表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
クリスマスツリーの密室  作者: 江東うゆう
第一章 モミの木館
1/21

モミの木館(一)

 木の立て札には、「モミの木館」と墨書きしてあった。

 立て札は矢印形になっていて、雪に覆われた山道を示している。

「ロマンティックな合宿にする。……そう言ってたよね。(ねこ)()(しき)君」

 僕のとなりで、()(てき)(しず)()が言った。

「まあね。()(んば)先輩が言ってたことだから、どの程度信じていいのかわからないけど」

 僕は、軽く肩を竦める。

 無敵さんの栗色の髪には、雪が積もり始めている。

 僕は、マフラーを外して、そっと彼女の頭にかけようとする。

「そんなことしなくていいってば」

 無敵さんは髪にマフラーが触れる寸前というところで、僕の手を払った。

「僕のマフラーなんて嫌ってこと? 髪が濡れたら風邪をひくんじゃないの?」

 無敵さんは体が弱い。

 僕は保育園の頃から、彼女がよく熱を出して倒れるのを見てきた。

 大学生になった今だって、よく風邪をひいている。

「……違う」

 無敵さんは僕を睨みつけた。

 それから、すっと視線をそらした。

「猫屋敷君だって風邪くらいひくでしょ? 私の心配ばっかりしてないで」

「僕はこのくらいでは風邪をひかないんだ」

「それ、マウントをとってるつもり?」

 無敵さんは、こちらを見なかった。

 そして、立て札が示す山道に足を踏み入れた。


 館に続く山道は、すっかり雪に覆われている。一二月半ばにこれだけ雪が積もっているのを、僕は見たことがなかった。

「この中を歩けっていうことでしょ? 難波先輩のお気持ちとしては」

 さっきから、無敵さんは文句を言いながら、ざくざく雪道を上っている。

「ずいぶん配慮がないよね。無敵さんが来るっていうのにさ」

 僕も少し、不満を言う。

 無敵さんが風邪をひきやすいことは、難波先輩だって知っている。雪道を歩かなければ行けないようなところを、合宿場所に設定するのは不親切だという気がした。

「私のことを言わないで。猫屋敷ねこやしき寿(ことぶき)

 彼女が僕の名前を最後まで呼ぶのは、機嫌が悪い証拠だった。

「ああ、ごめんなさい。無敵雫冠」

 僕も、名前をきっぱり呼んでやる。

 彼女がむっとした顔で振り返った。

 僕も、むっとした顔をしてみせる。

「……ごめんなさい。先を急ごう」

 すぐに無敵さんが謝った。

「どうも」

 僕も軽く返す。

 二人とも、自分の下の名前が嫌いだった。

 僕は、「寿」という名前のせいで、よく「式場」だとか、「新郎」というあだ名を付けられていた。

 一方の無敵さんは、名字の意味の強さと、ミルククラウンを想像させる名前のせいで、「女王様」だとか、「王冠」といったあだ名をつけられていた。

 だから、大学に入って、二人で文芸サークルを立ち上げたとき、無敵さんはペンネームで下の名前をそのまま使うことを避けて、「無敵雫花」にした。たぶん、サークルのメンバーは、僕と、同じ二年生の()(とう)()()を除いて、無敵さんの本名も「雫花」だと思っているはずだ。

 ちなみに、僕のペンネームは「ねこや・しき」だ。ひねりはないが、下の名前を使うことは無事に回避している。

 僕らは黙ったまま、山道を上っていく。

 そんなに距離はないはずだが、木立の中のカーブの多い道で、先が見通せない。

 道の先があるであろう山の上の方を見上げても、木しか見えない。

 本当にこの先に、建物があるかすら、よくわからなかった。

「モミの木館かあ」不安を和らげようと、僕は少し大きな声を出す。「難波先輩のお父さんは、なんでそんな名前をつけたんだろうね?」

「使っている木材がモミなんじゃないの」

 面倒くさそうに無敵さんが返す。

「なるほど。でも、先輩のお父さんは作家だし、もう少しひねって名前をつけててもいいような」

「本当に作家かどうかわからないじゃない。海外でしか本が出版されていないって言ってたでしょう? ペンネームも教えてくれないし。息子の合宿のために別荘を建ててくれたっていうのが本当なら、お金持ちなのは当たってるだろうけど」

 無敵さんの呼吸は少し苦しそうだった。

 僕は無駄だと知りながら、道の先に目をこらす。

「お金持ちだってしていいことと悪いことがある」

 僕は無敵さんの手を引いた。

 手を振り払わないところを見ると、疲れてきているのだろう。

 彼女の前に立ち、彼女の歩調に合わせながら雪を踏み分けていく。

 無敵さんは無言だった。

 下を向いて、ただ、僕の後をついてくる。

 もしものときは、荷物をここに置いて、彼女を背負って歩こう。

 そう決めたときだった。

 木立が途切れて、目の前が開けた。

 平らに広がった地面に、真新しい建物があった。

 末広がりの三重塔。

 いや。

 外壁の色と言い、三つある屋根の広がり方といい、一階一階がやけに高くて、三階建てというには間延びした形といい。

 まるで保育園児が描いたような。

「クリスマスツリー……」

 無敵さんの、ため息交じりの声が聞えた。

 僕らの目の前には、緑色に塗られた、クリスマスツリーそっくりの建物があった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ