僕らのクリスマス
「難波先輩のお父さんの小説を読んでみたいな。ミステリーだって聞いてるけど、さぞかし素敵な恋愛が織り込まれてるんでしょうね」
無敵さんは、ポタージュボウルにスプーンを入れた。
一二月二五日の朝。
二人きりのダイニングテーブルは、前日よりは少し温かく感じる。
「どうだろうね。難波先輩に、お父さんのペンネームを聞いておこうか」
「別にいい。……それにしても、ポタージュボウルにおかゆって、調子狂っちゃうなあ」
無敵さんはスプーンですくったおかゆに息を何度も吹きかける。
難波先輩たちは、部屋にカップ麺を大量に持ち込んでいた。
どうやら、合宿が終わるまでそれでしのぐつもりだったらしい。
でも、天沢先輩はカップ麺生活にうんざりしているみたいだった。
僕は、余っていた鶏肉を塩こしょうして焼き、ハーブで香りづけしたものを作って、彼らの部屋に持っていった。
難波先輩はカップ麺でいいと言っていたが、ほかの人は違ったらしい。
僕の料理はおおむね好評だった。
「あ、これ、ことちゃんちの味」
ようやくおかゆを口に入れた無敵さんが、目を丸くした。
「当たり前だろ。誰が作ったと思ってんの」
「そっか。……懐かしいね」
彼女はじっとおかゆを眺めた。
僕らは小さい頃、お互いの家を行き来した。
途中で彼女が体調を崩したとき、僕の母はよく、おかゆを作ってあげていた。
――ことちゃんのおかあさんのおかゆならたべられる。
高熱の中でそうつぶやいた彼女の笑顔を、僕はまだ覚えている。
「あのね、猫屋敷君」
無敵さんはスプーンを置いて、姿勢を正した。
自然に、僕も座り直す。
「もし、私が、無敵家を継ぐときには――」
彼女は、そこまで言って、眉を曇らせた。
「僕は一人っ子だよ」
「……そうだよね」
彼女はうつむいていた。
実は、この話は、本当に小さいころに一度だけ、したことがあった。
僕も彼女も一人っ子。
当時、彼女は無敵家の跡継ぎという縛りがなかった。
幼い日の、あどけない約束のはずだった。
でも今は、彼女はどうにもならないものを背負っている。
あの約束が、守られることはない。
「あのさ、僕の祖父には兄弟がいっぱいいてね。祖父は末っ子だったんだ。だから、うちの父は猫屋敷家の分家も分家、故郷に帰ることもあまりないくらい」
僕だって、あの約束が守られないことは、ある時期から承知していた。
だから、いろいろ考えた。
思春期には、家とはだとか、大黒柱とはとか、少年に似つかわしくないことを考えていた。
答えはもう、僕の中にある。
まっすぐ向かい合うのが辛いときもあった答えが。
「もし、僕が、あなたのこと、しーちゃんと呼んでいいなら」
彼女が顔を上げた。
半分は、僕の言うことをわかっているような顔だ。
「僕は、無敵君になってもいいんだよ」
彼女が唇を噛んだ。
そして、数秒後。
僕は、保育園を卒園して以来、初めて無敵さんの泣き顔を見た。
〈おわり〉
最後までお読みいただきありがとうございました!
江東うゆう




