第19話 「証拠を見せてくれ」
「転移魔法は移動の魔法だろう。何でそれが凶器になるんだ」
「これを見てください」
夜美は、足元から紙袋を取り出した。
中には江東区の団地で破損した雨水管の一部が入っている。雨水管にぶら下がった夜美を地上まで転移させた時、レベッカが巻き込んでしまったものだ。
「何すか、これ?」
「江東区の団地――セリア・マスタードが住む棟の雨水管です。捜査中に過って一部を転移魔法に巻き込んでしまいました」
「いや、あれお前らの仕業かよ。警視庁の職員が都民の財産を損壊させてんじゃねえよ」
「き、緊急避難ですよ緊急避難。色々あったんです。とにかく――」
泰永の咎める視線をかわしつつ、夜美は続けた。
「転移魔法はポータルで転移する対象と範囲とをコントロールするようです。ところがポータルからはみ出た部分があるとその部分だけ、このようにポータルの境界で切断されたような形で取り残されてしまいます」
――はみ出るとどうなるんですか?
――え? えっと、その部分だけ転移から取り残されます。
言葉で説明するより、現物があれば一目瞭然だった。
「そうした性質を利用すれば、転移魔法は簡単に凶器となりえます」
「それって、つまり……」
「セリア・マスタードは、屋屯勝の身体の一部だけを別の場所に転移させることによって、彼を殺害したのです」
「身体の一部だけを転移させる、だと。そんなことが――」
泰永は雨水管の残骸を見る。
「いや……配管がこうなる訳だからな。やろうと思えば、できるのか」
「もしこの配管が人の身体だったら同じ状態になってたんすもんね。身体の一部ってことは、わざとポータルを小さく作ったってことっすか?」
「そう考えていいでしょう。ポータルの大きさはある程度変えられるようですので」
――ポータルを広めに作ったので、大丈夫!
団地の空中にポータルを作った際、レベッカはそう言っていた。夜美が飛び込みやすいように広めに作ってくれたということだ。
広めに作れるなら、狭めに作ることも可能だろう。
「……いやでもそれ、難易度高くないっすか? 小さめに作ったポータルのある場所まで被害者をおびき寄せて、ちょうどいい所でひっかかったな! って感じでトラップみたいに転移魔法を発動させるんすよね? ちょっとでもずれたら台無しじゃないすか」
夜美はデスクに人差し指を突いた。
「……トラップが“点”であれば確かに難しいかもしれません。ですが――」
突いた人差し指の先を縦に滑らせる。
「“線”であれば、難易度はぐっと下がります。座標軸をひとつ潰せるのですから」
「線――」
「ポータルの形は変えられるという前提に立てば、正円ではなく、楕円――それも“限りなく線に近い楕円”で作ることも可能でしょう。現場はワンルームアパートの一室で、決して広くはないうえに、被害者は大柄です。入り口付近から居室の奥にかけて、部屋の中央を通るような細長い楕円のポータルを作れば、被害者がトラップの範囲に入る確率は各段に上がる」
「部屋の中央を通る……」
鈷堀が何かに引っかかったような表情を覗かせる。
「もちろんそのトラップの形状では、転移する身体の一部も、細長くなる。仮に屋屯勝が細長い楕円を跨いだ形で転移魔法が発動すれば、彼の身体は真っ二つになることでしょう。それは――〈風の刃〉で作られた“太刀傷”にとても似ています」
「……あ……!」
「なかなか想像力が豊かだな、お嬢さんよ」
そこでヴェントゥラが口を挟んだ。すでに口元の笑みも消えている。
「これから殺そうってヤツの前でせっせとポータルをこしらえる訳か。そいつはまた随分と悠長な話だ。そもそも自分の部屋の中で〈フェアリー〉がそんな奇妙なポータルを作ってたら誰だって不審に思うよな。あのデカブツにとっ捕まって捻り潰されるのがオチだろうぜ」
「ポータルは作ったあと、しばらくその場に定着するようです。あらかじめ作っておくこともできます」
「あらかじめ、ね。そいつもかなり無理筋だとは思うが、仮にあの男の目を盗んで部屋の中にポータルを作れたとして、だ。ポータルは目に見える。どの道、不審だろう」
「屋屯勝の目を盗む必要はありませんし、ポータルが彼の目に入ることもありません。ポータルは、彼の部屋に作る訳ではないので」
「……!」
夜美の言葉にヴェントゥラの目元がぴくりと動く。
泰永が言った。
「……よく分からねえな。転移魔法をトラップにして殺害したんだろ。ならどこに作ったって言うんだよ」
「屋屯勝の部屋の真下――一〇一号室ですよ」
「あの空き部屋か……!」
「そこなら無人なので住民に不審がられることもありません。あらかじめ一〇一号室にトラップとしてポータルを作ったうえで、二〇一号室に出向きます。あとは屋屯勝がポータルのある場所の上に立った瞬間、転移魔法を発動させるだけです。この場合、彼に気付かれていてもいなくても構わないでしょう。屋屯勝は一階と二階の間――階下の天井かつ自室の床ごと、身体の中心部分だけを別の場所に転移させられて、死に至ったのです」
取調室に束の間、沈黙が降りた。
「……もうお分かりですね? マルコ・ヴェントゥラが、〈風の刃〉でアパートごと被害者を切断しなければならなかったのは、このためです。転移魔法という凶器により屋屯勝の身体は真っ二つになっていて、部屋の床にも細長い穴が空いていたことでしょう。一〇一号室にはポータルが残っている。そうした転移魔法が発動した場所には当然、セリア・マスタードの魔素が痕跡として残っています。その痕跡のすべてを消したうえで殺人の罪を被ろうとした彼は、転移の軌跡をなぞるように〈風の刃〉を放ち、自分の魔素で現場全体を上書きしてみせたのです」
〈風の刃〉ならば、その目的をただの一太刀で果たすことができる。
その意味において、〈風の刃〉の使用はマルコ・ヴェントゥラにとって合理的であり、過剰でも無駄でもなかったのだ。
「屋屯勝の身体は二回、切断されました。もちろん一回目の切断が致命傷で、その時点で彼は死亡しています。したがって二回目の切断を行ったあなたは屋屯勝を殺していない、ということになります」
「……」
泰永と鈷堀は視線を交わした。
「まあ……現場の状況と矛盾はしてねえな」
「……っすね」
ヴェントゥラは、ひとつ大きく息を吸うと鼻から吐き出した。
「……なるほど話の筋は通ってるようだ。だがな、お嬢さん」
「万色です」
「結局お前さんが今話したことは、お前さんの頭の中で完結してる想像の産物でしかない訳だ。だから単刀直入に言うがな――」
デスクに身を乗り出して、鋭い視線で夜美を見据える。
「証拠を見せてくれ」
「証拠……」
「男が二回斬られたっていう、お前さんの想像を裏付ける証拠――つまり俺があの男を殺してないっていう証拠だよ。あるとは思えないんだがな。何しろ、お前さんの想像でも俺の〈風の刃〉は現場の痕跡を消し去るために使われたんだろう?」
泰永は渋い顔をして言った。
「正直、〈風の刃〉の使用目的が証拠隠滅だったとしたら、手段としてはうってつけだな。“太刀傷”にあたる部分の残骸はほとんど見つかってねえ。細かく破断されて現場の外へ広範囲に飛散したってのが、鑑識の見解だ」
「もちろん――」
夜美は短く応じる。
「証拠は、あります」
「……ほう」
ヴェントゥラの表情は険しいまま変わらない。
これで最後。彼の証言が、虚偽であることを暴くのだ。
つづく
少しでも「面白い」「続きが気になる」と思われましたら
☆評価、ブックマーク登録、リアクションしていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。




