密室の証明(二)
「これって、カギが壊れているってことですか」
紫藤さんは諦め切れないらしく、もう一度、ドアノブをつかんだ。
「そうなんだろうな」天沢先輩は、眼鏡のブリッジを人差し指で押さえた。「私がここに来たときには、もう開かなかったから確かなことは言えないが、カギ自体が折れるか、引っかかるかして動かなくなっているのだろう」
「扉を壊せば開きますよね」
紫藤さんがドアノブから手を放す。
「無理だろう。この扉は分厚いし、外開きだから蝶番も屋外にあって、いじって外したりはできない」
「でも、難波先輩が殺されたんですよ? 外に連絡を取らないと」
紫藤さんの声は、悲鳴に近かった。
「……難波先輩は、ケガをしているわけじゃない」
天沢先輩の声は、落ち着いていた。
「だから、死んでるって!」
「ケガをしているのなら、治療の必要があるだろう。だが、死んでいるのなら、もう手遅れだ。どうすることもできない」
天沢先輩が、僕らを見回した。
眼鏡に玄関の明かりが反射して、表情がよく見えない。
その代り、天沢先輩のきつく結ばれた唇だけが、僕の脳裏に焼き付く。
「そんなのって……!」
紫藤さんが拳を握りしめた。
「――難波先輩はどうすることもできないとしても」
澄んだ声が、僕の背後からした。
無敵さんだ。
「難波先輩を殺したという犯人は、探さなければなりませんよね?」
無敵さんの表情も、さすがに硬い。
「犯人?」
「そうです。天沢先輩は、いつから一階にいらっしゃいますか?」
「停電の前からだ。固定電話を探しに降りてきて、見つからないから外に出ようとしたら、扉が開かなかった」
「私の部屋は二階で、扉の上にあるといってもいいくらいなんですけど、難波先輩の悲鳴が聞こえるまで、玄関を開けた音は聞こえませんでした。その後、私や利桜が難波先輩の部屋に向かいました」
「そうか。私は同じ階だからな、一番乗りだった」
「そのとき、桐ヶ谷先輩と心葉ちゃんは?」
「まだだ。でも、エレベーターホールから近かったせいだろう。君たちよりは速かった」
「そうでしょうね。私が部屋から飛び出したとき、廊下のガラス越しに、エレベーターの位置を確認したんです」
「エレベーターの位置?」
「三階で止まっていました。猫屋敷君、私たちが乗ったとき、エレベーターはどこ?」
「えと」急に話を振られて、僕は記憶を探りながら言う。「呼び出した覚えがないから。三階に止まっていたんだと思う」
「そうだよね。それで、天沢先輩は、どうやって一階に?」
答えを促すように、無敵さんはてのひらを天沢先輩に向けた。
「非常階段だ。君たちが上がってくると思ったから」
「三階から、わざわざ?」
「大したことじゃない」
「急いで電話を探さなければならないときに? 私たちなんて、ただの野次馬ですよね」
「無敵さんが非常階段なんて駆け上がったら、三階に着いた途端に倒れるだろう。気を遣ったんだよ」
天沢先輩が、はーっと面倒くさそうにため息をついた。
無敵さんは、むっとした顔で一瞬黙った。
「お気遣いありがとうございます。でも、先輩が非常階段を降りてくださって、ちょうどよかったです」
「ちょうどよかった?」
天沢先輩が、軽く体を引く。
「そうです。この建物の中って、廊下がガラス張りだから、丸見えですよね。もし、殺人犯が難波先輩の部屋から出て、外に逃げようとしたら、私たちの誰かに見つかってしまうはずです。停電を起こして逃げるにしても、天沢先輩が一階にいらっしゃったし、玄関扉は開かないし。そうなると、犯人にできることって、一つだけですよね?」
無敵さんは淡々と話している。
紫藤さんと野津田さんが顔を見合わせた。
天沢先輩は、困ったように顔をしかめている。
僕は、だんだん鼓動が速くなるのを感じていた。
無敵さんから見られるような状態で、犯人はエレベーターを使うことはできない。そして、天沢先輩のことがあるから、非常階段も使えない。停電のうちに逃げることもできない。
できることは、このモミの木館に潜むことだけだ。
僕がその結論にたどりついたとき、無敵さんが口を開いた。
「つまり、私たちは殺人犯と共に、このモミの木館に閉じ込められた、ということです」
辺りの空気が、一瞬、凍りついたように感じた。




