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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第一章 モミの木館
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モミの木館(二)

 クリスマスツリーの形をした緑色の建物には、正面に焦げ茶色の部分があった。そこに、板チョコを大きくしたような形の扉と、赤いリンゴの実を模した飾りがあった。

 無敵さんは無言でリンゴの形をした飾りを跳ね上げる。

 飾りの下には、白いボタンが隠れていた。

「凝ったことばかりして」

 ぶつぶつ言いながら、無敵さんはボタンを押す。

 中で、ピンポーンという音が響くのが聞えた。

「それって、呼び鈴?」

「呼び出しチャイムとも言うわね。まったく、金持ちってどうしてこうなの」

「呼び鈴ひとつで金持ちをカテゴライズするのは賢くないと思うけど」

「わかってます」

 無敵さんが不機嫌に答えたとき、白いボタンの辺りで、ブツッという音が聞こえた。

 次いで、人の声が聞える。

(しず)()ちゃんと寿君ですか? 合い言葉をどうぞ」

 僕らは同時にむっとして黙る。

 先に理性を取り戻したのは無敵さんだった。

「いたずらが過ぎます、難波先輩。早く開けていただけますか」

「何だ、俺の声を覚えてたの」

「私たちをそういう呼び方するのは、難波先輩だけです」

「えー。(きり)()さんだって雫花ちゃんって呼ぶじゃん」

「猫屋敷君については、猫屋敷君って呼んでます。参考までに申し上げておくと、(あま)(さわ)先輩は無敵さんと猫屋敷さんですし、(ここ)()ちゃんは無敵先輩と猫屋敷先輩、()()はムウと猫君って呼びますよね。早く開けてくださいます?」

「はいはい」

 再び、ブツッという音がして、音声が切れる。

「何考えてんのかな。難波先輩は」

 無敵さんが両肩を抱きしめ、ぶるっと震えた。僕はマフラーをとって、彼女にかける。今度は払われたりしなかった。

「無敵さん、呼ばれ方を全部覚えているんだ」

「いつも呼ばれていて覚えていないほうがどうかしてるんじゃない?」

「僕は覚えてないな」

「それで気を遣ったつもり?」

「本当に覚えていないんだってば」

 無敵さんが、何かを言い返す前に、チョコレート色の扉が開いた。

「どうぞ、モミの木館へ」

 もじゃもじゃした難波先輩の頭が見えた。丸顔の(ひげ)(づら)に、相変わらずの「悪気はありません」とでも書いてあるような笑顔を浮かべている。

 無敵さんがコートについた雪を払って中に入った。

 僕らの背後で、扉がバタンと閉じる。

「この館は玄関が内開きじゃないんですね」

 コートを脱ぎながら、無敵さんが第一声を放つ。

「悪いね。ここは日本だからさ」

 難波先輩が、そのままの笑顔で返した。

 さりげない嫌味の応酬に、僕はびくびくする。

 玄関扉は、日本では外開きのものが多い。それは、玄関で靴を脱ぐスペースを広く取るためとも言われている。つまり、省スペースが目的だ。

 一方、海外では内開きのものが多いらしい。ちょうつがい部分が室内にあって、外部からいじりにくいためとも言われている。

 日本でも、十分なスペースを取れる家の場合、内開きになっているところもあるらしい。

 少なくとも、無敵さんの今の家では階段と左右のスロープの先に、二枚の内開きの扉が付いている。一緒に保育園に通っていた頃は、外開きの扉の、同じ団地に住んでいたのだけれど。

「立派な別荘ですね。玄関もこんなに広いし、防犯の為にも内開きになっているかと思いました」

 無敵さんがコートを難波先輩に渡す。

「どういたしまして。失礼だけど、俺は執事じゃないからな」

 難波先輩がコートを無敵さんに返した。

 横から僕は彼女のコートをとり、玄関脇にあったコートハンガーにかける。

「うちには執事はおりません。祖父の代から雇っている者がいるだけです」

「うん、わかった。でも、俺は執事じゃない。まあ、中に入れよ。暖房が効いているから。ああ」

 難波先輩が無敵さんから視線をそらし、僕の方を見た。

 名前を呼ばれる――そう思ったら自然に体が強張る。

 こ、と難波先輩が言うのと、無敵さんが玄関の鍵を閉めるのと同時だった。

「うん、鍵を閉めてって言おうと思ってた」

 拍子抜けしたように、難波先輩の表情から笑みが抜けた。

「そうでしょうね」

 無敵さんは僕の方を見て、下手なウィンクをしてみせた。

 天井の低い玄関ホールを抜けて、観音開きの白い扉を開けると、ふわっと温かい空気が流れてきた。

 中は、一五人ほどが入れる大きな円形の部屋になっている。

 部屋の奥にガラス張りのエレベーターホールがある。

 天井が吹き抜けになっているから、二階と三階のエレベーターホールが丸見えだった。

 各階の廊下はガラス張りで、建物に沿うように円形に作られていた。

 二階の廊下は一階の部屋の壁に支えられている。

 一階の壁には先ほど通ってきた玄関ホールに続く扉と、あと二枚、木の扉がある。厨房とかバスルームといった感じだ。

 三階の廊下も、白い壁の部分で支えられていた。

「部屋は俺たちの数に合わせて、ちょうど七つある。二階が四室、三階が三室だ。エレベーターは一台。停電時には、エレベーター横の非常扉を開けて非常階段を使って降りてきてくれ。外に出る扉は玄関と、厨房の冷蔵室の奥にある。本当はバスルームにもあるんだけど、この辺りはツキノワグマも出るっていうし、不用心だから俺が封鎖しておいた」

 難波先輩は、部屋の奥に進みながら話していた。

「どうやって封鎖を?」

 無敵さんの質問には答えず、難波先輩は奥の扉を開ける。

「みんな、例の二人が着いたぞ。パーティーの始まりだ!」

 扉の中から、おいしそうな香りが漂ってきた。

「メリークリスマス!」

 文芸サークルの面々が現れて、一斉にクラッカーを鳴らす。

「今日はまだ一二月二〇日じゃない」

 無敵さんが苦笑した。

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