破滅の始まりは金儲けから……いや、もちろん金儲けから!
世界は今、奇妙な悪夢にうなされていた。
それは、まるで悪戯のように、しかし確実に、各地の要人を震え上がらせる連続失踪事件。そのターゲットは、各国を彩る花、王族や貴族の令嬢たちだった。ある日忽然と、ある夜ひっそりと、まるで最初から存在しなかったかのように、彼女たちは消え去るのだ。
まず、事件の幕開けは、灼熱の砂漠王国サハラデスからだった。
悠久の歴史を誇る古代遺跡が点在し、神秘の砂嵐が大地を覆うその国で、太陽にも劣らぬ美しさを持つと謳われた、サハラデス第一王女、ファティマ=アル=マハラフが消えた。事件が起こったのは、彼女が日課としている朝の瞑想中だった。王女の私室は、堅牢な結界と、伝説の砂の精霊によって守られていたはずだ。しかし、朝、彼女の侍女が扉を開けた時、そこに王女の姿はなかった。
残されていたのは、ただ一つ。王女がいつも瞑想に用いていた、黄金の絨毯の上に、真新しい、熟れすぎたバナナの皮が、奇妙なほど滑稽に転がっているだけだった。
「これは一体……?」
王宮は騒然となった。衛兵隊が砂漠の果てまで捜索に出たが、残されたのは疲労困憊の兵士たちと、幻影のような蜃気楼ばかり。精霊使いが総出で砂の精霊に問いかけたが、返ってくるのは虚しい砂漠の風の音だけ。精霊たちは、誰も侵入を許していないと口々に訴えた。
「王女は、まるで砂に溶けるように消えました……」
と、王宮魔術師団長が顔面蒼白で報告した時、国王は絶望の淵に沈んだ。この事件は、瞬く間に国内外に報じられ、砂漠王国の威信は地に落ちた。だが、彼らはまだ知らなかった。これが、世界を巻き込む大いなる災厄の、ほんの序章に過ぎないことを。
次に事件が起こったのは、技術と革新の最先端を突き進む、西の技術大国ギアハルト。
そこでは、国の頭脳とも称される最高科学庁の公爵令嬢、セシリア=フォン=ギアハルトが、厳重なセキュリティを突破されて失踪した。彼女は、自身が開発した最新鋭の魔導セキュリティシステム「アイギス」によって守られた、地下数百メートルの研究施設、通称「ラボ」に滞在していたはずだった。ラボへの出入りは、指紋認証、虹彩認証、声紋認証、そして最新の魔力パターン認証を組み合わせた四重のロックが必須であり、監視カメラは隅々まで配置され、不審な動きは即座に警報を発するはずだった。
しかし、事件が発覚したのは、朝、警備主任が定時の巡回を行った時だった。セシリア令嬢のプライベート区画の扉は、何事もなかったかのように閉じられ、警報システムも正常稼働している。だが、中に令嬢の姿はなかった。
そして、不審な点が一つだけ。ラボのメインモニターに映し出された、前夜の監視カメラの記録映像。そこには、セシリア令嬢らしき人物が、警報音が鳴り響く中、なぜかキレッキレのディスコダンスを踊る姿が映っていたのだ。映像はそこで途切れ、音声はノイズまみれ。
「これは、一体どういうことです!? 警報が鳴っていたのに、なぜ誰も駆けつけなかったのですか!?」
警備主任の怒号が響き渡る。だが、どの警備員も「そんな警報音、聞こえませんでした」と首を傾げるばかり。システムを開発した科学者たちも、頭を抱える。システムは完璧なはず。バグもエラーも検出されない。まるで、そのディスコダンスの映像自体が、現実を歪めたかのような奇妙さだった。
ギアハルトの誇る最先端技術は、無力だった。令嬢は消え、残されたのは不可解なダンス映像だけ。この国のプライドは、音を立てて崩れ去った。技術大国をもってしても、その失踪の謎は解き明かせなかったのだ。彼らは、これを「魔導技術の限界」と絶望した。
そして、地球の最果て、紺碧の海に浮かぶ神秘の島国アクアリーヌでも、同様の事件が発生した。
この国では、伝説に謳われる「人魚の歌姫」の血を引く、美声で知られる令嬢、リラ=マリンフォークが姿を消した。リラは、月に一度、満月の夜に、島の中心にある「海の泉」で歌声を奉納する儀式を行っていた。その夜も、儀式は滞りなく執り行われ、彼女の歌声は満月の光と共に海の彼方まで響き渡った。
しかし、夜明け前、彼女を迎えに行った神官たちが目にしたのは、泉のほとりに残された、リラの白いドレスと、その傍らに置かれた一枚の古びた巻物だけだった。巻物には、稚拙な文字でこう書かれていた。
「あたいが歌えば魚も踊るぜ!」
神官たちは混乱した。これは、神への冒涜か? それとも、何かの暗号か? 島民たちは海を捜索し、自慢の航海術で海の彼方まで繰り出したが、リラの姿はどこにもない。人魚の使いたちも、海中を隅々まで探し回ったが、手がかり一つ見つからなかった。
「歌姫は、海の泡になったかのようです……」
老神官が虚ろな目で呟いた時、島を覆う絶望は、海の深淵のように深く、どこまでも沈んでいった。伝説の歌姫が、その歌声と謎の巻物を残して消えた事実は、島民たちの信仰を揺るがし、未来への希望を打ち砕いた。
世界は今、解決不能な、不可解な連続失踪事件の恐怖に怯えていた。どの国も、その国が誇る最高の知恵と技術、そして武力を結集して捜査に当たったが、結果は同じ。残されるのは、奇妙な「証拠」と、解読不能な謎、そして深い絶望だけだった。各国は、この見えざる敵に対し、なすすべなく膝を屈していた。
エルドニアの窮地:王国の命運、破滅の魔女に託される!
そして、魔導王国エルドニアにも、ついにその魔の手が及んだ。
謁見の間は、重苦しい沈黙に包まれていた。国王グスタフは、玉座に座ってはいるものの、その表情は血の気を失い、まるで死者のように土気色に変じている。数時間前、彼が最も可愛がり、誇りとしていた一人娘、ローゼリア王女が、その寝室から忽然と姿を消したのだ。王女の寝室は、何重もの魔法障壁と、屈強な近衛騎士団によって守られていた。魔導鍵は厳重に保管され、窓は魔法で封印されている。まさに鉄壁のはずだった。だが、朝、侍女たちが目覚めの挨拶に赴いた時、そこにあったのは、冷え切ったベッドと、開け放たれたままのバルコニーの扉だけだった。
「陛下……」
宰相ディートリッヒは、老いた顔に脂汗をだらだらと流しながら、震える声で国王を呼んだ。彼の脳裏には、他国から届いた報せの数々が、忌々しい記憶のように蘇っていた。砂漠のバナナの皮、技術大国のディスコダンス、島国の稚拙な巻物……。どれもこれも、理解不能な、しかし確実に現実に起こった事件ばかりだ。そして今、同じ悪夢が、自国を襲った。
魔法省の長、グランドウィザード・アルベルトもまた、その顔を蒼白にさせ、ひきつけを起こしたように震えている。彼が率いる魔法省は、王国内で最も強力な魔術師集団だ。しかし、彼らは王女の失踪に関する、いかなる魔力の痕跡も、不審な術式も発見できなかった。まるで、魔法の力さえも、その存在を感知できないかのように。
「もはや……もはや、頼みの綱は……」
国王は、まるで死神に魂を売るかのような、苦渋に満ちた表情で呟いた。その言葉に、謁見の間に居並ぶ貴族たちの間に、ざわめきが広がった。その「頼みの綱」が誰を指すのか、彼らは皆、よく知っていたからだ。
「……あの御方を呼ぶしか、あるまい」
国王の、絞り出すような声に、貴族たちの顔には、安堵と、そして深い絶望の色が複雑に混じり合って浮かんだ。安堵は、もう手がない状況で、唯一、いや文字通り唯一の解決策があるという一縷の望み。絶望は、その解決策が、王国にどんな災厄をもたらすか、想像に難くないからだ。
ルナ=ラインハルト。その名を口にするだけで、大人ですら震え上がる、まさに「破壊の魔女」。彼女が一度暴れれば、都市の半分が消し飛び、山が一つなくなる、という噂すらまことしやかに囁かれている。彼女は確かに最強の魔法使いだ。だが、その力は、あまりにも制御不能で、あまりにも破壊的で、あまりにも……金の亡者だった。
国王は、重々しく頭を下げた。
「ゼフィロス……」
「はっ!」
国王の言葉に、最前列で控えていた青年騎士、ゼフィロスが、反射的に敬礼した。彼は、王室に仕える生真面目な騎士だ。常に冷静沈着で、何事にも真摯に取り組む。その真面目さゆえに、彼は今、この瞬間、胃のあたりに激しい痛みを覚えている。
「お前が、あの御方を……ルナ=ラインハルト殿を、王宮にお連れせよ。我々が……できる限りの、最大級の協力を約束すると、伝えろ」
「は、はい……承知いたしました……!」
ゼフィロスは、その場で全身から冷や汗を吹き出しながら、必死に返事をした。彼がルナ=ラインハルトの専属護衛(兼、苦労人)となってからというもの、彼の胃腸薬の消費量は、王国の税収に匹敵する勢いで増え続けている。今回は、その胃腸薬だけでは到底済まないだろう。彼は、既に胃袋の死を覚悟していた。
ルナの強欲とゼフィロスの胃痛:降臨!報酬は世界崩壊級!?
王都のはずれ、貴族街からも外れた、とある一角に、ひっそりと、しかし妙な存在感を放って佇む一軒の館があった。瀟洒とは言い難い、むしろ雑然としたその建物こそが、ルナ=ラインハルトの居城である。そこかしこの壁には、以前の実験か、あるいは単なる癇癪か、不自然な焦げ跡や陥没が見受けられ、庭には謎の爆発によってできたとおぼしきクレーターがいくつも口を開けている。近隣住民は、朝、館から轟音が聞こえなければ、むしろ不審に思うほどだった。
その館の一室で、今日もまた、盛大にテーブルが叩きつけられる音が響き渡っていた。
「はぁ?! またあたし様にお呼び出しだと!? しかも今度は世界規模のトラブルだぁ? ふざけんな! いちいち呼び出すんじゃねぇよ、この税金泥棒どもがっ!」
テーブルの向かいには、王室の紋章が刻まれた上質な書状が、ぐしゃぐしゃに丸められて放り出されている。書状の差出人である国王の名前が、ルナの容赦ない言葉によって、まるでゴミクズのように扱われている。
彼女こそが、その名を世界に轟かせた、この世の常識をはるかに逸脱した**「破壊の魔女」ルナ=ラインハルト**だ。絹のような金色の髪をなびかせ、陶器のような白い肌に可憐な顔立ち。見る者を惹きつけるその美貌は、まさに王女のそれと何ら変わらない。しかし、口を開けば暴言、その掌からは常に破壊の魔法が迸る、最強にして最悪のトラブルメーカー。部屋の隅には、王室から派遣された使者たちが、ガタガタと震えながら縮こまっている。彼らの顔は、ルナの怒声に怯えきり、恐怖に引きつっていた。
「ったく、どうせまた、ろくでもねぇ事件だろうが。それに、報酬もろくに払えねぇくせに、あたし様に頼み事なんかしやがって。この国の王様ってのは、いっつも面倒事ばかり押し付けやがって。ホント、仕事選ばねぇとろくなことにならねぇんだよなぁ……って、今回は違うぜ!」
ルナは、自分の頬をペシッと叩き、ニヤリと口角を吊り上げた。
「報酬は金貨? あぁ? まさかこんな面倒な仕事で金貨だけじゃねぇだろうな? 今回は世界中を飛び回るんだ。交通費、宿泊費、食費、全部王室持ちは当然として、報酬は世界各地の秘宝コレクションと、究極の美食ツアー付きでよろしくな! いいか、秘宝は絶対だ!あと、移動の馬車は最高のやつを用意しろ! 馬車が揺れてあたしの食事が台無しになったら、その場で王城をぶっ壊してやるからな! ゼフィロス、てめぇもちゃんと確認しとけよな!」
ルナの隣で、青年騎士ゼフィロスは深々と頭を下げ、すでに青ざめた顔で胃を押さえていた。彼は、常に冷静沈着で、何事にも真摯に取り組む模範的な騎士だ。その真面目さゆえに、ルナの傍若無人な言動と、巻き起こす大惨事に、彼の胃は常に悲鳴を上げている。彼の額には、くっきりと青筋が浮かび上がっていた。
「ルナ様! 王様への言葉遣いもそうですが、あまりにも無茶な要求ばかりでは、いくら王室でも……」
「うるせぇな! 誰に口聞いてんだ、あたし様だぞ! 王室の連中が、こんな大事件をあたしに押し付けようってんだから、それなりの代償は払ってもらうんだよ! てめぇも、もっと堂々としやがれ! その胃袋、あたしの魔法で丈夫にしてやろうか!?」
ルナの掌から、すでに紫電が迸り始めていた。部屋の空気がバチバチと音を立てる。使者たちは悲鳴を上げるのを必死でこらえ、ゼフィロスは「ひぃっ!」と小さく悲鳴を上げ、反射的に数歩後ずさる。彼の頭の中では、今回の旅が胃腸薬の消費量で済む問題ではないことが、もはや確信に変わっていた。おそらく、消化器外科医との終身契約が必要になるだろう。
ルクリアの乱入と混沌の始まり:美貌の天才、降臨……って、余計なもん来た!
その時だった。
突然、館の扉が轟音を立てて弾け飛んだ。いや、弾け飛んだ、というよりは、文字通り、氷の破片となって四散した、という方が正確だろう。眩いばかりの氷の煌めきが、部屋中に広がり、その光の中から、一人の美少女が派手なポーズを決めて現れた。
煌びやかな、しかし見る者を困惑させるほど露出度の高い、氷の結晶をあしらった衣装を身につけた彼女は、自信満々に胸を張り、高らかに、そして神経質なほど甲高い声で笑い飛ばす。
「おーっほっほっほっ! さすがはルナ! わたくしのような麗しの天才魔導師でなければ、解決不可能とまで謳われたこの大事件、やはりあなたに頼むのが筋というものですわね! これもひとえに、わたくしの輝かしい才能と美貌、そして……**あなたの爆裂撃滅弾と、わたくしの芸術的な凍結絶景**があれば、世界中の謎など赤子の手をひねるようなものですわ!」
そう高笑いをかますは、自称「美貌の天才魔導師」ルクリア=ヴァイス。その名(ヴァイスはドイツ語で「白」や「悪徳」を意味するが、本人はきっと気づいていない。地の文でフォローしておこう)とは裏腹に、図々しさと自己顕示欲にかけてはルナをも凌駕する、まさに「余計なもん来た!」の具現化のような存在だった。
ルナは、思わず目を見開いて絶句した。そして、一拍置いて、先ほどにも増して凄まじい怒声を上げた。
「ゲェッ! ルクリア! てめぇ、なんでここにいんだよ!? 勝手に人の家に上がり込みやがって! しかも、あたしの家の扉をぶっ壊しやがって! なんだその恰好は! 寒そうだっつーの! 馬鹿なのかお前は!?」
「おーっほっほっほっ! 何をおっしゃいますのルナ! この一大事に、わたくしが駆けつけないわけがないでしょう? もちろん、報酬はわたくしにも分配していただきますわよ! あと、わたくしの移動は、最高級の馬車で、専属の執事付きでよろしくって、国王様に言っておいてくださいましね! もちろん、執事はわたくしの美貌を称賛できる、優秀な男でなければいけませんわ!」
「調子に乗ってんじゃねぇぞこのバカ! てめぇなんかいらねぇんだよ! 勝手に来やがって、あたしの取り分が減るだろうが! この役立たずが! この際だからまとめて**電光石火**でぶっ飛ばしてやる!」
ルナの掌から、稲妻のような紫電が再び迸り、部屋の空気がバチバチと音を立て、焦げ臭い匂いがかすかに漂い始める。使者たちは、最早言葉も出ず、恐怖で失禁寸前だ。
「ひぃぃぃぃ! ちょっとお待ちくださいませルナ様! わたくしはただ、あなたの魔法が素晴らしいと言いたかっただけでございますのよ! 少しだけ、わたくしの報酬が増えれば、それで満足なのですわ! おーっほっほっほっほっ!」
ルクリアは叫びながら、慌てて後ずさる。しかし、彼女の口から高笑いは消えない。ルナは舌打ちを一つすると、放たれかけた魔法を無理やり引っ込めた。どうせぶっ飛ばしても、またすぐに高笑いしながら舞い戻ってくるのは目に見えているからだ。
ゼフィロスは、完全に胃を抱え込み、天を仰いだ。彼の頭の中では、今回の事件解決にかかるであろう費用と、ルナとルクリアが巻き起こすであろう破壊の総額が、すでに膨大な数字となって計算され始めていた。それは、国家予算をはるかに上回る、途方もない金額だ。彼の胃袋は、すでに限界を叫び始めている。
こうして、世界を舞台に、この二人の「美少女」による史上最悪のドタバタ推理劇の幕が、今、開かれようとしていた……。果たして、世界各地の令嬢失踪事件の謎は解かれるのか? それとも、世界がルナとルクリアによって壊滅し、ゼフィロスの胃袋が限界を迎えるのか? 全ては、神のみぞ知る!