第20話 「いかがでしょうか」
夜美は鈷堀からタブレットを借りて、ヴェントゥラにも見えるようにデスクに置いた。
現場で撮影された証拠写真を画面に表示させる。
その中の一枚、遺体の写真でタブレットを操作する指を止めた。
正視に耐えないような凄惨な有様だったが、ヴェントゥラは眉ひとつ動かさずに写真に視線を注いでいる。
「……あの男の死に様が映し出されてるな。これがどうかしたか?」
「屋屯勝の遺体は、このように縦に切断されていますが、身体の中心部分が一〇センチほど失われています。そしてその幅は、アパートに残された太刀傷と一致していました」
「建物ごと斬った訳だからな。当然そうなるだろう」
「ではこちらの写真を見てください」
初めて遺体の写真を見た時、夜美は何か違和感を覚えていた。
その原因は、直前に見た別の写真にあった。
「……何だ、これは?」
画面に映し出されているのは、真っ二つに切断されたボールペンだった。
鈷堀が写真を覗き込む。
「ああ、これ……現場から回収されたペンっすね」
「はい。例のサイト、NUEのノベルティですね。登録会員に配られたものだと思います」
「……そう言えば俺も持っていた気がするな。会員登録してれば誰だって貰えるだろう。別に珍しいもんでもない」
「セリア・マスタードもNUEに登録していたから同じボールペンを持っているかも知れねえ。だがこれは被害者の所持品だとはっきりしている。普通に指紋が検出されているからな」
「ええ、所有者はわたしも気にしていません。問題は、このボールペンが切断されている、という事実です」
「ええと……つまりそれ、〈風の刃〉に巻き込まれたんすよね?」
「現場に転がっていたんだろう。巻き込まれた所で別に不思議は――」
泰永も写真を覗き込み、そこで言葉を噤んだ。
「いや待て、こいつは違うな……」
「え?」
夜美は頷いた。
「そうです。ボールペンにプリントされているNUEのロゴを見ると、ちょうど切断箇所にあたる“U”の部分だけが欠損しています。その幅は約五ミリほど……遺体と建物に残された“太刀傷”と、切り口の幅がまったく合っていません」
「うぇ、ホントだ……ていうかボールペンの長さが一五センチくらいっすから、〈風の刃〉に巻き込まれてたとしたらほとんど斬り飛ばされてたはずっすもんね」
「〈風の刃〉でなかったとしたら、このボールペンを切断したのは“何か別のもの”、ということになります」
「その“何か別のもの”が、転移魔法だと言いてえんだな」
「はい。まず現場に幅の違う切断の痕跡が二つあることから、切断が二回行われたことは明らかです。最初に屋屯勝は五ミリ幅の転移魔法によって切断され、死に至る。その後、一〇センチ幅の〈風の刃〉によって切り口が上書きされた。しかしたまたまこのボールペンだけは〈風の刃〉の軌跡から外れていたため、一回目の切断の痕跡を残したままとなった、と考えることができます」
「……まあ、確かにこのペンを斬ったのは俺の〈風の刃〉じゃないんだろうよ。だがだからと言ってお嬢さんが言うように転移魔法で切られたかどうかってなると、話は別だぜ。死んだ男が、何かの手遊びにペンを輪切りにしてみたくなったのかも知れんよな?」
「いや大の大人にいるっすかね? そんな暇人……」
「いないとも言い切れん。そうだろう? あの男の一挙手一投足すべてをお前さん達が説明できる訳でもあるまいよ」
「う〜ん……あ、魔素鑑定! 実際に転移魔法で切断されたのなら、切り口に魔素が残ってるはずじゃないすか?」
「それはそうだが、このボールペンは魔素鑑定の検体として保管してたもんじゃねえからな。魔素が検出できるのは魔法が使われてから精々一日かそこらって話だ。今から鑑定に回しても結果は出ねえだろう」
「ええ? も〜ツメが甘いっすよ、センパイ!」
「俺のせいにするんじゃねえよ」
ヴェントゥラは低く笑い声をあげたが、表情は厳しいままだ。
「……残念だったな、お嬢さんよ。さすがにこのペンだけじゃ証拠にはならんだろう。このペンでもって、俺の自白が嘘だと言われたところで、はいごもっとも、とはとても言えんよな」
「どうなんだ、万色」
泰永が静かに問いかける。
「……」
夜美はスーツのポケットを探ると、掌サイズのビニールパックを取り出した。
「見て貰いたい証拠品は、もう一つあります」
中には、小さなプラスチックの欠片が収められている。セリア・マスタード宅で夜美が見つけたものだ。
「写真じゃなくて現物っすか? こんなのあったかな」
プラスチックの欠片は、五ミリほどの小さな円筒形をしていた。全体が黒ずんで汚れているが、その表面に、“U”の文字がプリントされているのが確認できる。
「まさかこれ……」
「NUEのロゴの、“U”の部分が描かれているのが分かります。実際に切り口を合わせてみればより確実ですが、現場に残されていたボールペンの欠損していた部分と考えて間違いないでしょう」
「ど、どこからこんなもの持って来たんすかッ?」
「セリア・マスタードの自宅です。浴室の排水溝を塞ぐカバーに引っかかっていました」
「え……」
「セリア・マスタードが屋屯勝の身体の一部を転移させて殺害した――消失ではなく、転移である以上、そこには転移先が存在します」
「自宅の浴室が……その転移先っすか」
「中野区の殺人現場に残されたボールペンの一部が、江東区の団地の浴室で見つかった理由としてはそれくらいしか考えられません」
夜美は続ける。
「五ミリ幅の転移とはいえ、建物の一部も含まれていますから、転移した物量はそれなりにあったと思います。自宅の浴室からさらに近くの川などに転移させて、処分したと考えるのが自然でしょう」
泰永は低く呻いた。
「五ミリ幅に刻まれたものを荒川みてえな流量の多い川にばら撒いたんなら、回収はほぼ不可能だな」
「はい、仮にすべて直接川に転移させていたら、証拠隠滅は完全なものになっていました。そうしなかったのは、慎重を期してのものかと思います。事件があったのは早朝とはいえ明るい日中です。人目に付かないとは限らないので、やむなく自宅の風呂場を経由地にした」
「……犯行後の心理としてはアリっすね」
「わたしが調べた時、浴室はまだ乾いていませんでした。転移しきれなかった血液などの残渣は水で洗い流したのでしょう。ですが偶然、この欠片だけは気付かれずに浴室内に残ってしまった」
セリア・マスタードはポーション中毒の症状が進んでいた。判断力が低下した状態では、細かな見落としも避け得なかったのかも知れない。
「遺体の一部と一緒に同じ場所に転移した訳ですから、当然この欠片にも遺体の痕跡が付着したはずです」
「……じゃあこの破片に残っているこの黒い汚れ……血痕、すか」
「小さな円筒形をしているので、丁寧に洗わないと付着した血液は落とせなかったと思います。そもそも欠片に気付いていれば処分していたでしょうし。この血液が被害者のものと合致したなら、それはセリア・マスタードによる屋屯勝殺害の決定的な物証となりますが――」
夜美はボールペンの断片が入ったビニールパックを指先で滑らせて、ヴェントゥラに近付けた。
「この場においてはもはや調べるまでもないですよね。いかがでしょうか。このボールペンの欠片が、彼女の犯行を証明する証拠です」
「……」
ヴェントゥラは険しい表情でビニールパックに視線を注いでいる。
つづく
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