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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第一章 モミの木館
3/21

難波渉の場合(一)

 奥の部屋には厨房があって、大きくて細長いテーブルと、椅子が十脚あった。

 テーブルには既に鳥の丸焼きやフランスパン、かご一杯に盛られた果物なんかが置いてある。

 各人の席の前には白い皿が二枚並べられていて、フォークとナイフ、スプーンも添えられていた。

「これ、みんなで準備したの?」

 無敵さんが驚いたように、口元に手を当てた。

「みんなというのは誤解があるかな。七面鳥は父の知り合いで、この辺りでレストランを開いているという人が差し入れてくれたものだ」難波先輩が指を折りながら説明し始めた。「フランスパンは父の馴染みの店から取り寄せたものだ。果物は、ええと、どこから買ったかな」

 自分の手を見つめながら、難波先輩は顔をしかめる。

「私と猫屋敷君が来る前に、全部準備してくれたの?」

 無敵さんは難波先輩を無視して、野津田さんに話しかけた。

「そうなんです。無敵先輩」

 野津田さんは、アイドルばりの大きな目で瞬きをして、両手の指を組む。

 背中まであるストレートの黒髪が、さらり、と肩に流れた。

「ありがとう。嬉しいな」

 無敵さんも微笑んだ。

 無敵さんは、野津田さんが好きだ。

 今年の四月、僕らのサークルは初めての新入生の勧誘に出遅れた。

 ポスターもなければ、立て看板もない。

 せいぜい興味のありそうな人に声を掛けて、部誌を配るのが精いっぱいだった。

 そんな中、一人だけ入ってきてくれたのが野津田さんだった。

 そのせいか、無敵さんは彼女を妹のようにかわいがっている。

「私も手伝ったんだけど」

 足音を立てて近づいてきたのは、桐ヶ谷美保里先輩だった。

 高校まで柔道と剣道を習っていたという桐ヶ谷先輩は、体全体の筋肉がしっかりしていて、僕や難波先輩、天沢先輩に比べて、ずっと力強い。

 一度、無敵さんが活動休止状態の他の文芸サークルに因縁をつけられたときは、僕と桐ヶ谷先輩がサポートに入った。

 つまり、うちのサークルの用心棒のような存在だ。

 それでいて、スイーツ、とくにパフェに詳しくて、よく新しい店を紹介してくれる。

「デザートは、桐ヶ谷先輩が選んだんですか?」

 僕は内心、うきうきしつつ、尋ねる。

 桐ヶ谷先輩が力強いウィンクをした。

「もちろん。そこの冷蔵庫に入れてあるから」

 桐ヶ谷先輩が顎で示した方を見ると、シンクの隣に小型の冷蔵庫があるのがわかった。

「建物の規模にしては小さな冷蔵庫ですね?」

 無敵さんが誰に問うともなく、言う。

「キッチンの奥にパントリーがあって、その一部が大きな冷蔵庫になっているからね」

 難波先輩が腕組みをして、にやりと笑った。

「本当だよ。すごく大きいの。私、住めるかと思った」

 桐ヶ谷先輩が無茶なたとえで表現する。

「へえ」

 無敵さんが厨房の奥をうかがうように、じっと見つめた。

 僕は、桐ヶ谷先輩に向き直る。

「どんなケーキですか?」

「ふふふ、それはお楽しみに」

 桐ヶ谷先輩の自信ありげな顔に、期待が高まる。

「楽しみです」

 無敵さんが弾んだ声で言った。

 彼女がこんなふうに、人前で喜んで見せるのは珍しい。

 僕は、少しだけ無敵さんの横顔を眺めた。

 すっかりお嬢様の顔だった。

 ふわっとパーマのかかった髪は肩にかかっていて、ワイン色をしたカシミヤのセーターとよく合っている。

 首元にはペンダントが光っていた。

 ただし、高い物ではない。

 僕は、そのペンダントの税込み価格まで言える。

 なぜなら、僕が今年の誕生日に、彼女にプレゼントしたものだったからだ。

 ――こんなところに、わざわざ安物をつけてこなくたって。

 僕はちらっとそう思ってから、にやけてしまう。

「どうしたの、猫君」

「いやいや、そんな」

 僕はにやけがとまらないまま、適当に答えた。

「良いことがあったみたいだね」

 凍ったような声がした。

 顔を上げると、紫藤さんがあきれ顔で僕をのぞき込んでいた。

「いやいやいや。本当に何でもなくて」

 僕は早口に言って、誤魔化し笑いをする。

「挨拶はもういいだろ。冷めないうちに食べよう」

 天沢先輩が眼鏡を押し上げながら、僕らに声を掛けた。

 天沢敏雄先輩は工学部の電気電子学科の学生で、一年留年している。

 学業のほうはどうなのか僕にはわからないが、手先が器用で頭の回転も速く、下宿している会員の部屋の電気だとか、家電が不具合を起こした場合は、たいてい天沢先輩が直していた。

 僕らはそれぞれの名札の立てられた席に着くと、水の入ったグラスを目の前に挙げた。

「乾杯!」

 無敵さんの澄んだ声が、ダイニングに響いた。


 桐ヶ谷先輩の選んだケーキは、一種類ではなかった。

 小さな冷蔵庫には、ホールケーキが三つ入っていた。

 一つはイチゴのショートケーキ。

 一つはブッシュドノエル。

 一つはフルーツのタルト。

「これ、全部持ってきたんですか?」

 無敵さんが目を丸くした。

「うん。あ、でも、難波先輩がジープを出してくれたから、すぐそこまで車で運んだんだけど」

 桐ヶ谷先輩の言葉に、僕はちらりと難波先輩を見る。

 僕が見た限り、建物のそばにはそんな車はなかった。

 建物の裏手に駐車場があるのかも知れない。

 それにしたって、桐ヶ谷先輩をここまで車で連れてきたのなら、僕らだって乗せてくれたらよかったのに。

 第一、僕らだけ、他の人たちより一本後の特急で来るように言われたのは何故だろう。

 みんなで先に準備をして、無敵さんを驚かせたかったから?

 他の人が準備している間に、難波先輩が僕らを迎えに来てくれても良かったはずだ。

 難波先輩には、そういうところがある。

 文芸サークルで書いているのはミステリーばかりなのに、現実では全然気が回らない。

 はっきりいって、観察力なんて皆無なんじゃないかと思うほどだ。

 わざとなのかもしれないけれど。

「猫屋敷君、ケーキを運ぶのを手伝って」

 桐ヶ谷先輩が僕の袖を引っ張った。

 桐ヶ谷先輩、僕、天沢先輩がそれぞれ一つずつケーキをテーブルに持っていく。

 紫藤さんが器用に切り分けて、七つの皿に置いた。

「あ、どのケーキも明日まではもつから、食べきれなかったらきれいに残してね!」

 桐ヶ谷先輩が、いただきます、の前にそんなことを言った。

 そして、いつもならいくつでもケーキを食べられるはずの桐ヶ谷先輩は、ブッシュドノエルの皿だけ、手を付けずに残していた。


 食後には、居間でカードゲームに興じた。

 本当は、スマホで小説投稿サイトにアクセスして、書きかけの恋愛モノの続きを書きたかったけど、つながらなかった。

「難波先輩、ここって、ケイタイつながらないんですか?」

 ゲームが終わったタイミングを狙って僕が尋ねると、難波先輩が顔をしかめた。

「つながらないか? まいったな」

 そして、席を立つと厨房の方へ消えた。

 水道の音がして、タン、とコップを音が聞える。

 どうやら、水を飲みに行ったらしい。

 僕は、自分のスマホの画面を見つめる。

 無敵さんのはどうだろう、と彼女に目を遣ると、すでにスマホをポケットにしまうところだった。

「無敵さんもつながらないの?」

 彼女は答えなかった。

 代わりに、こう言った。

「難波先輩。自分のスマホを確かめなかったね」

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