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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第三章 メリークリスマス
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猫屋敷寿の対決

 ベッドに寝かしてから手持ちの体温計で測ってみたら、しーちゃんの熱は既に三十九度まで上がっていた。

 手持ちの熱冷ましを飲ませて、様子を見る。

 三十分ほどすると、荒い息が少し落ち着いてきた。

 薬が効いてきたらしい。

「行ってきます」

 僕はそっと呼びかけて、部屋を出た。

 居間に降りると、一階から天井へと視線を動かす。

 一階の壁と二階の廊下、三階を支える壁と、三階の廊下があった。

 それから、非常階段で一段の高さを調べてみる。

 ちょうど、親指と人差し指をめいっぱい開いたくらいの高さだから、十五センチメートルくらいだ。

 二十段とすると、三メートル。

 一階分として、不自然な高さではないような気がする。

「ん?」

 僕は違和感を覚えた。

 天沢先輩のいる三階に行こうとして、僕らが上ったのは合計四十段。

 六メートルだ。

 でも、この建物は。

 ――ここは各階の間がけっこうあいているんだね。

 エレベーターに乗っていたときの、自分の言葉が頭の中に響く。

 次いで、停電の中、三階に到着したときの衝撃を思い出す。

 僕の顔が映っているのを見て、驚いたことを。

 あのとき、二階ではガラス越しに緑の非常灯が見えていた。

 でも、僕らがたどり着いた三階には、そんなもの、見えなかった。

「……手の込んだことしやがって」

 僕は舌打ちすると、非常階段を上り始めた。

 二十段先の二階を経て、四十段目まで上ってたどり着くフロアへ。


 目の前には、僕の姿が映った鏡があった。

 その向こうに、居間は見えない。

 ここは、三階ではない。

 二階と三階の間、駐車場なんかでいえば、M3だ。

 居間から見上げた場合、三階の下にあった、白い壁の部分にあたる。

 天沢先輩の事件のとき、僕も無敵さんも、停電していて暗いから、ガラスに僕の顔が映ったのだと思い込んでいた。

 でも違う。

 もともとこのフロアにガラス張りの廊下などはない。

 代わりに鏡張りの廊下が、上下の階と同じように、弧を描き、左右に伸びている。

 僕は迷わず、三階だったら難波先輩の部屋があったであろう場所を目指した。

 エレベーターの右側にある扉。

 僕は、力一杯ノックした。

「紫藤さん! 無事?」

 怒鳴ると、内側でばたばたと騒ぐ音が聞こえた。

 ドアノブを引くと、紫藤さんが転がり出てくる。

 口にガムテープが貼られていたし、手首にもおもちゃの手錠がかけられている。

「ああもう、こんなになっちゃって」

 僕は怒りを覚えながら、おもちゃの手錠を引きちぎって壊す。

 部屋の中から、ひっ、と悲鳴が上がるのが聞こえた。

「ありがとう、猫君」

 紫藤さんは自分でガムテープをはがすと、ほっとしたように座り込んだ。

 次いで、すすり泣く声が聞こえる。

 僕は聞かなかったことにして、部屋の中にいた面々を睨みつけた。

「悪ふざけはもうおしまいですよ、皆さん」

 また、ひっという声がした。

 野津田さんかと思ったら、難波先輩だ。

 ベッドの上で、逃げ腰になっている。

 僕は難波先輩の正面まで歩いて行くと、告げた。

「あなたが首謀者ですか」

「い、いや、それは俺の親父で」

「お父様は、どちらに」

「今は、南の島でバカンス、かな。俺は計画を聞いてみんなに説明して準備をしただけで」

「では、この計画の現場責任者は、あなたということですね」

「こ、寿君、目が据わってる」

「猫屋敷と呼んでください。キレてほしくなければ」

「ね、猫屋敷君……もう、キレてる、よ、ね?」

 難波先輩はじりじりとさがり、壁にぶつかる。

 そして、後ろを見て壁だと気づくと、絶望したようにずるりと滑り落ちた。

 僕はベッド脇にまわり、難波先輩の近くの壁を、手で突いた。

 難波先輩の目が、大きく見開かれ、細かいパーマの当たった髪がごわごわと揺れた。

「おうかがいします。一二月二〇日の深夜あるいは二一日の未明に、ほかの文芸サークル会員三名と自分の体に赤い液体を塗りつけたり滴らせたりし、死体の振りをした上、大声を上げて、他の会員を呼び集めたことを認めますか」

「う、あ、認めます」

「しかもその後、天沢先輩にブレーカーを落とさせて停電させ、体に付着していた赤い液体を拭き取り、徒歩でこのM3に降りてきて部屋に潜んだことはいかがですか」

 あの時、エレベーターの中で僕が三人の鼓動だと思った音は、三人分の足音だった、というわけだ。無敵さんは気づいていたのだろう。

 難波先輩は死んだふりをしているだけだということに。

 だから、三階に戻ったし、血だまりにハンカチも浸してみせた。

 そして、早くこの悪ふざけをやめさせるために、僕を外に行かせようとした。

「わかった! み、認めるって。何だよ、その裁判っぽい言い方は」

 難波先輩が助けを求めるように、桐ヶ谷先輩に視線を送った。

「ねえ、やめてあげてよ」桐ヶ谷先輩が眉をハの字にして、困ったような顔をした。「あのとき、まさか無敵さんたちがすぐに戻ってくると思わなかったんだもん。戻ってこなければ、部屋をいったん封鎖してごまかしておけたのに」

「ごまかす」

 僕は桐ヶ谷先輩を見つめる。

 桐ヶ谷先輩が鼻白む。

「だから、ロマンティックなクリスマスのための演出のつもりで」

「会員がどんどん殺されていくことが、ロマンティックにつながるとは思えません。さて、天沢先輩」

 部屋の隅で立っていた天沢先輩が、びくっと肩をふるわせた。

「もちろん、私も死んではいない」

 癖なのか、動揺を隠しているつもりなのか、天沢先輩は眼鏡を人差し指で押し上げ、腕を組む。

「見ればわかります。あなたはボードゲームを取りに行く振りをして部屋に戻り、あたかも絞殺されたような顔色になるようドーランのようなものを塗り、死体の振りをして三階の廊下のガラスにもたれましたね」

「いかにも」

「停電し、非常階段を使わざるを得なくなった僕と無敵さんは、このフロアに半ば誘導される形で来ました。僕らがここを探している間に、あなたは歩いて三階の非常階段に身を潜めたのでしょう。……野津田さん」

「はいっ」

 桐ヶ谷先輩の隣で固まっていた野津田さんが、ぴょこんと跳び上がった。

「あなたは、何もないのに悲鳴を上げた。僕たちを一階に戻ってこさせるためです。僕らがM3からいなくなると、天沢先輩は非常階段を使ってこのフロアに至り、この部屋、もしくはこのフロアの別の部屋に隠れた」

「いかにもだ」

「すみませんっ」

 天沢先輩と野津田さんの声が重なる。

「桐ヶ谷先輩、あなたも毒殺されたような振りをして倒れた。わざわざ冷蔵庫の中で倒れたのは、野津田さんにあなたを運ぶ力がなかったからです。もし、遺体を移動させることになったら、僕が運ぶしかなくなる。そうすると、生きていることがバレてしまう。そのためには、移動させなくてもよい方法を考えるしかない」

「まあ、私だったら難波先輩も天沢先輩も持ち上げられるからね。二人がどこで死んでても違和感ないでしょ」

 それもずいぶんな言い方だと思ったが、僕は笑みを返しただけで終わらせる。

「次は野津田さん」

「わ、私、難波先輩に言われたとおり、赤い絵の具を頭に塗って、倒れてました!」

 セーターの裾をつかんで、顔を真っ赤にして告白している。

「それだけじゃない。あらかじめ、窓の下に丸めて紐をつけておいた毛布か何かを置いておき、下から紐を引いて、あたかも何かが窓から転がり落ちたような音を演出した。僕らに気づかせるためです」

「そうです……あの、猫屋敷先輩、そんなに怒らないでください。これはクリスマスの計画で」

「目的がどうであれ、計画を知らされていなかった紫藤さんを睡眠薬入りコーヒーで眠らせてこの部屋に連れてきて、ガムテープと手錠で自由を奪ったのはよくないことだと思うけど」

 視界の端で、紫藤さんが力強くうなずいた。

 どうやら、元気はあるようだ。この調子なら、無敵さんも安心するだろう、と僕は内心ほっとする。

 同時に、紫藤さんの偽手紙を読んだときの自分の気持ちも思い出す。

 僕も、紫藤さんが僕と取って代わるのではないかと心配していた。彼女が実際はどう思っているにせよ、あの手紙に書かれている気持ちが、全く理解できないわけではなかった。

 それは僕の暗黒面でもあり、最弱面でもあった。

「紫藤さんを犯人に仕立て上げたつもりだったでしょうけど、あの手紙はもうちょっと気をつけて書くべきでしたね」

 僕はようやくそれだけ言うと、気分を切り換えようと、無理に笑みを浮かべる。 

「ところで桐ヶ谷先輩、食べ物を粗末にするの、極端に苦手でしょう?」

「どうしてわかるの?」

「食材の量ですよ。野津田さん、紫藤さん、無敵さん、僕と四人残っているのに、どう見ても足りる量ではなかった。でも、野津田さんと紫藤さんがいなくなれば、十分な量だった。あらかじめ、いつ、誰がいなくなって、最終的に何人残るか知っていなければ、できないことなんですよ」

「……そっか」

 桐ヶ谷先輩がうつむくと、野津田さんも沈んだ表情になった。

 天沢先輩もそっぽを向く。

 難波先輩は、まだベッドで呆然としている。

「ところで」僕は難波先輩をのぞき込んだ。「ロマンティックなクリスマスって、なんです? およそロマンティックとはほど遠い悪戯だと思うんですが」

「ああ、それ」

 難波先輩と目が合った。

 ようやく正気を取り戻したらしく、いつものふてぶてしい口調で、こう答える。

「寿君と雫花ちゃんが、二人きりになるだろ。そうしたら、お互いに素直になるんじゃないかと思って。親父のねらいは、君たちをくっつけることだった。前に君たちの話をしたとき、面白がってて、ぜったいカップルにしてやる、って息巻いてたから」

「そんな目的のためにこんな大がかりなことを?」

 僕は呆れる。

「そうそう。親父はそのためにモミの木館を設計したんだぞ。……で、いいことあったのか?」

 僕の脳裏に、無敵さんと朝ご飯を食べたときのことがよみがえる。

「ノーコメントです」

 僕はきびすを返すと、部屋を出た。

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