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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第二章 連続する事件
15/21

野津田心葉の場合(二)

 野津田さんが、「あの」と小さな声で言って、手を挙げた。

「もし、私たち四人の中に犯人がいるとしたら、これまでの事件から犯人がわかっちゃうんじゃないですか」

 野津田さんは、だれとも視線を合わせない。

「たとえば、難波先輩の事件のとき、天沢先輩や桐ヶ谷先輩や私、無敵先輩や紫藤先輩が駆けつけたとき、すでに部屋に犯人はいませんでした。私たちは悲鳴が聞こえてから駆けつけています。たとえば、凶器を捨ててからもう一度戻るのは、難しいと思うんです」

 そこで、ふーっと息をついて、軽く目を閉じる。

「天沢先輩の事件のときは、天沢先輩の遺体が見つからなかったんですよね? 現場に駆けつけたのは、無敵先輩と猫屋敷先輩だった」

「もう少し探したかったけど、野津田さんの悲鳴が聞こえたから戻ったんだよ」

 僕は口を挟む。

「ごめんなさい。あれ、もしかしたら桐ヶ谷先輩か、紫藤先輩だったかも。私、怖くて、誰かが触った、と思った瞬間に叫んでしまって。実際、不審者はいなかったから、たぶんそうだと思うんです」

「そんなこといまさら言われたって」

「無敵先輩と猫屋敷先輩が別行動した瞬間って、なかったですか」

「え?」

 僕は当時のことを思い出す。

 確か無敵さんが、僕の部屋の扉を開けて、中に声をかけていたとき、僕は部屋の外にいた。

「ない、とはいえないけど、一瞬だよ」

「その間に、床に倒れていた天沢先輩の遺体に布をかけるくらいはできますか。隠すために。……ちょうど停電していたから、実際に遺体が見えなければ、簡単に隠せる気がするんです」

「いや、でも、そのあとすぐに僕と無敵さんは、三階の先輩たちの部屋を調べているよ」

 僕は風向きが悪くなってきたのを感じていた。

「でも、片方が部屋の調査をしているうちに、先輩の遺体を動かすことはできますよね。たとえば、非常階段の踊り場なんかに移動させることは、私や紫藤先輩、無敵先輩の腕力では無理でも、猫屋敷先輩なら」

「そんな時間はなかった」

 僕は野津田さんと睨み合う。

 野津田さんが視線をそらした。

「ごめんなさい。私、今晩は猫屋敷先輩と一緒に眠りたくありません」

 野津田さんが、助けを求めるように無敵さんを見た。

 無敵さんが、はっとしたように肩を震わせた。

「わかった。今日は私と猫屋敷君が組むから。心葉ちゃんは、利桜と組んで」

 まるで台詞を読み上げるような口調だった。


 一二月二三日の昼以降。

 僕は一人で居間のソファに座っていることが多くなった。

 時折、無敵さんが話しかけてくれるが、すぐに紫藤さんに連れ戻されてしまう。

 手持ちぶさたになって、一人二役でカードゲームをしてみる。

 こんなにおもしろくないことはなかった。

「猫屋敷君、お昼ご飯」

 無敵さんがチャーハンの皿を持ってきた。

「誰が作ったの?」

 無敵さん、という答えを少しだけ期待しつつ、尋ねてみる。

「心葉ちゃん。ベーコンが分厚くて、けっこう立派なものじゃない?」

 ベーコンは、どうやらブロックのものを刻んだらしい。ネギの代りなのか、玉ねぎが入っているようだ。卵もたっぷり使ってある。

「食材は、あの冷蔵庫から」

「違うんだ。桐ヶ谷先輩が小さな冷蔵庫に移動させていたらしくて。でも、あさってまで過ごさなきゃならないことを考えると、四人分にしては少し少ないかも」

「でも具だくさんだよね」

「心葉ちゃんが使ったんだよね……。私、厨房に入れてもらえなくて」

「確かに無敵さん、料理するってイメージじゃないから」

「それ、失礼な発言だと受け取っていいのかな」

「ごめん。ところで、このチャーハン。スプーンを使わずに食べられるの?」

「お茶とスプーンは持ってくるってば。細かいんだから」

 無敵さんが戻ってくるまで、僕はチャーハンを観察していた。

 ベーコンの切り方はバラバラだし、玉ねぎもみじん切りというには大きい。

「はい、どうぞ」

 無敵さんがコップに入ったお茶と、スプーンを持ってきた。

「ありがとう。ねえ、無敵さん、紫藤さんは料理を手伝わなかったの?」

「手伝っていたけど。私だけ仲間はずれだから」

 どうやら、無敵さんの機嫌がいまいちなのは、僕のせいだけではなさそうだ。


 夜ご飯を作るとき、僕に作らせてもらえないか頼んでみたが、あっさり断られてしまった。野津田さん涙目になって言うのには、「猫屋敷先輩の作ったものが喉を通るとは思えません」だそうだ。すっかり犯人扱いされているのを再確認し、僕はだいぶ暗い気分になった。

 野津田さんがそんなふうだから、紫藤さんの僕に対する視線も厳しい。

 夕飯は、ステーキと、温野菜、それにパンだった。

「食材、大丈夫? 二五日まで足りるのかな」

 無敵さんは、居間のテーブルに僕の食事を置くと、首を左右に振った。

「また、野津田さんが作ったの?」

「そう。さすがに利桜が、使う食材の量は考えた方がいいと言ったんだけど、聞いてくれなくて」

 明日以降の食事の心配はあるにせよ、夕食はそれなりに食べ応えがあった。

 食事を終えると、僕は急に眠気を覚えた。

「じゃあ、部屋に戻る?」

 そういった無敵さんも、口に手を当てて、小さくあくびをしている。

「大丈夫、ムウ?」

 紫藤さんがタオルで手を拭きながら、厨房から出てきた。

「大丈夫って、何?」

「猫君と一緒で」

「どういうこと?」

 尋ねている、というよりは、怒っている声だった。

 紫藤さんが目を伏せた。

「何かあったら、壁を叩いて。となりの部屋、私だから」

「わかりました。で、利桜たちはどうするの」

「野津田さんと部屋でコーヒーでも飲もうと思って。備え付けのものがあったでしょ?」

 備え付けのコーヒー。

 僕の中で違和感がふくらむ。

 初めてここに来た日、僕はあのコーヒーを飲んで……。

「待って」

 僕は紫藤さんの腕をつかんだ。

「何?」

 紫藤さんが振り払おうとした。

「そのコーヒー飲まない方がいいかもしれない。僕は難波先輩の事件の前、そのコーヒーを飲んだんだ。すごく苦くて……気がついたら眠ってた。難波先輩の悲鳴にも気づかないくらい、深くだよ。もしかして、備え付けのコーヒー、睡眠薬か何か混ぜられているかも」

 僕の話を聞いているのかいないのか、紫藤さんは僕から離れようともがいている。

 いちおう伝えたからな、と思いつつ、僕は手を放す。

「じゃあ、ムウ、何かあったら、わかってるよね」

 紫藤さんは僕を無視して、無敵さんに呼びかけた。

「わかっています」

 むっとした声で無敵さんが返す。

 紫藤さんはそのまま、厨房に戻っていった。


 一二月二三日の夜、僕らはどうやって眠ったのか、覚えていない。

 外で、ばさり、という雪のかたまりが落ちるような音がした。

 僕は体を起こす。

 体には毛布がまとわりついていた。服も、昨晩のままだ。

 床の上で寝ていたらしい。

 部屋の明かりと暖房は点いたままだった。

 無敵さんはベッドで眠っている。

 顔色は悪くない。

 僕はほっとする。

 暖房もついているし、ちゃんとベッドで寝ているのだから、無敵さんが体調を崩してしまった可能性は低い。

 僕の部屋と同じように、田の字の枠がはまった窓を見る。

 外は少しだけ明るくなっている。

 もう、日の出の時刻を過ぎたのだろうか。

「おはよう、猫屋敷君」

 ベッドから声が聞こえた。

「無敵さん? 起きてたの?」

 僕がのぞき込むと、ぱちりと目を開けた。

「今、起きたところ。外で音がしなかった?」

「僕もそれで起きた。雪でも落ちたような音だったね」

「ちょっと見てみようか」

 無敵さんは起き上がると、窓の留め具を外した。

 窓は、下部が開口部になっていた。

 斜めに開いているが、外に身を乗り出すには不十分だった。

「見えにくいんだけど」

 文句を言いながら、無敵さんが窓に(ひたい)を押しつけるようにして外をのぞく。

「……ねえ、猫屋敷君。利桜の部屋の窓のところ、雪がへこんでる」

「上の屋根に積もっていた雪が落ちたんじゃないの」

「でも、窓の下に見えるの、あれって」

 無敵さんは眉間に皺を寄せて、窓から離れた。

「窓の下?」

 僕は窓から外をのぞく。

 隣の部屋は、窓の辺りの雪がへこんでいた。

 何かが落ちたか転がったか、雪が滑り落ちたかしたのだろう。

 そこから、地面に視線を動かす。

 ちょうど、辺りに太陽の光が射した。

 雪の積もった地面には、黒いものと赤いものが広がっていた。

 黒いものは扇形に広がっていて、赤いものは雪を染めている。

 黒い髪と、血?

「野津田さん?」

「そうだよね」

 無敵さんはそう言うと、部屋を飛び出した。

 追いかけていくと、隣の部屋の扉をノックしている姿が目に入る。

「開けて、利桜。何があったの」

 無敵さんはドアノブをつかんだ。

 扉はあっけなく開いた。

 部屋には誰もいない。

 窓がめいっぱい開かれていて、冷たい風が流れ込んでくる。

 僕らは窓際に駆け寄った。

 開口部と屋根の隙間には、たぶん、野津田さんくらい細い女の子だったら、なんとか通り抜けられるだろう。

「ここから落ちたんだ……落とされたのか」

 こちらの部屋からは野津田さんの様子がよくわかった。

 寒い中にいれば、頬が赤くなってもおかしくないのに、野津田さんは白いドーランでも塗ったように、どこも同じ青白さだ。

 傷口は見えないが、血は頭から流れているのだろう。

「助けなきゃ」

 そうは言ってみたが、このままでは僕らが窓から出るのは難しい。

 窓枠を外せないか、調べ始めたときだった。

「猫屋敷君」

 無敵さんが、僕を呼んだ。

 彼女は、ポットの置かれた机の側に立っていた。

 カップは二つ。

 ただ、インスタントコーヒーは、一つだけしか封が切られていない。

「これを見て」

 無敵さんは、机を指さした。

 そこに、コピー用紙が一枚、置かれていた。

 パソコンで打ち込んでプリントアウトしたものなのだろう。

 横書きで、手紙が書かれている。

 それを読んだ僕は、とっさに無敵さんの背中を支えた。

 彼女が倒れると思ったからだった。

 でも彼女は倒れなかった。

 代わりに、僕がその場にへたりこんだ。

「そんなことって……」

 僕は、自分の視野の狭さを、ただ、悔いていた。

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