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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第一章 モミの木館
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難波渉の場合(二)

 夜が更けると、僕らはそれぞれの部屋に向かった。

 僕と無敵さんは、居間に荷物を置きっ放しだったが、ほかのメンバーはすでに運び混んでいたようだ。

 三階の三室が難波先輩と天沢先輩と、僕だった。

 先輩の特権だろうが、エレベーターの両脇の部屋に、難波先輩と天沢先輩が陣取っている。僕の部屋はエレベーターからも、その隣にある非常階段からも一番遠い部屋だ。

 部屋にはシャワーブースつきのバスルームと、セミダブルサイズのベッド、鏡のついた机と椅子があった。

 そこに、目覚まし時計、カップとスプーン、インスタントコーヒーの小袋が置いてある。

 小さなポットもあった。コードがついていて、中に水を入れて電源を入れれば湯が沸く仕組みになっているようだ。

 僕はさっそく、バスルームの洗面台から水を汲んで、沸かし始めた。

 湧くのを待ちながら、窓の外を見ようと思った。

 「田」の形の枠にガラスがはめ込まれた窓は小さかった。枠の下の部分に留め具があるから、一応は開くらしい。

 曇った窓を手で拭いてのぞく。

 だが、夜のせいか、窓には僕の顔が映ってしまい、外がよく見えない。

 つまらなくなって、今度は廊下に出てみる。

 部屋の壁と反対の部分は、ガラス張りだ。

 ガラス越しに、正面にはエレベーターホール、そしてその左右に、難波先輩の部屋と天沢先輩の部屋の扉が見えていた。

 廊下の下は壁になっている。

 さらにその下には、やはりガラス張りの廊下があった。

 二階だ。そちらには、女子メンバーの部屋がある。

 二階のエレベーターホールに近い部屋の扉が見えていた。

 僕は無敵さんのことを考える。

 女子メンバーは桐ヶ谷先輩が三年生、無敵さんと紫藤さんが二年生、野津田さんが一年生だ。

 だから、エレベーターホールに近い部屋の二つのうち一つが桐ヶ谷先輩だというのはわかる。

 でも、もう一つが野津田さんだというのがわからない。

 桐ヶ谷先輩と野津田さんの共通点といえば、学部くらいだ。

 二人とも医学部で、野津田さんは、よく桐ヶ谷先輩に勉強のことを相談しているようだ。もしかして、今日も何か相談事があって、こういう部屋割りになっているのだろうか。

 部屋に戻ると、湯が沸いていた。

 僕は側に置いてあったインスタントコーヒーの袋をあけ、をカップに入れる。

 海外製のものなのか、包装には見た事もない文字が書いてある。袋の端の止め方が多少荒くて、少し粉が外に漏れていた。

 思わず、湯を注ぐ前に匂いを嗅いでみる。

 とくに、変な匂いもしない。

「ま、いっか」

 僕はカップに湯を注ぐと、スプーンでかき混ぜた。

 砂糖を入れなかったせいか、酷く苦いコーヒーだった。

 

 扉を叩く音で、僕は目を覚ました。

「猫君! 猫君、開けて!」

 紫藤さんの悲鳴みたいな声が聞える。

 僕はふらつく頭を押さえて立ち上がり、扉を開けた。

「どうしたの?」

「難波先輩が部屋で血まみれになってて。……桐ヶ谷先輩が言うのには、もう」

「もう……って?」

 僕は、血の気が引くのを感じた。

 同時に体が寒くなるのが痛いほどに感じられ、一気に覚醒する。

「ちょっとまって、紫藤さん。どこで、難波先輩が血まみれになってるの?」

「難波先輩の部屋」

 紫藤さんが体を避けた。

 ガラスの向こう、難波先輩の部屋の扉が開け放たれているのが見える。

 その側に、無敵さんが青ざめた顔で立っていた。

「桐ヶ谷先輩たちは」

「医学部の人たちは、難波先輩のそばについてる。ムウもついていたかったみたいだけど、倒れそうになったから」

「そりゃ倒れるよ!」

 僕は紫藤さんを押しのけて、廊下を走る。

 すぐに、無敵さんの姿が見えた。

「無敵さん!」

「……猫屋敷君……」

 か細い声だった。

 でも、きっちり、僕の耳には届いた。

 僕が彼女の側に到達するのと、彼女が倒れるのと同時だった。

 しっかりと抱き留めてから、僕は、部屋の中を振り返る。

 部屋の中は明かりが点いていた。

 僕の部屋にあるのと同じ椅子に、難波先輩は座っている。

 背もたれに腕を掛け、のけぞるような格好だ。

 シャツの胸の辺りに、裂け目が見えた。

 ぬめぬめと光っている。

 床も赤く染まっている。

 その傍らに桐ヶ谷先輩が立っていた。

「ああ、猫屋敷君」

 桐ヶ谷先輩が、緊張した顔で振り返った。

 難波先輩の腕の脈を、野津田さんが身を屈めてみていた。

 野津田さんが僕を見て、ゆるゆると首を左右に振る。

「今、天沢先輩が固定電話を探してる。難波先輩が一階のどこかにあると言っていたみたいだから。……でも、心臓を一突きって感じだから、救急車がきたとしても」

 桐ヶ谷先輩は、僕から視線をそらした。

 野津田さんが顔を上げ、机を見やる。

 そこには時計があった。

 もう、午前一時だ。

「私たちで何とかするから、猫屋敷君と紫藤さんは、無敵さんの介抱をしてあげて」

 いつの間にか、紫藤さんが側に立っていた。

「僕一人で大丈夫ですよ」

 僕は無敵さんを抱き上げる。

 桐ヶ谷先輩が腰に手を当てた。

「だめだよ。無敵さんは女の子でしょ? 猫屋敷君は男の子じゃん」

「桐ヶ谷先輩は、僕が無敵さんによからぬことをするとでも?」

 侮辱された気になって、僕は唇を噛む。

「そういうわけじゃないけど。ともかく、紫藤さんも行ってあげて」

「はい」

 紫藤さんが素直に頷き、僕に、「行こ」と言った。

「わかった」

 悔しかったけれど、僕は、そう答えることしかできなかった。


 エレベーターに乗ると、紫藤さんがため息をついた。

「猫君、寝てたの? 難波先輩の声、すごかったよ?」

「それ、聞いてないんだ。コーヒーを飲んでたはずが、寝ちゃってたみたいで」

「聞かない方が良かったかも」

 僕らは沈黙した。

 もうすぐ二階だと思うが、まだ着かない。

「ここは、各階の間がけっこうあいているんだね。部屋の天井はそれほどでもなかったけど」

 僕が話していると、急に、ガクン、という衝撃があった。

 それと同時に電気が消え、エレベーターも止まった。

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