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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第二章 連続する事件
14/21

野津田心葉の場合(一)

 野津田さんはまず、大きな冷蔵庫の奥にある扉をチェックした。

 たしか、玄関とバスルーム、そしてこの扉が外につながっているはずだ。

「開かないです」

 彼女がドアノブから手を放す。僕も同じように動かしてみた。

「確かに、外に逃げるとしたら、まずこれを使うだろうね」

 カギがかかっているため、ドアノブは左右に動くが、カギが開くことはない。

「ここのカギは難波先輩が持っていたはずだけど、見つからないんだっけ」

「そうです」

「こういうカギって、だいたい内側からは開くようにできているんだけどなあ」

「そういうカギを、難波先輩のお父さんがつけなかったそうです」

「難波先輩のお父さんの本って、海外でしか出版されていないんだよね。本当に作家なのかな」

「それは本当みたいですよ。私、英語の本を見せられたことがあるので。ミステリーの本で、シリーズものらしいです」

「シリーズものを出してもらえるくらい売れているんなら、内側から開くカギをつけておく、くらいの常識は持ち合わせていてほしかったな」

 僕は半ば諦めながら、扉の周にカギを開ける仕掛けがないか探す。

「猫屋敷先輩、あれは?」

 野津田さんが少し離れたところを指さした。

 床の上に、小さなものが落ちているのがぼんやりと見える。

 近づいていってスマホの明かりをかざす。

「カギ、だ」

 僕はそれ拾い上げて、鍵穴に差し込んでみる。

 ぴったりだった。

 ガチャリ、と音がして、ドアが開く。

「じゃあ、不審者がこの扉を使って出た、ということですか?」

 野津田さんが外をのぞいた。

 外は雪が積もっている。

 だが、足跡はない。

「いや」

 僕は扉を閉めて、カギをかけ直した。

「どうしました? 猫屋敷先輩」

「カギは冷蔵庫の中に落ちていた。もしこのカギを使って開けて、外から閉めたなら、内側にこのカギがあるのはおかしいよね」

 僕はカギを握り締める。

 しかも、このカギは合い鍵が作れない形のものだ。

「じゃあ、不審者は、外に出ていないということ、ですか?」

 野津田さんの声は強張っていた。

「そうなるね。モミの木館の中に、誰かいることが確実、ということか」

 野津田さんは答えなかった。

 僕らはしばらく、互いを見たまま、何も言えなかった。

「カギ、私が預かってもいいですか」

「いいよ」

 僕は差し出された手に、カギを乗せる。

「じゃ、野津田さんが責任もって保管して。早くここを出よう。無敵さんたちを待たせているから」

 僕は少し焦りを覚えて、野津田さんを促した。

「そうですね。もし、不審者が潜んでいるとしたら、客室か一階のバスルームか」

 野津田さんが硬い表情で言った。


 バスルームの入口は、厨房の隣にあった。

 清潔そうな白木の扉の中にはトイレのドアが三つと、洗面所がある。洗面所の向こうに引き戸があって、お風呂がある。ジャグジーのついた、一度に五人は入れる大きなものだ。

 窓はなく、換気扇がついている。

 その代わりに、洗い場の横に扉があって、外につながっているらしい。

 夏場は玄関を通らずバスルームに入れて便利なのだろうが、冬は寒いだけだろう。

 今は、最初に難波先輩が言ったように封鎖されていた。

 外側から板が貼られているのか、それとも丸太でも積み上げられているのか、カギを開けてドアノブを押しても、引いてもガタガタするだけで、開けることはできない。

「じゃあ、客室ですね」

 野津田さんは、僕らを見もせず、バスルームを出て行く。

「いるとしたら、人がまだいる部屋じゃなくて、難波先輩と天沢先輩の部屋の可能性が高いと思……」

 僕が最後まで言わないうちに、後ろから腕を引かれた。

 振り返ると、無敵さんが怖い顔をしている。

 どうやら、黙っていろ、ということらしい。

 僕と無敵さん、紫藤さんは野津田さんの後を追ってエレベーターに乗る。

 三階で降りると、野津田さんは迷うことなく、僕の部屋に向かった。

「ええっ、ちょっと待って。片づいてないんだけど」

 僕は自分の部屋に駆け込むと、ベッドの上に投げ出してあった衣類を片づける。無敵さんの部屋に着替えを持って行くため準備したときのままになっていた。

 いいかげんにたたんでバッグに放り込む。

 もういいよ、と言おうとして、扉の方を見たら、すでに紫藤さんが腕組みして立っていた。その後ろで、無敵さんが両手を合わせて、ペコッと頭を下げる。

「み、見るなよ」

 思わぬ行動に、僕の声が裏返った。

「急いで不審者を隠れさせていたら困るでしょ。ずっと見ていないと」

 紫藤さんの声は落ち着き払っている。

「でも、プライバシーってものが」

「ごめんなさい、猫屋敷君。利桜が絶対譲らなくて。それから心葉ちゃんも」

 開け放たれた扉から、廊下が見える。

 野津田さんは、扉から少し離れたところで、部屋をのぞいていた。

 アイドル顔負けの顔は強張っていて、緊張しているのがよくわかる。

 まるで、僕の方が悪いことをしたみたいな雰囲気だった。

「どうして、もう」

 僕はカバンをクローゼットにしまう。

 そのすきに、紫藤さんがクローゼットの中をうかがう。

「やめてよ」

「今、不審者の捜索をしているんだから、しかたないでしょ」

 紫藤さんは退かない。

 それどころか、勝手にバスルームの扉を開けて確認している。

「ここにはいないみたい」

「利桜、いちおう、プライバシーは尊重したほうが」

 無敵さんの言葉は、途中で遮られた。

「尊重しているうちに誰かが襲われたら困るんだけど」

 珍しく、無敵さんと紫藤さんの間にピリピリした空気が流れる。

「ま、まあまあ。僕はもうそれほど気にしてな……」

 嘘を言ってでもとりなさなければ、と思った僕の言葉も、遮られた。

「次の部屋に行きましょう。天沢先輩の部屋です」

 野津田さんが、なぜか、ほっとしたような表情で言った。

 僕は部屋のカギをジーンズのポケットに押し込むと、無敵さんと並んで歩いた。

「なんで僕の部屋が先なんだよ」

「まあね。先に人がいない部屋を確かめたほうが確率が高い気がするけど」

 無敵さんが(あご)に手を遣り、小さく首をかしげた。

「いつまで言ってるの、猫君。気にしてないんじゃないの?」

 すぐ前を歩いていた紫藤さんが、ちらりとこちらを見た。

 無敵さんが小さな声で僕に、「ごめんね」と言った。


 天沢先輩、難波先輩の部屋も確認した後、二階の女子の部屋も調べることになった。

 紫藤さんの部屋を調べている間、僕は開け放した扉の前でぼうっと立っていた。

 入室を断られたわけではなかったが、紫藤さんと同じことをするのは気が進まない。

 野津田さんが何度かこちらを見て、入ってくるよう言ったが、僕は応じなかった。

 僕が「ここでいい」という度に、無敵さんは小さく微笑んだ。

 無敵さんも僕の意見は理解しているのだろう。

「異常なし」無敵さんが、僕の肩をぽんと叩いた。「お疲れ様」

「別に猫君、何もしていないけど」

「見張りで立ってたの。いいじゃん。もうやめて」

 無敵さんが頬を膨らませた。紫藤さんが、う、というように口をすぼめてから、はーっとため息をつく。

「次はムウの部屋だけど。入るの、入らないの? 猫君」

「無敵さんが許可するなら入るよ」

「じゃあ、どうぞ入って」

 僕は促されるままに、無敵さんの部屋に入った。

「私だって入るななんて言ってないじゃない。ほんと、あんたたちどうなってんの?」

 紫藤さんは、ちょっと切れ気味だった。

 もちろん無敵さんの部屋には、不審者の姿はなかった。

 そして、残る二人の部屋にも、見知らぬ誰かが入り込んだようなあとは、なかった。


 僕らは居間に戻ると、同時にため息をついた。

「つまり、言えることは一つ」無敵さんは、うんざりした顔をしていた。「不審者はどこにも隠れていない。そして外にも出ていない。つまり、最初から、この館には私たちだけしかいなかった、ということ」

 そのことが何を表すか、僕らはわかっていた。

「犯人は、私たちのだれか、ということになる」

 無敵さんが、ルールでも告げるように言う。

 それから、ソファに身を投げ出すようにして座った。

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