空のレプリカ
――その空は、もう誰のものでもない。
かつて世界はひとつだった。
いまは、確定しない“現在”を演算し続けている。
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世界はとうの昔に終わった。
けれど、それを知る者はいない。
ディープ・グラウンド――
星核災害によって崩壊した“現実”の記録を保存するために作られた、
量子仮想現実ネットワーク。
そこでは死者の魂も、生者の記憶も、同じ演算装置の中で再生される。
この世界の人々は、生きているわけでも、死んでいるわけでもない。
彼らは、過去の情報と未来の不確定性を繋ぐ“揺らぐ存在”――
確率の幅として、演算され続ける魂だ。
都市ノウアスフィア。
曇り空の下、ネオンとスモッグの街を覆うのは、
かつて「空」と呼ばれた記録の映像。
人々はその幻影を本物と思い込み、今日も“現在”を演じている。
だが、その演算に狂いが生じはじめた。
演算の隙間から漏れ出す“ノイズ群(NØISE)”――
記憶の欠損、感情の断片、壊れた確率。
彼らは都市に侵入し、存在そのものを食い破っていく。
虚数管理局《I.B.N.》の特務官、リラ=ヴァスティンは、
ノイズを討伐するために創られたエリート捜査官。
彼女の眼は観測装置であり、
彼女の剣は確率を崩壊させる。
だが、彼女は知らない。
――自分自身もまた、この世界を動かす演算素体の一部であることを。
――そして、彼女が見上げるその空が、誰かが作り直した“レプリカ”にすぎないことを。
現実と仮想、生と死、観測と被観測。
世界がどちらの側にも立てなくなった時、
人は「確定しない今」を生きるしかなくなる。
サイコロは、まだ転がり続けている。
空は、ただ記録を映し出す。
――それでも彼女は、空を見上げる。
「私が見るこの空は、本当に“私の今”なの?」