第22話 「余計なことに答える必要はねえぞ」
夜美はそこでヴェントゥラに尋ねた。
「今の口振りだと、あなたとセリア・マスタードはあらかじめ申し合わせたうえで犯行に及んだのではない、というように聞こえましたが……?」
「当たり前だ。俺に殺させたくないから自分が代わり殺してやる、なんて馬鹿げた考えを俺が認めるはずもないだろう。部屋の真ん中で真っ二つになってるオクムラを見て、初めてセリアの目論見に気付いたんだよ。アイツがどこで俺の動きを嗅ぎつけたのかは知らんが、転移魔法が使えるヤツに先回りされては敵わん――」
思わず夜美は問いを重ねる。
「待ってください。するとあなたは、現場でセリア・マスタードと出会ってすらいないんですか?」
「ああ、アイツはとっくに逃げ出した後だった。だが部屋はさっきお前さんが言った通りのありさまだったからな。殺しに転移魔法を使われたらしいことも、それをやったのがセリアだってこともすぐにピンときたって訳だ」
マルコ・ヴェントゥラとセリア・マスタードは同じタイミングで現場に居合わせていなかった。
ならば――。
「あなたは……いつ被害者の死を知ったのですか?」
「……ん?」
「転移魔法を使えるセリア・マスタードの助けも無しに、あなたはどうやって施錠された室内にある屋屯勝の遺体を確認したのでしょうか?」
これでは最初の違和感に逆戻りだ。
マルコ・ヴェントゥラは、場所を確認できないまま〈風の刃〉で屋屯勝の遺体を切断したことになる。相手がすでに死亡している以上、ヴェントゥラ自身が主張していたように、気配を探って斬るという理屈も通じない。
「ああ――」
そのことか、と反対にヴェントゥラは腑に落ちたような表情を見せた。
「そりゃもちろん、扉を開けて中に入ったんだよ。鍵はかかっていなかった」
「え? いや――」
「おいおい、お前さん。よく考えてみろ。セリアはあの男から仕事を請け負っていたんだぞ。別にあの男の部屋に出入りするのに、転移魔法で忍び込む必要なんざ無い――入り口の呼び鈴を押せばいいんだ」
「で、ですが」
「オクムラはセリアの訪問を受けて自分から扉を開ける。セリアは仕事か何かの話をするように装って部屋の中に侵入した後、あの男を殺したんだよ」
「それじゃあセリア・マスタードはその後、部屋の鍵をかけて転移魔法で出て行ったんすか?」
「いえ、鈷堀さん。〈フェアリー〉は基本的に入り口に鍵をかける習慣が無いそうですから……」
「ほう、よく知っているな。そうだ、セリアはそのまま部屋から出て行っただけだと思うぜ。だから俺が来た時、鍵が開いていたんだろうしな」
「い、いや待て。確かに〈風の刃〉によって扉そのものは破壊されていたが、施錠は間違いなくされていたはずだ。細工した痕跡も無かったし、部屋の鍵――持ち歩く方の鍵も、部屋のキーケースの中に入ったままだった」
と、泰永が言った。
「ああ……だから、俺だよ。鍵をかけたのは」
ヴェントゥラはさらりと答える。
「……合鍵でも持ってたってのか?」
「お前さん今自分で言っただろうに。俺は〈風の刃〉で扉も一緒に斬っている。両断された扉の片側をこう傾けてだな、内側のツマミを回して鍵をかけた後、元に戻しておいただけだよ」
鍵をかけたのはドアを破壊した後。呆気ないほど単純なやり方だった。
「な……何でそんなことを」
「そりゃあお前さん達のように後から様子を見たヤツが、オクムラは鍵のかかった部屋に閉じこもってたから〈風の刃〉で外から斬り殺されたんだろう、って考えるかも知れんしな」
実際、夜美も最初はそう考えていた。
「ダメ押しで俺の仕業に見せかけるための小細工だったが……余計なことをしてかえって墓穴を掘っちまったようだ。鍵のかかった部屋から転移魔法と〈フェアリー〉の存在に勘付かれるとは誤算だったよ」
勇者獄のリヒト・エクハルトとの対話で〈フェアリー〉と転移魔法に考え至ったものの、結局のところは密室状態だった屋屯勝の部屋への侵入において、転移魔法は関係がなかったということだ。
「……」
微妙な表情をしている夜美を見て、ヴェントゥラはにやりと笑った。
「まあ、多少は事実と違ったが気にするな。おおかたはお前さんの言う通りだったし、俺も証言を見直してやるよ。お前さんの勝ちだ」
「はあ……」
「そのうえで聞きたいんだが、なあマシキさんよ――」
不意に名前を呼ばれ、夜美は身を固くした。
「アイツの……セリアのやったことは、果たして罪人として裁かれるようなことなのかね?」
「え……?」
ヴェントゥラは、夜美を真っ直ぐに見て言葉を続けた。
「〈大空白〉じゃあ、誰しもがそれまでの生活をぶっ壊された。セリアはそんな中、同郷の仲間を助けようと必死に働いていただけだ。なのにたまたまクソ野郎に目を付けられて薬で身も心もぼろぼろにされたんだよ。アイツはその理不尽にも耐え続けた。セリアの状況を知った俺の方が先に我慢ならなくなったぐらいだ。セリアは、そんな俺すらも庇ったあげくあのクソ野郎を手にかけちまったんだ。で、今度はお前さん達にとっ捕まって、裁きを受けなくちゃならなくなった――」
夜美もヴェントゥラから視線を外せずにいる。
「なあ、何でアイツがそこまで苦しめられなくちゃならんのだ? 何でアイツがそこまでの罰を受けなくちゃならんのだ?」
夜美の脳裏に、枯れ枝のように床に落ちていたセリアの姿がよぎった。
「確かにアイツはオクムラを殺した。だがそれの何が悪い? ヤツは殺されて当然の男だ。死ねばセリアは助かるし、ヤツの悪事の被害者だってこれ以上増えることはない。言ってしまえば断罪だ、褒められてもいいくらいだろうが」
「それは……」
夜美は何か言葉を返そうとしたが、うまく口から出て来ない。
「そんなのはただの私刑っすよ。オジサン」
代わりに口を開いたのは鈷堀だ。その横で泰永がうなずく。
「そうだ。あんた達がいたような剣と魔法の異世界でならそうした自力救済の道理が通るのかも知れねえが、この法と秩序の世界じゃあおよそ認められねえんだよ。日本は法治国家なんでな」
ヴェントゥラは鋭い目付きで二人を見やった。
「ああ、そう言うと思ったよ。その法とやらを言い訳にした形式ばったもの言いは、いかにも役人じみてるぜ」
「何だと……」
「法治国家だか何だか知らんがな、その隅っこでアイツはッ!」
彼の言葉が取調室に響く。
「セリアはひたすら孤独に追い詰められて苦しんでたんだぜ! セリアは、いいヤツだった。お節介なくせに単純で、考えが足りん大馬鹿野郎だったかも知れんよ。だが人のためになりたいってアイツの思いは本物だったんだよ。いいヤツだったんだ! 法と秩序とかは抜きして、ひとつお前さんの答えを聞かせてくれんか。セリアのやったことは、そんなにまで――なあ、そんなにまで、悪いことだったのかね?」
「……!」
気圧されたように、夜美は黙って喉を鳴らした。
二人の間を割るように、泰永がデスクに手を突く。
「……悪いがそこまでだ、マルコ・ヴェントラ。時間は限られてるんでな。供述を変えるんなら、あんたの調書を取り直す必要がある。すぐに準備をするから、一度留置場に戻ってくれるか」
「構わんよ。だが、先に俺の質問に答えてくれんか、マシキさんよ」
ヴェントゥラをにらみつけたまま、泰永は夜美に言う。
「余計なことに答える必要はねえぞ、万色」
夜美はひとつ息を吐き出すと、口を開いた。
つづく
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