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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第二章 連続する事件
8/21

天沢敏雄の場合(一)

「うそ」

 紫藤さんが、ぺたんと座り込んだ。

「本当だから」

 無敵さんが、紫藤さんの腕をつかんで、引き上げた。

「私たち、何かした? ただの大学生だし、恨まれるようなことなんか」

「理由を考えるよりも、身を守る方が先。じゃ、三階に戻ろう」

「なんでよ、ムウ」

「桐ヶ谷先輩が一人でいるから」

 無敵さんの表情は強張っていた。

「それって、どういうこと?」

 紫藤さんが疑うように目を細めた。

「こういうときは、一人になると狙われやすいんだよ」

 僕は横から口を出す。

 無敵さんが微笑んだ。

「そういうこと。早く桐ヶ谷先輩の無事を確認して、みんなで一緒に一階でゲームでもしよう?」

「え? じゃあ、ムウ、まさか、桐ヶ谷先輩が襲われているとでも」

「かもね。急ごう」

 無敵さんは、居間に続く扉を開けた。

 そして、立ち止まった。

「危ない」

 すぐ後ろを歩いていた僕は、ぎりぎりのところで足を踏ん張る。

 背中に紫藤さんがぶつかった。

 僕は、無敵さんに理由を問おうとして顔を上げる。

 無敵さんの向こうには、桐ヶ谷先輩が立っていた。

「ねえ、お腹空いちゃったから、ケーキの残りを食べない?」

 屈託のない笑顔で、桐ヶ谷先輩が言った。

 いかにも、桐ヶ谷先輩らしいセリフだった。

 でも、あまりにタイミングがホラーだった。


 真夜中から未明になろうというころ、僕ら六人は居間に集まっていた。

 最初は交代で眠ろう、と言っていたのに、見張り役を譲り合ううちに、全員で起きられるだけ起きていることになった。

 けっきょく、残っていたケーキは僕らの分も含めて、天沢先輩と、桐ヶ谷先輩、野津田さんのお腹におさまった。

 残り三人――無敵さんと、僕と、紫藤さん――は、カードゲームで時間を潰していた。チャンスが来ても、三人とも小さな声しか出さないから、お通夜みたいなゲームになってしまった。

 実際、難波先輩があんなことになっているのだから、お通夜で正解なのだろうけれど。

 僕は時折、パントリーの奥にあるという大きな冷蔵庫の方を見た。

 あの中に、難波先輩の遺体があると思うと、背中が冷たく感じる。

 難波先輩は、無敵さんと僕が文芸サークルを立ち上げたとき、ずいぶん年上の学生だったにも関わらず、僕らの味方をしてくれた先輩だ。

 難波先輩がいたから、サークルの立ち上げに必要な人数が集まったと言ってもいい。そんなお世話になった先輩が亡くなったというのに、涙が出なかった。自分が悲しんでいるのかも、よくわからない。

 恐怖だけが、僕の胸を圧迫している。

 時折耳を澄ますと、冷蔵庫なのか、エアコンなのか、エレベーターなのか、モーター音が聞こえる。

 現代の家は、家電を使っていればどの家でも同じようにモーター音や、蛍光灯のチリチリいう小さな音が聞こえているはずだ。この、モミの木館に限ったことじゃない。

 それなのに、まるで、誰かの鼓動のような、足音のような、変な音に聞こえてきてしまう。

「つまらないな。ちょっと、部屋からゲームを取ってくる」

 天沢先輩が立ち上がった。

「でも、一人になるのは危険ですよ」

 僕も立ち上がる。ついていくつもりだった。

「大丈夫だ。エレベーターで行って、すぐ戻る」

「そういう油断が危ないんですよ」

「じゃあ、大きな音でもしたら助けにこればいい」

 天沢先輩は面倒くさそうに僕を睨むと、エレベーターのボタンを押した。

 エレベーターが三階から降りてきて、扉が開く。

「じゃあ」

 軽く手を挙げると、天沢先輩はエレベーターの中に消えた。

 僕は、エレベーターを見上げた。

 エレベーターはそのまま三階に到着する。天沢先輩が降りるのが見えた。そして、天沢先輩の姿は見えなくなった。

 バタン、という音がした。

 きっと、部屋の扉を開けた音だろう。

 僕は、姿を追うのを諦めて、無敵さんたちのところに戻る。

 桐ヶ谷先輩と野津田さんは、ケーキのお皿を洗うために、台所に入っていった。

「……よく、こんなときに食べられるね」

 紫藤さんが、ぼそりと言った。

 僕も同感だった。

「二人とも、医学部だからじゃないの」

 無敵さんが手元のカードに目を落としたまま言う。

「でも天沢先輩は工学部じゃない」

 紫藤さんが唇をとがらせた。

「そうだよね」

 気のぬけた声だった。

 僕は首を傾げる。

 無敵さんがこんな声を出すときは、考え事をしているか、緊張しているかのどちらかだ。頭の回転の速い彼女が、このくらいのカードゲームでそこまで集中力を必要とするとは思えないし、難波先輩のことがあったにしても、緊張している、というのは少し違う気がする。

「どうしたの、無敵さん。調子悪い?」

 僕は彼女の肩に手を掛けた。

 その手を、無敵さんは、そっと外して立ち上がる。

「ねえ、あれ、猫屋敷君」

 無敵さんが天井の方を指さした。

 そこには、三階の廊下が見えている。

 ちょうど、エレベーターホールと逆の方向だ。

 ガラス張りの廊下ごしに、天沢先輩が僕らを見下ろしていた。

 顔色がどす黒い。

 おでこをガラスに当てているらしく、前髪がピッタリと貼りついている。

 明らかに、さっきまでの天沢先輩と違う。

「……!」

 無敵さんが慌てた様子でエレベーターのボタンを押した。

 その瞬間、カチリ、という音がして、また停電になった。

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