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第13話 「だったら良かったのだがな」

 屋屯勝から運び屋としての仕事を託されていたという、セリア・マスタード。


 少なくとも、日本人名ではない。

 念のためレベッカに尋ねてみたが、知った名前ではないようだ。

「ぼっちですみません……」

「だ、大丈夫ですから、そう死んだ魚の目をしないでください」


 セリア・マスタードが夜美の推測通りに〈フェアリー〉であったのなら、異世界人として異世界対策室のデータベースに記録されているはずだ。


 公安による作業報告がソースになっているので、NUEの登録内容と違って情報の確度は高い。もちろん鈷堀が指摘するように“セリア・マスタード”がそもそも本名ではない可能性も捨てきれないが、確かめる価値はある。


 データベースへのアクセスは室長の大文字うるはに許可を仰がなくてはならなかった。

 夜美はベッキーと別れ、捜査の続きは明日、登庁してから進めることにした。


 帰途、勇者リヒト・エクハルトとの対話から導いた仮説を思い出す。

 〈風の刃〉が使われた時点で、屋屯勝はすでに死亡していた――。


 物証こそないものの、勇者なりに戦士の側面を分析・評価したうえでの推理だ。夜美が現場で感じた違和感とも符合する。


 では、なぜマルコ・ヴェントゥラは〈風の刃〉を使ったのだろうか。

 仮説に基づけば、屋屯勝の殺害において〈風の刃〉は明らかに余計なのだ。


 建物ごと遺体を切断しなければならない理由があった――いや、あるいは切断しなければならなかったのは、遺体以外の何か――?


 どうもその疑問を説明する情報が足りていないように感じる。

 セリア・マスタードについての調査が、事件の不明確な部分を明らかにするものとなれば良いのだが。


 マルコ・ヴェントゥラは明後日には送検されるという。

 残された猶予は、明日一日しかなかった。


 翌朝。


 夜美は警視庁本部庁舎の一画にある異世界対策室に急いだ。


 大文字うるははすでに登庁しており、デスクでハンバーガーチェーン店のコーヒーを飲んでいた。

 何につけても隙の無いように見える大文字だが、食生活だけは妙に偏っている。

 彼女は夜美の見る限り、ファストフードしか食べない。今朝もチェーン店のモーニングセットだったのだろう。そんな食事を続けてどうやってその美貌を保っているのか、ある意味そこが彼女の最もミステリアスな一面だと言える。


 夜美は昨日の捜査の報告を兼ねて、大文字へデータベースへのアクセス許可を求めた。


 大文字は眼鏡の細いフレームに薬指をやって軽くうなずいた。

「状況は理解した。データベースへのアクセスも問題ない、好きに進めるといい」


「……」

 夜美はコーヒーを口元へ運ぶ大文字を見つめている。

「どうした、まだ何かあるのか?」


「勇者獄の協力者と、面会しました」


 大文字の怜悧(れいり)な表情は動かない。

「そうか。うまく使いこなすことはできそうか?」

「それはまだ分かりませんが、今のところは対話を継続することはできています。ですがまさか彼が生きていたとは……」

「協力者が誰なのか説明したところで(にわ)かには信じられないだろうからな。実際に会った方が早い」

「おおやけになっている魔王暗殺事件の経緯は、社会へ無用な混乱を招かないためのカバーストーリー、だったのですね」

「そんなところだ」


「なら――」

 夜美は思わず大文字のデスクに片手を突いた。

「公安はすでに、魔王暗殺事件の真相を掴んでいるということにはならないでしょうか。真相が分からないままに、カバーストーリーを構築することができるとは思えません」


 大文字はコーヒーをひと口飲んで言った。

「……残念だが、それは無い。知っての通り、事件は〈大空白〉のさなかに起きた。事件そのものの客観的証拠は存在せず、あるのは異世界人達の証言のみ。公表されているのは、それらの証言内容からあの男の生存という事実を秘匿(ひとく)して辻褄(つじつま)を合わせたようなものだ。カバーストーリーと称するのもやや大袈裟なくらいだろう」

「それはそうなのかも知れませんが……」

「魔王暗殺事件の真相を探るには、当事者に直接当たっていくしかない。勇者獄は、そのための足がかりだな」

 とはいえ、と大文字は続けた。

「肝心の協力者があの性格だ。今に至っても彼から有益な情報を得られずにいるのが実情ではある。今回の戦士の事件を通じて、違う角度から揺さぶりをかけることができればいいのだが……」


 大文字の言葉に引っかかるものを感じた。

「室長は、今回の事件の発生を予期していたのですか?」

「……ん?」

「調べを進めていると、事件をマルコ・ヴェントゥラの犯行とするには確かに違和感を覚えます。ですが室長は一番最初にわたしに対して、“マルコ・ヴェントゥラの無実を証明しろ”と言っていました。あなたは当初からその指示の根拠となるような情報を得ていたとしか思えません」

 眼鏡の奥の大文字の目を覗き込む。


「勇者獄の協力者から、室長はあらかじめ何か聞いていたのではないでしょうか?」


 夜美を見返す大文字の瞳は小揺るぎもしなかった。

「ふん、だったら良かったのだがな。それはお前の思い過ごしというものだ」

「……」

「マルコ・ヴェントゥラが殺人の罪に問われ収監でもされてしまえば彼の行動の自由度は極端に減少する。そうなっては彼の動向から得られるはずの情報も失われ、我々異世界対策室にとって不利益が生じる。ゆえにマルコ・ヴェントゥラは、無実でなければならない、と()()()は考えた。それだけだ」


 勇者の生存をこれまで平然と隠し続けていた彼女が、本当のことを言っている気がしない。

 だがこれ以上尋ねたところで答えてくれるとは思えなかった。


 デスクの上に置いていた手を引いて、負け惜しみのように言う。

「予断をもって捜査しろ……ということですか?」

「事件捜査は論理的に行われるべきで、論理的思考には前提が必要だ。前提は先入観にもなり、予断にもなりうるだろう。いちいち忌避していては仕事になるまい」

 大文字は軽く応じると、会話の流れを断つように言った。

「データベースを確認するのではなかったのか?」


「もちろん……やります」

 今はマルコ・ヴェントゥラの事件に集中すべきだろう。夜美は自分のデスクに足を向けた。


 PCを開き、データベースに対象者の名前を入力する。


 セリア・マスタード。


 検索をかけると、拍子抜けするほどあっさりと情報にヒットした。

「……本名でしたか」

 思わず声が漏れる。


 SNSから得たものだろうか、顔写真まで添付されている。

 ベージュに近い茶髪を短めに切りそろえた少女が屈託のない笑顔を画面に向けていた。快活そうなその表情からは、運動系の部活動にいる学生のような印象を受ける。


 だがその背中には、しっかりと魔翅が写り込んでいた。

 〈フェアリー〉だ。

 年齢は一〇代後半から二〇代前半、クラス〈ポーター〉。

 街でよく見かけるフードデリバリー系のプラットフォームで配達員の仕事を請け負っていたようだ。

 記載されているプラットフォームのなかには、例のNUEの文字も確認できる。


 どうやら、彼女で間違いなさそうだった。



つづく

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