表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/26

第21話 「だから俺は――」

 マルコ・ヴェントゥラは目を閉じると、もう一度大きく息を吸って、ゆっくりと吐き出した。

 身体を預けた椅子の背もたれが軽く音を立てる。


 ややあって目を開けて言った。

「……タバコを貰えんか」


「タバコ、ですか?」

 夜美は喫煙しないので刑事達の方を見たが、二人とも顔を見合わせている。

「……悪いな、どうもここに喫煙者はいねえらしい」

「何だお前さん、そのツラでタバコやらんのか」

 ヴェントゥラが泰永に向かって言う。

「ツラは関係ねえだろうが」


「あ、グミならあるっすよ」

 と、鈷堀がスーツのポケットから袋を取り出した。

「何でグミがあるんだよ。取調室に妙なもん持ち込んでんじゃねえ」


 袋からコーティングされたグミをざらざらと掌に開けて口に運ぶ鈷堀。

「……そんで自分で食うのかよ」

「センパイもどうぞ」

「いらねえ。しまってろ」


「あーお嬢さん、それでいい。俺にも分けてくれ」

 ヴェントゥラが掌を突き出した。

「お嬢さんじゃなくてあたしは鈷堀っすよ〜、刑事と書いてデカなんすよ〜、オジサン」

 と、彼女はグミをヴェントゥラに分け与える。


 グミを口に放り込んでしばらく咀嚼(そしゃく)して吞み込んだ後、ヴェントゥラは言った。

「……まあ、おおかたはお前さんの言う通りだな……」


「え?」

 何でもないことのように言われたので、夜美は思わず聞き返す。


「俺があの男の部屋に行った時、ヤツはすでにくたばっていた」

「……!」

 ヴェントゥラ以外の三人が、彼の顔を注視した。


 彼はそのまま言葉を継ぐ。

「……お前さんのにらんだように、俺とセリアの付き合いは長くてな。ガキの頃に流れ着いた〈風の渓谷〉で最初に知り合った〈フェアリー〉が、アイツだったんだ」

「オジサンと幼馴染だなんて、あの〈フェアリー〉本当はいくつっすか? 学生くらいの年齢に見えたんすけど……」

「さあな。さっきも言ったように〈フェアリー〉どもは年齢に無頓着なんだよ。あとオジサンはやめろ」


 彼はひとつため息をついた。

「……セリアは、とことんお節介な性分でな。出会った時からやれ食い物だの寝る場所だの、何のかのと世話を焼いてくる訳だ。それはもう煩わしいくらいだったが、正直、セリアのお陰で俺は〈風の渓谷〉に馴染めたようなもんだったよ」

「〈風の渓谷〉で育ったあなたはやがて里を離れて傭兵となったそうですが……その後、彼女とは?」

「里にいた頃ほどじゃないが、つきあいは途切れちゃいない。傭兵の時も勇者パーティの時も、荷運びの仕事が無くなることはなかったからな」

 転移魔法を使う〈ポーター〉ならどこにでも移動できる。重宝されたことだろう。


「〈大空白〉の後も、セリアのお節介は加速するばかりだった。勝手の分からないこの世界を分からないなりにあちこち飛び回ってよ。金を稼いで同じ里の連中の生活を助けたり、仕事を斡旋したりしていた。例のNUE(ニュー)って仲介所を俺に紹介してくれたのも、セリアだ。異世界人の俺達でも割と簡単に登録ができるギルドみたいな場所があるとか言ってな」


 マルコ・ヴェントゥラとセリア・マスタードがNUEに登録していたのは偶然ではなかったらしい。

 NUEの杜撰(ずさん)な本人確認が、むしろ彼らにとっては助けになっていたようだ。


「そうやって張り切って動いてたから目立ってたんだろう……あの男に、目をつけられた」

「屋屯勝っすね」

「そのオクムラだ。転移魔法でモノを運べるセリアの能力があれば、輸送のリスクは一気に減る。特に後ろ暗いブツを扱っていたオクムラにとってはな。最初、セリアは普通の荷運びを請け負ってるだけのつもりでいたらしい。荷物の中身がポーションだと知ってもそこは変わらなかった。ポーションは俺達にとってはありふれた雑貨だしな」

 だが、とヴェントゥラは続ける。

「荷物を運んだ先の相手の様子が尋常じゃないことにしばらくして気付いた。ポーションが、この世界の人間にとっては危険な代物だったと気付くのにも時間はかからなかっただろう。それとなくオクムラからの受注を避けるようになったが……あの男はそれを許さなかった」


 ヴェントゥラが手を置くデスクがみしり、と(きし)み音を立てた。

「あの男は無理矢理セリアに大量のポーションを飲ませて、薬漬けにしやがったんだよ。一度そうなっちまうと、ポーションが途切れた時に激しい幻覚やら幻痛やらに(さいな)まれるようだ」

「……中毒の離脱症状ですね」

「その苦しみから逃れるにはポーションを服用するしかないんだが、ここじゃ前の世界と違って簡単にポーションが手に入らない。セリアはオクムラのポーションに頼るしかなくなって、その代償として運び屋の仕事も続けさせられたって訳だ」

 セリア・マスタード自身もまともな仕事とは思っていなかっただろうから、警察などには助けを求めにくい状況だったかも知れない。


「お前さんはセリアと俺が幼馴染だと言ったが――まあそれは正しいんだが――むしろ俺にとってセリアは、姉のような妹のような、家族みたいなもんだった。何より恩人なんだよ。そんなセリアを、あの男は自分の勝手だけのためにずたぼろにしやがったんだ、許せる訳がないよな。だから俺は――」


 そう言ったヴェントゥラの表情が(にわ)かに凄まじい怒気に染まる。

 彼の全身から噴き上がる殺気に、取調室の空気が音を立てて押し広がったように感じた。


「あの男をぶち殺すことにした」


 視界まで歪みそうなほど濃密な殺気の向こうに、見開かれた緑色の瞳が爛々と光っている。


「……!」

 夜美は背中に、じわりと嫌な汗を感じた。

 〈風の刃〉という無敵の剣技を操る戦士――もし彼が感情に任せて暴れ出したら、ここにそれを抑えられる人間など存在しない。


 そんな危惧を抱いたのも束の間、ヴェントゥラの殺気はすぐに消えてもとの様子に戻った。

「だが……結局、俺には果たせなかった。悔やまれるぜ」


 そう。

 屋屯勝を殺害したのはマルコ・ヴェントゥラではなく、セリア・マスタードだ。


「どこまでもお節介だったんだよ、セリアってヤツはな」

「どういうことっすか?」


「アイツは、俺に人殺しをさせたくなかったのさ。おかしな話だとは思わんか? 俺は戦士で、傭兵だった。魔物も斬るが当然、人も斬る。そういう生業なんだからな。あんな腐った豚野郎なんざ今さら斬ったうちにも入らん」

「馬鹿言え。あんたの地元じゃどうか知らねえが、ここじゃ人殺しは犯罪だ」

「……ああ、まあな。セリアにしてみても、自分のために俺が罪を犯すってのが、よほど耐えられなかったんだろうよ」


 泰永は眉間の皺を深くする。

「だから……あんたの代わりに被害者を殺害したって言うのか?」

「そうだ。俺も驚かなかった、と言えば嘘になる。ひ弱な〈フェアリー〉でも、その気になれば軽く人を殺すことができたってことだ。だったら自分の身体を薬で壊されちまう前に、もっと早くケリをつけてもよかったろうにな」

 夜美が口を開く。

「あなたの考えているほど、殺人という行動の選択肢は一般的なものではないです」


「……分かってるよ。その点、お節介なセリアは、人の助けになるんなら――俺の人殺しを防げるってんなら――その選択をすることをためらわなかったってことだろう。まったく〈フェアリー〉ってのは、つくづく考え方が極端だぜ」

 と、ヴェントゥラは苦い笑みを浮かべた。



つづく

少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら

☆評価、ブックマーク登録、リアクションしていただけると嬉しいです。

よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ