第18話 「どうやってあの男を殺す?」
「被害者を建物ごと切断しなければならない理由っすか……センパイならどういう時によし、人を建物ごと切断しなきゃ! ってなるっすか?」
と、鈷堀は隣に立つ泰永に問いかけた。
「ならねえわ。だがまあ、この被疑者に限って言えば――考えられるとしたらさっき本人が語った通りの理由だな。他の誰にも真似できねえ殺し方なら、その殺し方そのものが被疑者の犯行を証明することになる」
「……」
ヴェントゥラは特に反応を示さず、腕組みをしたまま椅子の背もたれに身を預けた。
「つまり自己顕示欲――自分の犯行だって主張したかったってことっすよね」
鈷堀の言葉を、夜美はさらに展開した。
「あるいはそうすることで、自分以外の誰かに捜査の目が向かないようにしたかった――とは考えられないでしょうか」
泰永が顎先を手で撫でる。
「自分以外の誰か……ね」
「はい。そしてその自分以外の誰かの痕跡を消すためには、アパートの部屋も破壊しなければならなかった」
「するとお前はこの殺人事件には共犯者がいて、被疑者はそいつを庇ってるとでも言いてえのか」
「共犯者……え、誰のことっすか?」
夜美は答える。
「もちろん、セリア・マスタードですよ。鈷堀さん」
「……それって、被害者が運び屋として使ってたあの〈フェアリー〉っすよね? いやいや殺人の共犯っすよ。この被疑者とセリア・マスタードがそんなリスクを共有するような関係性にあるとは思えないんすけど。二人の共通点なんて、せいぜい同じNUEってサービスの会員だったってぐらいじゃないっすか」
鈷堀は夜美とヴェントゥラが向かい合うデスクに身を乗り出した。
「ところが、もっと注目すべき共通点があったんです。そうですね?」
夜美が問いかけるが、ヴェントゥラは口元を引き結んだまま何も答えない。
「……〈大空白〉の前、異世界でのことです。マルコ・ヴェントゥラは成人するまで、〈風の渓谷〉と呼ばれる〈フェアリー〉の里で暮らしていました。そして〈風の渓谷〉は、セリア・マスタードの故郷でもあります。つまりマルコ・ヴェントゥラとセリア・マスタードは、いわゆる幼馴染という関係性にあったと思われます」
鈷堀がその大きな目を見開いた。
「うぇええ? お、幼馴染ッ? このオジサンと〈フェアリー〉の女の子が? バランス悪ッ!」
「バランスは別に重要視してないんですけど」
ヴェントゥラは顔をしかめているが、引き結んでいた口元を解いた。
「悪かったな、お嬢さんよ。俺だって別に昔から老けてた訳じゃないんだよ。それに〈フェアリー〉ってのは半分は精霊みたいなもんで、歳のとり方も正味いい加減でな。数日であっという間にくたばっちまうヤツもいれば、若いまま何百年もふわふわ生きてるヤツもいる。年齢って概念すらあまり理解してないような連中なんだぜ」
「妖精の里にいたってのは、事実か」
「別に隠すことでもないし、どうせ調べられたら分かることだろうからな。確かにガキの頃、俺は〈風の渓谷〉で過ごしてたぜ」
「セリア・マスタードのことも、知っていますね?」
「まあな」
ヴェントゥラは軽く顎を引いた。
「……マジっすか」
「勘違いするなよ。そりゃあ地元が一緒なんだから知ってるだろうよ。共犯だ何だって話は知らんよ」
「そうだな。セリア・マスタードが事件関係者に加えるべき人物だってことは認めるが、被疑者の共犯ってのは話が飛躍してる。そもそも被疑者にとって被害者殺害は本質的に不可能じゃあねえし、犯行を否定してもいねえんだ。そいつが共犯だったとして、被疑者のメリットになるような何ができるよ? それとも――」
泰永は目元を鋭く眇めた。
「お前はさっき、被害者を殺害したのは被疑者じゃねえと言ってのけたが、まさかその〈フェアリー〉が実行犯だとか言いてえ訳じゃねえよな」
「いえ――」
夜美は緊張で乾いた唇を舌で濡らした。
「そのまさかです。屋屯勝を殺害したのはセリア・マスタードだと考えています」
「あのなあ……」
「セリア・マスタードはクラス〈ポーター〉の〈フェアリー〉で、特に転移魔法の使用に長けていると考えられます」
「転移……だと?」
「ポータルと呼ばれる円形の魔法陣のようなものを使って、離れた場所へのテレポートを実現する魔法です」
「……ああ、そんな魔法もあるんだったな。〈風の刃〉といい、どれも無茶苦茶な能力だ」
「転移魔法なら、施錠された部屋であっても侵入することは容易です。そして屋屯勝の殺害後、ここにいるマルコ・ヴェントゥラが〈風の刃〉を放って彼女による犯行の痕跡を消す――」
「現場を破壊することによって、か?」
「はい。しかも屋屯勝がすでに殺害されているのなら、それ以上動き回ることもありません。遺体のある場所さえ把握していれば、部屋の外からでも確実に〈風の刃〉で切断することが可能でしょう」
「でも遺体からは〈風の刃〉以外の損傷も、薬物の痕跡も見つかってないっす。セリア・マスタードが〈風の刃〉の傷口と同じ場所に物理的な致命傷を与えたことにならないと、よみりんの話は筋が通らないっすよ」
「ええ。わたしもそう考えています」
ヴェントゥラは口の端を歪め、低い笑い声をあげた。
「お嬢さんよ。人を斬ったことはあるか?」
「……もちろん、ありません」
「人を斬るには剣を振るう膂力が必要なのは当然だが、動かす骨、関節の連動が欠かせん。つまり、全身で斬る。その全身を支えているのが――」
彼は床を軽く蹴った。
「地面だよ。上半身の力を支え、下半身の力を伝えることができなけりゃ、満足な斬撃は使えんのだ。その点、羽虫みたいに空中をふらふらしてる〈フェアリー〉が、まともに人を斬り殺すなんてできるはずもないよな? 弓矢を使ったにしても〈フェアリー〉の引けるサイズと張りの強さじゃ威力はたかが知れてる。〈フェアリー〉サイズの火器があったとしても話は同じだ」
「〈フェアリー〉サイズというか、日本には銃が出回ってないんすけどね。現場から硝煙反応とかも出てないっす」
「あるいは自分自身が矢弾のような速度で飛んで急所に突っ込めばギリギリって所だろうが、そんな捨て身の攻撃は失敗すれば即、返り討ちだ」
「被害者は大柄で体重もあった。〈フェアリー〉との体格差は大人と子どもの数倍はある。失敗する可能性の方が高そうだな」
「そういうことだ。で、お嬢さん。そんな〈フェアリー〉が、どうやってあの男を殺す?」
口元には笑みを残しているが、目元は鋭いままだ。
「魔法ですよ」
と、夜美は答えた。
「……何?」
「異世界人は魔法が使えます。凶器が見つかっていないのも、魔法を使って殺害したからです」
ヴェントゥラは呆れたような目で夜美を見る。
「それこそお前さんは魔法を使ったことがないんだろうが、魔法は万能の利器じゃない。勇者パーティにも〈メイジ〉がいたが、ああいう素養の持ち主が長年訓練と学習を積み重ねてようやく魔法が戦闘用としてものになる訳だ。〈ウォリアー〉が剣の修行をするのと同じだな。専門職でもない〈ポーター〉は、炎熱しろ氷冷にしろ、人を殺せるレベルの魔法なんざ扱えやせんよ」
「ですが先ほども言ったように、セリア・マスタードはクラス〈ポーター〉の〈フェアリー〉です。ほかの魔法はさておき、荷運びにつかう転移魔法についてなら“専門職”です」
「よ、よみりん。それって……」
「はい。セリア・マスタードが殺害に使用した凶器は――」
夜美はうなずいた。
「転移魔法です」
つづく
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