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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第三章 メリークリスマス
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僕らのクリスマス

「難波先輩のお父さんの小説を読んでみたいな。ミステリーだって聞いてるけど、さぞかし素敵な恋愛が織り込まれてるんでしょうね」

 無敵さんは、ポタージュボウルにスプーンを入れた。

 一二月二五日の朝。

 二人きりのダイニングテーブルは、前日よりは少し温かく感じる。

「どうだろうね。難波先輩に、お父さんのペンネームを聞いておこうか」

「別にいい。……それにしても、ポタージュボウルにおかゆって、調子狂っちゃうなあ」

 無敵さんはスプーンですくったおかゆに息を何度も吹きかける。

 難波先輩たちは、部屋にカップ麺を大量に持ち込んでいた。

 どうやら、合宿が終わるまでそれでしのぐつもりだったらしい。

 でも、天沢先輩はカップ麺生活にうんざりしているみたいだった。

 僕は、余っていた鶏肉を塩こしょうして焼き、ハーブで香りづけしたものを作って、彼らの部屋に持っていった。

 難波先輩はカップ麺でいいと言っていたが、ほかの人は違ったらしい。

 僕の料理はおおむね好評だった。

「あ、これ、ことちゃんちの味」

 ようやくおかゆを口に入れた無敵さんが、目を丸くした。

「当たり前だろ。誰が作ったと思ってんの」

「そっか。……懐かしいね」

 彼女はじっとおかゆを眺めた。

 僕らは小さい頃、お互いの家を行き来した。

 途中で彼女が体調を崩したとき、僕の母はよく、おかゆを作ってあげていた。

 ――ことちゃんのおかあさんのおかゆならたべられる。

 高熱の中でそうつぶやいた彼女の笑顔を、僕はまだ覚えている。

「あのね、猫屋敷君」

 無敵さんはスプーンを置いて、姿勢を正した。

 自然に、僕も座り直す。

「もし、私が、無敵家を継ぐときには――」

 彼女は、そこまで言って、眉を曇らせた。

「僕は一人っ子だよ」

「……そうだよね」

 彼女はうつむいていた。

 実は、この話は、本当に小さいころに一度だけ、したことがあった。

 僕も彼女も一人っ子。

 当時、彼女は無敵家の跡継ぎという縛りがなかった。

 幼い日の、あどけない約束のはずだった。

 でも今は、彼女はどうにもならないものを背負っている。

 あの約束が、守られることはない。

「あのさ、僕の祖父には兄弟がいっぱいいてね。祖父は末っ子だったんだ。だから、うちの父は猫屋敷家の分家も分家、故郷に帰ることもあまりないくらい」

 僕だって、あの約束が守られないことは、ある時期から承知していた。

 だから、いろいろ考えた。

 思春期には、家とはだとか、大黒柱とはとか、少年に似つかわしくないことを考えていた。

 答えはもう、僕の中にある。

 まっすぐ向かい合うのが辛いときもあった答えが。

「もし、僕が、あなたのこと、しーちゃんと呼んでいいなら」

 彼女が顔を上げた。

 半分は、僕の言うことをわかっているような顔だ。

「僕は、無敵君になってもいいんだよ」

 彼女が唇を噛んだ。

 そして、数秒後。

 僕は、保育園を卒園して以来、初めて無敵さんの泣き顔を見た。


                  〈おわり〉 

最後までお読みいただきありがとうございました!

                    江東うゆう

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