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第17話 「大きな問題になると見ています」

 その日の夕刻、夜美は警視庁刑事部の取調室にいた。

 泰永と鈷堀の取り計らいで、夜美によるマルコ・ヴェントゥラの取り調べが認められたのだ。


 部屋の壁際に(たたず)んで、二人は夜美の様子を見守っている。取り調べは彼らの同席が条件だった。


 机の向かいには、マルコ・ヴェントゥラが椅子に座っている。


 直接対面するのは初めてだ。

 相変わらず長い白髪を襟足でまとめ、黒いスーツに全身を包んだ出で立ちをしている。

 腕を組んで身じろぎひとつしないが、刃物で削ったような皺の向こうに光る緑色の目からは周囲を圧するような覇気を放っている。

 マジックミラー越しで見た時とは違い、向かい合っているだけで怯んでしまいそうな迫力だった。


 夜美は彼の正面の椅子に腰かけた。


「……初めて見る顔だな。今さら、こんな小娘が俺に何の用だ?」

 ヴェントゥラは言った。


「公安部異世界対策室の万色夜美です。今日は無理を言って時間を作ってもらいました。よろしくお願いします」

「……ああ、リヒトの……」

 ヴェントゥラは口の中で短くつぶやくと、片眉をあげて改めて夜美を見据えた。


「……異世界対策室、ね。お前さん達の組織のことは知ってるぜ。俺達異世界人のことを四六時中つけ回してるんだってな」

「語弊が凄いです」

「だがまあ、見ての通りだ。俺は人を殺したんでとっ捕まっている。取り調べとやらは終わって、明日には司直の手に委ねられるんだとよ。役人の仕事はここまでってことらしい。残念だが出る幕はなさそうだぜ、お嬢さんよ」

「知っています。ですが肝心なあなたの証言が虚偽ならば、満足に公判手続も進めることができませんから……調書の不備は今のうちに正しておかなければ」


「虚偽……? そもそも俺はたいして証言をした覚えが無いんだがな。虚偽を疑われるほどのもんかね。なあ?」

 ヴェントゥラはそう言って壁際の泰永に目を向けた。


 泰永は軽くため息をつく。

「……そうだな。“あの男を殺したのは、俺だ”――こいつの証言は実質、それだけだ」

「ええ……まさにその唯一の証言こそが、虚偽です」


 夜美は静かに続けた。

「屋屯勝を殺したのは、マルコ・ヴェントゥラ()()()()()()()


 その言葉を聞いたヴェントゥラは黙って彼女の顔を見ていたが、やがてふと口元を緩ませた。

「……面白い。殺したと自白している当人を差し置いて、お前さんはそれが嘘だと言いたい訳か。だったら訊くが、俺以外の一体誰がああいう殺し方をできるんだ?」


 今度は鈷堀が口を開いた。

「確かに、現場はこれ以上もなく特殊な状況だったっすね。被害者は、自室の中でアパートごと真っ二つに斬り殺されてたっす。もし同じ状況を再現しようとするなら、何か凄い重機とかでいい感じにやるしかないっすね」

「真顔で適当なことをほざいてんじゃねえ。何か凄い重機とかでいい感じにってどういうことだ」

 その横で泰永が渋顔を作る。

「そんなもん目撃証言も使用痕跡も無かっただろうが。仮に何かしらの機械でやろうとしても時間がかかり過ぎるうえに、切断面もあんな滑らかにとはいかねえだろう。マルコ・ヴェントゥラの固有魔法〈風の刃〉でもなければ、およそできそうにもねえ芸当だ」


「ああそうだ。殺し方そのものが俺の犯行を証明していると言ってもいいだろうよ」

 ヴェントゥラは親指で軽く自分を差す。


 夜美は言った。

「……たとえ〈風の刃〉を用いたとしても、結局あの現場の状況で人を殺害するのは困難なのは変わらないと思います」

「何?」

「殺害された時、屋屯勝は施錠された部屋の中にいました。建物ごと人を斬る技術があったとしても、その斬る相手が部屋のどこにいるか分からない状態で、正確に一刀両断にする――これはかなり困難を伴う行為です」

 それは現場を最初に見た時に覚えた違和感だった。


 だがヴェントゥラは軽い調子で受け答えた。

「……何だそんなことか。いいかお嬢さん」

「万色です」

「こう見えて俺は勇者パーティの戦士だぜ? 壁一枚向こう側にいる相手の気配を探るなんざ、訳もないことだ。狙い定めて斬り殺すくらい、できんとでも思ったか?」

「……」

 ブラフだろうか。

 いや――ヴェントゥラは歴戦の戦士だ。誇張や虚飾ではなく、あるいは本当にできるのかも知れない。


「……あのな、万色」

 そこで泰永が声をかける。

 彼も現場の状況に違和感をもっていた様子だったが、こう続けた。


「確かに〈風の刃〉を使ったとしても、殺害方法としては難しいもんなのかも知れねえ。俺もそう思う。だがどれだけ難しくてもな、()()()()()()()()んだよ。で、実際にこの男はそれをやって、成功してみせた。物証がそれを証明してるんだ」

「例の魔素鑑定、っすね」

「そうだ。アパートの切断面と遺体の切断面から採取した魔素は、マルコ・ヴェントゥラのものと一致している。この男にとってそれが困難だったか容易だったかはこの際、問題じゃあねえ。マルコ・ヴェントゥラは〈風の刃〉で屋屯勝をアパートごと斬った――これはもうすでに確定した事実なんだよ」


 そう。

 殺害方法の確実性に関わらず、被害者はマルコ・ヴェントゥラの〈風の刃〉で斬られた。

 それは揺るぎない事実だ。


「いえ……」

 夜美は小さく首を振った。


「わたしはやはりこの殺害方法こそが、大きな問題になると見ています」

「どういうことだ」


 夜美はそこで居住まいを正して、ヴェントゥラに尋ねた。

「……勇者パーティに加わる前、あなたは傭兵として働いていたと聞きました。そうですね?」

「どうした急に。そうだが、それがどうかしたか」


「わたしは傭兵という職についてあまり知識を持ち合わせてはいないのですが、第三者的立場から彼我の生命を金銭化したうえで戦闘行動を行い、時間と危険度に応じた報酬を得る仕事だという理解で正しいでしょうか」

 ヴェントゥラは怪訝そうな顔を見せる。

「……もって回った言い方だ。要するに金で雇われて剣を振るう仕事だよ」


「つまり基本的な性質として、金銭――リターンとリスクが折り合わない行動を選択することはない。長く傭兵の仕事を続けていくうちに、そうした性質はあなたの行動様式にも反映されていくと思いますが、いかがですか」


 ――彼の行動には必ず合理的な理由がある。

 勇者リヒト・エクハルトの言葉が脳裏に蘇る。


「そうかも知れんな。緊急時にわざわざ危険を冒してまで無駄な行動なぞしないもんだ。誰だってそうだと思うが」

「そんなあなたが――」

 夜美はデスクの調書を指で押さえた。

「被害者の殺害というある種の緊急時に、極めて無駄な行動を実行している」


「無駄な行動……っすか?」

 鈷堀が顎先に指をあてる。


「はい。〈風の刃〉は射程無制限・物質結合無視の斬撃ですが、何も大きいものばかりを斬る技能(スキル)という訳ではありません。殺害する相手が施錠された室内にいるからと言って、別に建物ごと斬る必要なんて無いのです。物理的に施錠を無効化するなら、入り口のドアだけを――もっと言えば、鍵を――鍵の、(デッドボルト)部分だけを斬ればいいのですから」

「……言われてみれば確かに無駄が多いかもっすね」


「つまり――」

 夜美は言い募る。

「あえて被害者を建物ごと切断するという一見、困難かつ無駄とも思える殺害方法を選んだのは、そうしなければならない理由があったからなのです」


 向かい合ったマルコ・ヴェントゥラの緑色の目が、わずかに鋭い光を帯びた。



つづく

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