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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第一章 モミの木館
5/21

難波渉の場合(三)

 停電すると、一瞬、辺りが完全な闇に飲まれた。

 そして、モーター音もない、静寂。

 暗闇の中、腕の中でもぞもぞと無敵さんが動くのがわかった。

「無敵さ……」

 彼女は僕の口元を手でふさぐと、しぃ、と言った。

 無敵さんの指は、貧血を起こしていたせいか、とても冷たかった。

 でも、その指先から、拍動が感じられるような気がした。

 ドク、ドクという、一定のリズムで血が送り出される音が、聞えるような。

 閉鎖空間にいるせいだろうか。

 無敵さんだけではなく、僕自身や、紫藤さんの鼓動まで聞こえてきた。

 三つの、リズミカルな音。

 どこかで、扉を開ける音が混じった気がする。

 でも、今、聞こえているのが本当の音なのか、幻聴なのか、僕にはわからなかった。

 ほどなく、廊下や居間の一部に緑の光が灯った。

 非常灯らしい。

 無敵さんがガラスに手を伸ばす。

 そして、非常灯に照らされた居間と廊下を、じっと見つめた。

「……」

 彼女が僕の腕の中で、深いため息をついたときだった。

 明かりが点いた。

 モーター音が聞こえ、エレベーターが動き始める。

 辺りが明るくなって、二階のガラス張りの廊下が見える。

チーンという音がして、エレベーターの扉が開いた。

「だめ。三階に戻ろう」

 僕が外に出ようとすると、無敵さんが袖を強く引っ張った。

「でも、無敵さん、休んでたほうが」

「大丈夫。もう一度、三階に行くの。降ろして」

 無敵さんが体を動かした。

 僕は彼女をそっと床に降ろす。

 彼女はすぐに、三階のボタンを押した。

 エレベーターの扉が閉まった。

「どういうこと、ムウ」

 紫藤さんが無敵さんをのぞき込む。

「何かが起こっていると思う。……逆に、何かが起こっていないとすれば、恐ろしい」

 エレベーターは二階と三階の間を上がっていく。

 辺りが少し暗く感じられる。

 エレベーター自体はガラス張りだが、その周囲を囲む壁は暗い灰色だった。

「恐ろしいって」

 紫藤さんが再び尋ねたとき、辺りがまた、明るくなった。

 三階の、ガラス張りの廊下が見えていた。

 チーン、という音がした。

「いつ、どういう状態で襲われるかわからない、ということ」

 無敵さんはそう言い捨てると、エレベーターから出た。


 難波先輩の部屋は、扉が閉められていた。

 無敵さんはノックをして、返事を待つ。

 三秒、四秒、五秒……。

「返事、ないね?」

 紫藤さんが首をかしげた。

「ねえ、ムウ。桐ヶ谷先輩たち、まだ中にいるんだよね」

 無敵さんは、じっと扉を睨んでいた。

 心なしか、頬が青白く、血の気が引いているようにも見える。

 彼女は、くっと顎を上げると、もう一度、ノックした。

「桐ヶ谷先輩、(ここ)()ちゃん、開けますよ」

 僕が止めるまもなく、彼女は扉を押し開けた。

 そこに、桐ヶ谷先輩も野津田さんもいなかった。

「うそでしょ」

 紫藤さんがのけぞり、後ろに一歩下がった。

 

 部屋の中には、難波先輩の遺体もなかった。


 僕は足をふんばり、無敵さんの様子をうかがう。

 彼女は部屋に入り、床にできていた血だまりを眺めた。

 それから、僕を振り返り、にこりと笑った。

「ね、これ、どういうこと?」

「どうって」

 僕は言葉を切り、彼女に向かって駆けだした。

 無敵さんが崩れるように倒れた。

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