第23話 「ありえないことでしょうか?」
「……わたしは、警察官です。法と秩序を抜きにして語る気はありません。セリア・マスタードは殺人の罪を犯しました。その罪は、償うべきものです」
夜美がそう言うと、ヴェントゥラは失望したように表情を消した。
「……そうか。つまらん答えだ」
「もういいだろう、行くぞ」
泰永に促されて立ち上がろうとするヴェントゥラに、夜美は言った。
「待ってください。まだわたしからあなたに言うべきことは残っています」
「……?」
ヴェントゥラは目線だけ夜美に向ける。
「確かにセリア・マスタードは追い詰められていました。屋屯勝のしたことも決して許されないものです。ですが――」
夜美はヴェントゥラに向かって言い放つ。
「だからと言って、あなたの行為が正当化されることはありません。あなたが自力救済などを考えず、事態を速やかに警察へ相談を持ちかけてくれれば、もっと違った結果になっていたはずです」
それを聞いたヴェントゥラの表情に怒りが滲む。
「……オクムラの所業にも、セリアの苦境にも、気づいてすらいなかった警察がよ……おのれの無能を棚にあげて何を言ってやがる」
「否定しません。ですがそのための緊急通報という仕組みでもあります。社会全体で補い合いながら秩序を保っていく、それが市民社会というものではないでしょうか」
「きれいごとだな。どんな社会だろうが邪悪はある。邪悪によって社会は歪む。結局はセリアみたいな弱い立場のヤツがその歪みの皺寄せた部分で苦しめられるだけだ。誰かが一歩踏み込んでやらんと、その歪みから抜け出すことを考え及びすらせんのだ!」
夜美はヴェントゥラの剣幕を正面から受け止めた。
「あえて言います。セリア・マスタードを最終的に追い詰めたのは、そんなあなたのひとりよがりな振る舞いです」
「何をッ!」
彼を制するように夜美は問いかける。
「事件の後、あなたは彼女に会いましたか?」
「……会う訳が無いだろう。俺はすぐに警察に自首したんだからな」
「それでは今、彼女がどういう状態にあるのかも知りませんね。彼女は今日、昏睡状態で倒れていた所を救急車で搬送されました。今もなお病院で緊急治療を受けています」
「……」
ヴェントゥラの目が見開かれ、次の言葉を発するまでしばらく間が空いた。
「……どういうことだ?」
「ポーション中毒の症状が悪化したんですよ」
「悪化、だと? オクムラはとっくにくたばってるんだぞ」
夜美は小さく首を振った。
「この場合、被害者は関係ありません。いいですか、セリア・マスタードは屋屯勝を殺害してその場から逃走しました。犯罪を犯したという自覚はあるので、警察からの追及を覚悟していたことでしょう。ですが実際に逮捕されたのはマルコ・ヴェントゥラ――彼女が庇ったはずのあなたです」
「……!」
「あなたは事件の際、セリア・マスタードと出会ってすらいない、と言っていました。何の説明も受けていない彼女は、自分の置かれた状況にひどく混乱したと思います。あなたの釈放を信じて警察から身を隠すべきなのか、あなたの冤罪を晴らすために警察に出向くべきなのか、ただでさえ追手を警戒しているなか、まともな身動きが取れなくなったことは想像に難くありません」
泰永が不審な顔をする。
「追手を警戒? 警察は当初からマルコ・ヴェントゥラという被疑者を確保していたが」
「警察に限らず、屋屯勝が関わっていた犯罪グループからの追手がかかる――少なくとも、彼女自身はそう考えていました」
「何でそう言い切れる?」
「彼女は、自宅にも転移魔法のトラップを張っていたんですよ。侵入した相手を部屋から追い出すポータルをあらかじめ床に描いていました。他ならぬわたしが、その転移魔法で部屋の外に飛ばされてしまいましたのでこれは間違いありません」
「現場で会った時、何か服が汚れてたのはそのせいっすか。危ないっすねえ、無事で良かったっすけど……」
鈷堀にさらに心配をかけてしまう。正確には団地の上空に飛ばされたのだが、ここでは詳細を伏せておくことにした。
「でも、どうしてそんなに警戒してたんすかね。被害者が関わっていた犯罪グループの繋がりは流動的で、殺しのオトシマエをつける、みたいなギャング組織的な性質はもってないんすよ」
「ひとつ、可能性が考えられます」
と、夜美は答える。
「屋屯勝の居室には、ポーションディーラーの割にポーションそのものの在庫が見当たりませんでした。わたしもはじめはそういうものなのかと思っていましたが、反対にセリア・マスタードの部屋はポーションの空き瓶で溢れ返っていました。あの空き瓶のいくらかは屋屯勝の部屋から運び出されたものだったのではないでしょうか。彼女が取引に必要な品を奪ったのだとしたら、それを奪い返そうとする犯罪グループからの追手を警戒する理由になります」
「セリアがヤツのポーションに手を出したって言いたいのか」
ヴェントゥラが言う。
「彼女が離脱症状に苦しんでいたことも、その苦痛はポーションを服用することでしか緩和できないことも、あなたも知っていますよね」
「だとしても、セリアはあの男に無理矢理ポーションを飲まされてたんだ。危険性は身にしみている。症状を抑えようとしたところで、それがたった一日で倒れる量まで飲むなどありえんことだ」
「事実、倒れたんです。自分の置かれた状況がまったく分からず、逃げ出すことも助けを求めることもできない切迫した状況下で、ひたすら離脱症状に襲われ続けていた。せめて症状をやわらげようと自らポーションを口にする、やがてそうすることしかできなくなる――ありえないことでしょうか?」
「それは……!」
「あなたからすれば、今回の自首は幼馴染の犯行を庇うヒロイックな行為なのかも知れません。ですが彼女にとってみればただ孤独と不安のなかに取り残されただけだったんです」
「……じゃあ」
ヴェントゥラの表情が次第に愕然としたものに歪んでいく。
「本当に……アイツは部屋でひとりポーションを飲み続けて、自分から身体を壊しちまったってのか……? 俺が……半端な手出しをしたから、アイツを余計に追い詰めちまったってのか……?」
彼は額に手を当てて顔を俯けた。
「……だから、俺のひとりよがり、だと……?」
取調室に、再び沈黙が降りた。
瀕死のセリア・マスタードを両手ですくい上げた時の、ぞっとした感覚はまだ夜美の中に残っている。事件におけるほとんどの局面において、彼女は被害者だ。
だが、殺人の罪は償わなければならない――それがこの国の法だ。
その時、りん、と鈴のような音が夜美の耳に届いた。
セリア・マスタードのことを考えていたために魔翅の音を空耳したのかと思ったが――。
「おい、何の騒ぎだ」
泰永が言った。
開け放たれた取調室のドアの向こうが騒がしい。
つられて目をやると、見慣れた小さな人影がこちらへ向かって飛んで来るのが見えた。
「あ! 見つけた、ヨミさーん!」
レベッカ・コッタだ。
騒ぎは突如庁舎内に現れた〈フェアリー〉のせいだったらしい。
「レベッカさん! どうしたんですか、病院に行ってたんですよね?」
取調室に飛び込んできたレベッカを胸元で受け止めながら、夜美は戸惑いの声を上げる。
「は、はい! セリアさんのこと、早く伝えなきゃと思って!」
セリアの名に、ヴェントゥラがぎくりとしたように顔を上げる。
レベッカは、笑顔だった。
「ついさっき、彼女の意識が戻りましたッ!」
つづく
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