密室の証明(一)
無敵さんが倒れると同時に、ばたばたと足音がして、桐ヶ谷先輩が入ってきた。
「なんでこんなところにいるの!」
「無敵さんが戻ってみようと言ったからです。難波先輩の遺体はどこへいったんですか」
僕は無敵さんの背中を支えたまま、桐ヶ谷先輩を見上げる。
「どこって。天沢先輩が遺体は冷蔵庫に移動させないと……腐るっていってたから」
桐ヶ谷先輩が顔をしかめる。
「冷蔵庫、ですか?」
「キッチンの奥にある大きなやつ。冷凍スペースもあるよ。まだ見てなかったっけ」
「見てません。でも、一言僕らに教えておいてくれたっていいじゃないですか」
僕は、青い顔で目を閉じている無敵さんを見下ろす。
「ああ……ごめんね、雫花ちゃん」桐ヶ谷先輩が無敵さんをのぞき込んだ。「本当はこんなつもりはなくて、ロマンティックなクリスマスにする予定だったんだけど」
「人死にが出てロマンティックはあり得ませんよ」
「猫屋敷君、怒ってる?」
「御覧の通りです」
そのとき、無敵さんがまぶしそうに目を開けた。
「あ、気づいた、雫花ちゃん」
桐ヶ谷先輩がにっこり笑う。
「桐ヶ谷先輩、驚いていませんね?」
無敵さんが体を起こしながら、言った。
桐ヶ谷先輩のほうは見ない。
「先輩だって、まさか、こんなことがあると思わなかったでしょう? なのに、ずいぶん落ち着いていらっしゃるように見えます」
「学部的に、ご遺体は見慣れているから」
「なるほど」
無敵さんは素直にうなずいた。
けれど、僕は違和感を覚える。いくら遺体を見たことがあるとしても、知らない人と知っている人では別なのではないか。まして、予期せず同じサークルの仲間が殺された、というのなら。
でも、無敵さんは反論しない。
「それで、非常階段を使って運んだんですね」
「停電しちゃったからね」
「桐ヶ谷先輩、私に何か隠していますか?」
「別に」
桐ヶ谷先輩が肩をすくめた。
無敵さんと桐ヶ谷先輩が睨み合った。
すぐに、無敵さんが視線をそらす。
桐ヶ谷先輩と、勝負じみた睨み合いをして、勝てる人はうちのサークルにはいない。
「天沢先輩は固定電話を見つけたんですか」
無敵さんがスカートのポケットをゴソゴソと探り始めた。
「いや、見つからなくて」
「では、外に警察を呼びに行かなくては」
言いながら、まだごそごそしている。
「外は雪だよ」
「私たち、雪の中を歩いてきました。大丈夫ですよ」
「とりあえず、雫花ちゃんはやめたほうがいいと思う」
桐ヶ谷先輩が僕の方を向いた時だった。
無敵さんのポケットから白いハンカチが飛び出し、難波先輩が座っていた椅子の下にある血だまりに落ちた。
「あ」
僕と紫藤さん、桐ヶ谷先輩が声を上げる中、無敵さんは何も言わず、ハンカチを拾い上げる。
白いハンカチは赤く染まってしまっていた。
無敵さんはそれを目の高さまでつまみ上げて見つめている。
「それ、もうだめじゃない?」
紫藤さんがおそるおそる、といった様子で尋ねる。
「いいえ」無敵さんは微笑んでいる。「猫屋敷君、ビニール袋を持っている?」
「ああ、あるよ」
僕はジーンズのポケットからコンビニのビニール袋を出す。
「猫君、なんでそんなの持ってるの?」
「無敵さんが熱を出したとき、水か氷を入れたら頭を冷やせるから」
「……どうなってるのよ、あんたたち」
僕は紫藤さんのあきれ顔を無視して、無敵さんにビニール袋を開いた状態で差し出す。
「ありがと。あとで洗うから、ちょうだい」
袋にハンカチを入れると、無敵さんは部屋を出た。
僕も慌ててついて行く。
「無敵さん、僕が外に出るよ」
「じゃあ、猫屋敷君にこのハンカチを渡しておいた方がいいのかな」
「え?」
「警察に行ったら、これを調べてほしいの。難波先輩の血ですって言って」
「それ、どういうこと?」
「猫屋敷君だったら、少し考えたらわかると思う。よろしくね」
ハンカチの入った袋を受け取り、エレベーターで一階に向かった。
居間のテーブルには、僕らが遊んでいたカードゲームがそのままになっていた。
「私も行こうか。ムウよりは使えると思うけど」
紫藤さんが玄関につながる扉を開けた。
「それどういう意味?」
無敵さんがむっとした顔で扉を押さえる。
「だから、ムウはすぐ倒れるから雪の中になんか出せないし」
「使える使えないとは別でしょ?」
「今は別じゃない……の?」
紫藤さんが立ち止まった。
僕と無敵さんも、前をふさがれた形になって、止まる。
玄関ホールには、天沢先輩と野津田さんがいた。
二人は玄関扉のカギの辺りをのぞき込んでいる。
「どうしたんですか?」
無敵さんが僕らを押しのけて前に出た。
野津田さんが不安そうな顔で、天沢先輩を見る。
天沢先輩は、痛いのを我慢しているように、拳を握りしめていた。
「先輩? 何かあったんですか?」
「……カギが壊れてる」
「壊れてる? 閉まらないんですか」
「開かないんだ」
紫藤さんが、「うそ」と言って、ドアノブを握った。左右にひねろうとするが、びくともしない。
「確か、扉は厨房の冷蔵庫の奥にもあるって話でしたよね」
「そちらもカギがかかっている」
「開けるためのカギは?」
「難波さんが持っていたはずだが、見つからない」
「バスルームの扉は、難波先輩が封鎖したって言っていましたよね」
「そうだ、一階に窓はない。客室の窓は、換気用で人が外に出られるほどは開かない」
天沢先輩の額には汗が浮かんでいた。
「私たち、外に出られないみたいなんです」
野津田さんがおずおずと言った。
紫藤さんが迷惑そうに「ええ?」とつぶやく。
僕は無敵さんを見た。
無敵さんだけが、うっすら笑みを浮かべていた。




