力使ってないわ……。」


それに気づいた渡理は見る見るうちに顔が青ざめていく。

“因子活性”

だが時すでに遅い。


「となると30分以上も経ってるんだからもう全身に回ってるんじゃない?」


「は……、まじかよ…………。」


朱理の発言を意識した瞬間、なんとなく視界がぼやけていく感覚に見舞われ、そのまま勢いよく倒れこむ。

それらの一部始終を見ていた環が腹を抱えて笑い始める。


「あっははは!! 馬鹿でしょっ!!」


遠くなる意識の中、渡理は環が自分を指差して笑っていることだけが認識でき、何とか声を捻りだす。


「…………この、…………野郎。」


その言葉を遺言として渡理の意識はだんだんとこの夜よりも暗いどこかへと消えていった。

死体、大笑いする女性、満面の笑みの女性、どう見てもここが地獄だが、渡理はどこへ行ったのだろう。


「はぁ、もう仕方ないなっ。」


“刻印:因子破壊”

しゃがみ込んだ環は渡理の首筋に触れると自分の能力を発動し、Manticoreの因子を破壊する。

渡理の意識が徐々に戻り、だんだんと環の顔の輪郭が見え始めた。


「ちゃんとした戦闘なんてここ数年してない癖に、油断してるから悪いんだよ。」


「うっさ……。」


Manticoreしかも急ごしらえの劣化版から怪我を負ってしまった渡理はぐぅの音もない。


「とりあえず、証拠隠滅が最優先でしょ。」


渡理を治した環はこのアホみたいな雰囲気を絶ち、脱線した話を修正してくれる。


「よし、渡理。 まずはこのコンテナとこの男を海に沈めろ。」


ふらつく足で何とか立ち上がった渡理だが、いきなり強いられた重労働に苦悶の表情を隠せない。


「嘘だろ……。 あの~、もう数えきれないくらい能力使ってまして……、そろそろオーバーフローしそうなんですけど……。」


「渡理、貴様が悪い。 つべこべ言わずやりやがれ。 嫌ならもっと無いお頭を使って事態を抑えるべきだったわね。」


問答無用と言った朱理に、説得を諦めた渡理はまっとうに自分の尻拭いに取りかかった。

しかし本当に限界だった渡理は能力も使わずコンテナを引きずり始める。

能力者は素で身体能力が高く、このくらいであれば持ち上げられる。

それに見かねた聖人君子の環は溜め息を吐きながらコンテナの反対側を持ち上げる。


「仕方ないな……。 私も朱理ちゃんの意見に100%賛同だけど、流石に朔が可哀そうだから手伝ってあげるよ……。」


「ちょっと環……。 まぁ、もう4時になるし時間が優先ね……。」


コンテナを海へ沈めると、次にスキンヘッドの男に短く祈りを捧げその遺体も暗い海へ落とした。

先ほどの戦闘による血痕の隠蔽のために、その箇所をコンクリートごと砕いて同じ海に投げ捨てる。

警察の追跡はこれである程度撒けるだろう。

そして気絶している依頼関係者をバンに押し込み、三人は早々にその場を離れる。

人気のない大通りを走る車内はいつもの雰囲気とはかけ離れ静かだった。

とうとう手に入れた情報。

それをどう使うか――三人はそれぞれ考えていた。

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