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第25話 「無論だ」

 さいわい、レベッカは帰らずに夜美のデスクの上でヘッドホンの音楽を聴いていたので、そのまま勇者獄へ連れて行って貰うことにする。


 演劇の舞台装置のような壁の無い勇者獄の部屋で、勇者リヒト・エクハルトは相変わらず椅子に腰かけて本を読んでいた。


「……そろそろ君の顔も見飽きたな」

 夜美が近付くなりこちらを見ようともせず、ぞんざいな言葉を吐く。


「まだ三回目です。コンビニスイーツを買ってきましたよ」

 ため息交じりに、彼女はコンビニの袋を掲げて見せた。

「……いいだろう。僕が食べ終わるまで、ここでの滞在を認めよう」

 何だこの男。


 キャビネットを使って、スイーツの受け渡しを行う。

「クリームチーズと桜ソースのパフェ……悪くない。しかし前回のスイーツの時も思ったのだが、桜という花が咲く時期はもう少し後のはずだな」

「ものごとの旬には、はしり、さかり、なごりとあって、日本では特に出始めのはしりが好まれる傾向にあります。季節ものが売り出されるのは基本的にシーズン前。桜をテーマにした品は、年明けから店頭に並び始めたりなどします」


「なるほどな。聞いてもいないことを喋りたてられるのは、まあまあ気味が悪いものだ」

「うるさいですね」

 スイーツのことになると自分でも気付かないうちに多弁になるようだ。


「それで? 今日はマルコ・ヴェントゥラがセリア・マスタードによる犯行を認めたことでも知らせに来たのかな」

 キッチンで紅茶の支度を始めたエクハルトは、軽く言ってのけた。


 夜美は束の間、言葉を失う。

「……セリア・マスタードのことまで見通していましたか」


「マルコ・ヴェントゥラがここまで目立つ真似をしたからには、〈フェアリー〉の〈ポーター〉のなかではもっとも彼に近しい彼女が関わっていると考えた方が自然だ」

 セリア・マスタードは勇者パーティでも〈ポーター〉として仕事をしていたと聞いた。勇者も彼女のことは知っていたのだ。


 夜美は取り調べでのやり取りを手短にエクハルトに伝えた。


 相変わらず話を聞いているのかいないのかよく分からない様子だったが、不意にポットに茶葉を投入する彼の手が止まった。

「マルコ・ヴェントゥラによる犯行を防ぐために、セリア・マスタードが代わりに被害者を殺害した――彼がそう言ったのか?」


「え? ええ」

「……」

 エクハルトの伏せた長い睫毛の下で赤い瞳が光を帯びる。

 何ごとかを考えている様子だったが、結局何も言わないまま茶葉の投入を再開させた。


「……あの。何か気になったことでもあったのですか?」

 夜美が尋ねるが、勇者は熱湯をポットに注ぎながら短く応じた。

「何もないよ」

「……あるんですね」

「別に大したことじゃないさ。事件の事実関係が変わるような話でもない。気にしなくていい」

「そこまで言われて、気にしないのは無理です。話してください」

「だから大したことじゃないと――」


 夜美は持っていたレジ袋を突き出した。

「教えてくれたら、わたしの分のスイーツもあげましょう」

「……。だからそもそも持参した手土産を手元に残すなよ、君は」

 と、エクハルトはため息をつく。


「いいか。被害者の殺害を計画したのはマルコ・ヴェントゥラ。その計画を邪魔したのがセリア・マスタード。だとすれば、セリア・マスタードの犯行はある種、衝動的なものだ」

「そうですね」

「その割に、犯行の準備が周到過ぎないだろうか?」

「……え」


「被害者宅の階下にある空室を利用した凶器のポータル、自宅の浴室を経由した証拠隠滅、追手を警戒した自宅のトラップ……君の話を聞く限り、いずれも咄嗟に考えついたにしては動きに無駄が少ない」

 勇者はポットに手を当てて蒸らし具合を確かめている。

「反面、被害者殺害後にやって来たマルコ・ヴェントゥラは現場に残された痕跡をひと思いに〈風の刃〉で上書きして警察に自首してみせる。鍵についていくらか小細工をしたようだが、いかにもやり口が場当たり的だ。違うか?」

「それは、まさか……」


()だったとしたら、違和感は減る」

「逆――」

「つまりセリア・マスタードが、殺害の計画を立ててそれを実行した。マルコ・ヴェントゥラは後からそれを知り、現場を破壊して彼女を犯行の容疑から遠ざけた、というシンプルな構図だよ」

 茶漉しを手に、カップへ紅茶を注ぎ入れていく。

「確かに〈フェアリー〉は一般に直情的で言動が極端になりがちな種族だ。だが戦士の犯行を阻止するために自らが犯行を犯す、というのは動機としてはさすがに無理がある気がするよ」


 ――ぶち殺すことにした。


 戦士が見せたあの殺気は本物だ。だからといって〈フェアリー〉が殺意を抱いてなかった、とは限らない。


「もちろんこれは推測に過ぎない。ただ、僕達の世界は、剣と魔法が手放せない厳しい世界だった。そこの住人は、あるいは君達が思うよりずっと(したた)かで(たくま)しいかも知れないよ。でなければ生きてはいけなかったからな」

「……」


 エクハルトはカップに鼻先を近づけて香りを確かめる。

「まあ彼らの内心がどうあれ、さっきも言ったようにセリア・マスタードが殺害し、マルコ・ヴェントゥラが証拠を隠滅したという事実関係が変わる訳ではない。どうだ、大したことではなかっただろう?」


「事実とすれば殺意の程度から検察の量刑判断に関わるかも知れませんが……あなたの推測を裏付ける証拠も無いですしね」

 それは公判の過程で明らかになることかも知れないが、この先は司法の領域だろう。


 勇者はパフェとティーセットをソファのテーブルに運んだ。

「しかし君からすれば不満が残る結果だったのかな? マルコ・ヴェントゥラが今回起こした騒ぎは結局、魔王の暗殺とはまるで関係が無かったのだからね」

「……事件としてはそうでしたが、わたしは自己満足のために仕事をしている訳ではありません」


「そうだろうか?」

 エクハルトはパフェをスプーンですくって口に運ぶ。


「……君達の法は罪人を捕えて裁き、罰を与える。それは罪人の更生や矯正を期待してのことだ。その期待が無ければ、おしなべて処刑すればいいだけのことだからね」

 スイーツを食べながら物騒なことを言うものだ。

「けれど、分かるだろう。少なくともマルコ・ヴェントゥラは自分のやったことを悪いとは一切思っていない。仮に今裁かれても次にまた同じ状況にあえば、同じことをするだろうし、彼自身が被害者を殺害することすらも(いと)わないだろう」


「何が言いたいのですか」

「絶対に相手の本質を変えることができないとしても、法に(のっと)り罪を(はか)り罰を下す。君達の仕事はそもそも自己満足になる要素を含んでいるということさ。君が不満を感じたとしても、別に否定することはない」


「本質を変えることができない……」

「忘れたのか? 僕達は勇者パーティとして自らの力を行使してきた。そして僕達が行使する力は、本質的に命を奪うものだよ」


「その力の行使が、常に正しいものだと疑わないのですね」

「正しいかどうかは相対的で曖昧な価値判断だから論ずるに値しない。だが解決すべき問題は明確にそこにある。力を行使するには充分な理由だ。つまり殺すべき理由があれば、殺す。それだけさ」


 動機があれば、殺す。

 それは単なる無法だ。〈大空白〉から一〇年、異世界人達は今もなお無法の世界にいる。


 夜美は尋ねた。

「魔王も、殺すべき理由があったから殺したのですか」


 エクハルトは紅茶の戻り香を楽しむように息を吐くと、爽やかな笑みを浮かべて、言った。

「無論だ」



つづく

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