桐ヶ谷美保里の場合(三)
僕が厨房に駆け込んだとき、野津田さんは部屋の奥の方で立ち尽くしていた。
桐ヶ谷先輩の姿はない。
「どうしたの」
野津田さんに近づいていくと、パントリーの奥にある扉が開いているのがわかった。
扉は金属製で、観音開きになっている。
辺りの空気が冷たかった。
扉の中の小部屋が、冷蔵庫になっているらしい。
野津田さんは、その扉の前に立っていた。
「桐ヶ谷先輩は?」
僕は彼女の肩越しに中を覗く。
野津田さんが、まっすぐ床を指した。
そこには、桐ヶ谷先輩が倒れている。
先輩の側には、コーヒーの缶が転がっていた。
「桐ヶ谷先輩!」
僕は冷蔵庫に足を踏み入れた。
「待ってください」
野津田さんが僕よりも前に出る。
彼女はそのまま桐ヶ谷先輩の側にしゃがむと、手首の脈を診た。
「……」
沈黙は、絶望を表しているようだった。
「まだ蘇生できるかもしれない!」
僕は桐ヶ谷先輩に駆け寄ろうとした。
野津田さんが黙って、首を左右に振る。
「でも、さっきまで」
僕はどう言っていいのかわからず、意味もなく冷蔵庫内を見回した。
ちょうど、桐谷が先輩が倒れている場所から数十センチ向こうに、毛布が見えた。
毛布の下からは、人の手が覗いている。
難波先輩の手だ。
さらに奥に、もう一つ、毛布がある。
「まさか、天沢先輩……」
僕はふらふらと毛布の方に歩く。
野津田さんが、さっと立ち上がり、近づいていくと、毛布をめくった。
そこには、天沢先輩が横たわっていた。
「誰かが運んだんですね」
野津田さんが毛布をかけ直す。
「何があったの?」
紫藤さんの声がした。
振り返ると、紫藤さんと無敵さんがパントリーに入ってきている。
とっさに、僕は冷蔵庫から出て、二人が入ってくるのを止めた。
「桐ヶ谷先輩が死んでる」
僕の言葉に、紫藤さんと無敵さんが顔を見合わせた。
「それに、天沢先輩の遺体も安置されていた」
「天沢先輩が?」
無敵さんが、不意をつかれたように目を丸くした。
「そう。無敵さんは見ないほうがいいと思う」
「でも」
無敵さんが僕を押しのけようとした。
「だめだよ。倒れちゃう」
「そうそう倒れてたまるもんか」
無敵さんが力一杯、僕を押した。
僕は、彼女を通さなかった。
けれど、僕が彼女を抱き留めた瞬間、冷蔵庫の中の様子が見えてしまったんだろう。
「あれは、難波先輩と、天沢先輩と、桐ヶ谷先輩?」
僕は答えず、彼女の頭を抱きかかえようとした。
「こんな冷たいところに……」
冷蔵庫の冷気が、僕の背中の辺りで溜まっていた。それが、無敵さんの頬にも触れているようだった。
だんだん、無敵さんが凍えてくるのがわかった。
「めくっちゃだめ!」
無敵さんの後ろから冷蔵庫の中を見ていた紫藤さんが叫んだ。
僕は慌てて無敵さんの目を覆う。
でも、間に合わなかった。
野津田さんが、難波先輩にかかっていた毛布をめくっていた。
毛布の下の難波先輩はうつぶせに寝かせられている。
左の脇腹あたりにかけて、服に染みがあった。
血で汚れているところだろう。
僕は、腕に無敵さんの重みを感じた。
無敵さんは真っ青な顔で、僕の腕につかまっていた。
「桐ヶ谷先輩……」
野津田さんのすすり泣く声が聞こえた。
紫藤さんが黙って彼女を抱きしめた。
「もう、耐えられない!」
野津田さんは紫藤さんの腕を押しのけると、こう宣言した。
「私、不審者を捜し出します。モミの木館が密室なら、この建物の中にいるはずでしょ! 片っ端から探してやる!」
彼女は唇をかみしめ、体を震わせていた。




