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クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第二章 連続する事件
10/21

天沢敏雄の場合(三)

 野津田さんの悲鳴が聞こえると同時に、階下で非常ベルが鳴り始めた。

 二階か、一階か。

 僕は階段を駆け下りながら、耳を澄ます。

 二階まで降りてきたとき、廊下のガラス越しに緑色の非常灯が見えた。

 非常ベルの音は、階段の下から聞こえてくる。

「非常ベルは一階だね」

 無敵さんが背後で言う。

「また誰かが?」

「一日で三人も?」

「無敵さん、正確には、今日はもう一二月二一日だよ」

「わかってる」

 イライラした声が返ってきた。

 一階にいるのは、野津田さん、紫藤さん、桐ヶ谷先輩の三人だ。

 うちのサークルの用心棒的存在の桐ヶ谷先輩がいるから大丈夫とはいえ、暗闇の中では何が起こるかわからない。

 僕たちが一階に降りると、玄関に続く扉のところにスマートフォンの明かりがついているのが見えた。つけているのは桐ヶ谷先輩で、野津田さんがうずくまっているのが見えた。

 紫藤さんが慰めるように彼女の肩を抱き、桐ヶ谷先輩がこちらを見つめている。

「どうしたんです?」

 僕は桐ヶ谷先輩に問いかけた。

 背後では、無敵さんが荒い息をしている。

「心葉ちゃんが、誰かに触られたって」

「誰かって?」

「暗くて見えなかったみたい。あ、利桜ちゃん、心葉ちゃんが何か言っているから、聞いてあげて」

 桐ヶ谷先輩に言われて、紫藤さんが野津田さんの顔をのぞき込む。

 僕も、野津田さんを見つめた。

「非常ベルはどこのですか」

 まだ、はあはあと荒い息を吐きながら、無敵さんが問いかけた。

「玄関みたい。止めに行こうか」

 桐ヶ谷先輩があいていた手で、無敵さんの腕を引いた。

 無敵さんがつんのめるように前に出て、そのまま膝をつく。

「いや、無敵さんは無理です。僕と桐ヶ谷先輩で」

「でも、心葉ちゃんを襲った奴が戻ってきたら? 私と無敵さんで行くのがいいと思うんだけど」

「無敵さん、まだ息が整ってないです」

「もしものときは私が運ぶから大丈夫」

「それ、無敵さんが倒れる前提じゃないですか?」

「じゃあ、みんなで行く?」

 桐ヶ谷先輩が、スマートフォンの明かりを扉に向けた。

「行きます」

 野津田さんの、思ったよりはっきりした声が聞こえた。

 無敵さんもようやく息が整ったらしく、立ち上がって深呼吸を一つした。

「じゃあ」

 桐ヶ谷先輩が思いきり扉を開けた。

 バンという音が、天井の高い居間に響く。

 玄関ホールでは、非常ベルが赤い光を点滅させながら耳障りな音を鳴らしていた。

「これかな」

 桐ヶ谷先輩が、非常ベルの真ん中にあったフックを引っ張って、引っ込んでいたボタンを戻す。

 すると、非常ベルは鳴り止み、赤い光も消えた。

 辺りは、暗闇と静寂で満たされた。

「あとは、停電、と」

 桐ヶ谷先輩は落ち着いた口調で言って、玄関脇にあった白いボックスを開ける。

 分電盤らしく、中にはブレーカーがいくつもあった。

 各階のものだろうか。

 数字が順に並んでいるだけで、どれがどこのブレーカーとは書いていない。二十個近くある小さなブレーカーの隣に、一つだけ大きなブレーカーがあって、それが落ちてしまっていた。

 桐ヶ谷先輩が、大きなブレーカーを「入」にすると、玄関ホールの明かりがついた。

 明るくなって、それぞれの顔がはっきり見えるようになると、僕らは、ほう、と息をついた。

「心葉ちゃんを襲った奴は、玄関からは出ていないみたいだね」

 桐ヶ谷先輩が玄関のノブを左右にひねろうとする。

 やはり、びくともしない。

「じゃあ、何で非常ベルが鳴ったんだろう」

 紫藤さんが首をかしげる。

「さあ、いったんこっちに逃げはしたんじゃないかな。そのときにベルにぶつかって、ボタンを押し込んでしまったとか。そのあと、玄関が開かないから戻ったんじゃない? 真っ暗だったからバレないだろうし」

 桐ヶ谷先輩が、相変わらず落ち着いた顔で言う。

「それって……建物の中に不審者がいるってことで」

 紫藤さんが頬をひきつらせた。

「そうだね。いちおう、今晩は居間で、みんないっしょに眠ろうか。あ、でも、部屋でパジャマに着替えてこないと、眠りにくいか」

 桐ヶ谷先輩は腰に手を当て、どんどん話を進めていく。

「待ってください」不意に、無敵さんが手を挙げた。「私、確かめたいことがあるんです。少しお時間をください」

 無敵さんが手を降ろし、ふわりと笑った。

「何をしたいの?」

 桐ヶ谷先輩が眉を寄せた。

「三階の三つの部屋の中を見たいんです。行こう、猫屋敷君」


 エレベーターで三階に着くと、無敵さんは難波先輩の部屋の扉をノックした。

 そして、律儀に扉の前で待っている。

「ねえ、無敵さん。返事なんかないと思うけど」

 僕はささやいた。

「そうかな。どのみち、礼儀としてはノックしておかなくちゃならないでしょ」

「でも、返事がないよね」

 無敵さんが僕を睨んだ。

 それから、一分ほど待っていたが、やはり内側からの反応はない。

「失礼します」

 無敵さんが声を掛けて扉を開けた。

 室内の明かりをつけると、以前と変わらぬ位置に椅子と血だまりがある。

 部屋をあとにしたときと変わりはないように見えた。

 けれど、無敵さんは室内に入っていき、バスルームの扉を開ける。

「誰かいますか?」

 扉から顔だけ突っ込んで言っている様子は、あまりに無防備だった。

 僕も室内に入り、バスルームをのぞき込む。

 僕の部屋と同じような作りのシャワーブースや、トイレがあった。

「誰もいないね」

 僕が後ろから言うと、無敵さんは「そうだね」と言って体を引いた。

「あと、クローゼットか」

 無敵さんは律儀にクローゼットの扉をノックすると、中をのぞく。

 けれども、こちらにも誰もいない。

「ねえ、無敵さん」

「何?」

「不審者を捜しているんだったら、もうちょっと警戒した方がいいよ。相手は、二人も殺しているんだから」

 無敵さんは答えず、室内を見回すと廊下に出た。

「ねえ、無敵さんってば」

 無敵さんは、今度は天沢先輩の部屋に向かっていた。

 僕は走って、彼女の少し前に出る。

「そんな風に無防備なのは危ないよ。僕を先に行かせてくれないかな」

 無敵さんがちらっと僕を見た。

 それから、歩調を緩めて、僕の後ろにつく。

 天沢先輩の部屋のカギはあいていた。

 ベッドの上にはボードゲームがある。

 これを持って行こうとしているときに、襲われたのだろう。

 そして、傍らにはゲーム機の充電用のコードが落ちている。

「僕の知識が間違ってなければ、あれは、絞殺だよね?」

 最後に見た天沢先輩の、どす黒い顔色を思い出す。

 絞殺による鬱血で、顔色が変わってしまったのだろう。

「このコードで絞めた、と?」

 無敵さんがコードを拾い上げた。

「たぶん」

「天沢先輩の体力は、猫屋敷君よりはないだろうけど、私や利桜、心葉ちゃんよりはあると思う。もし、首を絞めるとしたら、身長は天沢先輩と同じくらいか、それより高いか」

 無敵さんは、両手を交差させて、コードで縛る真似をした。

「不審者の外見が少しわかってきたね」

「そうかな」

 無敵さんはコードをベッドに置くと、辺りを見回した。

 そして、バスルームの扉を開ける。

 難波先輩の部屋と同じで、とくに変わらない。

 最後にクローゼットの扉を開ける。

 クローゼットには、空のボストンバックがあるだけだった。

 無敵さんは黙ってクローゼットの扉を閉め、部屋の外に出た。


 最後は僕の部屋だったが、こちらも変わりはなかった。

 無敵さんは廊下に出ると、天沢先輩が最後に立っていた辺りのガラスを見つめた。

 ガラスには傷も汚れもない。

「ほんとうに、どうなってるんだろう」

 彼女はため息と一緒に、困惑の声をはき出した。

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