ー01ー アニソンバー・ギルティ
2020年10月11日。
LINEグループでつながっている所沢のアニソンカラオケグループが当時存在していて、私は『でんじい』と言うハンドル名で、そのグループに参加していた。
メンバーの一人であるアッキー氏と私は秋葉原駅の電気街口付近の改札で合流した。
この日の目的は、オフ会の仲間の誕生日プレゼントを買う事。
「さてと…どっから見ていきますか?」
秋葉原駅の改札を抜けた後で、アッキー氏が気さくに話しかけてくれる。
「実は、秋葉原に来るのは15年振りくらいなんですよ。何がどこにあるのかさっぱりわからなくて…」と私が応える。
「そうなんですか…なんで?」
「パソコンパーツやPCゲームを買う時はしょっちゅう来てたんだけど…来ると絶対に欲しくなっちゃうから」
「確かに、欲しいものがいっぱいの街ですよね」
「長男と奥さんと3人でゲームを買いに来たのが最後だったかも」
「じゃ、とりあえず、ラシンバンあたりを覗きますか?」
(裸身盤…?)
ラシンバンと言われて、裸身盤と勘違いしてしまうくらい秋葉原という街には縁がなくなっていた。
「LINEでも言ってたアニメグッズのお店ですよ」
アッキー氏は慣れた足取りで、目的の店に向かっていく。
私はその後を追う。
「いいのなかったら、あとはぶらぶらと、売ってそうな店を覗いていきましょ」
「はい、勢いできちゃったけど、全然アキバの事知らなくって…まかせます…」
15年ぶりの秋葉原は、記憶に残ってる以前の秋葉原の街とは大きく様変わりしていた。
まず、噂に聞いていたメイド衣装の女性が街の至る所に立っていて街中に笑顔が溢れている。
「メイドさんたち可愛いですね…」
「怪しいお店も多いですよ。あと、メイドさんより、たぶんアイドルのほうが多いですよ」
「そうか…AKBの拠点ですもんね」
「そうそう…」
メイドさんの衣装とアイドルさんの衣装の区別はさすがにわかる。確かに、アイドルっぽいコスプレの女性のほうがメイドコスプレの女性より若干だけど多いかもしれない。
「私、メイド喫茶に行ったことなくて…アッキーさんが知ってるお店あったら、連れてってもらえますか?」
「俺も、あんま行ったことないんですよ…メイド喫茶」
「秋葉原に来たら、メイド喫茶かアニソンバーに行ってみたかったんです」
「アニソンバーなら、先週、新宿のお店に行きましたよ」
「え?なんていう店ですか?」
「アニソンバー・ギルティ…たしか、先週、新宿店で会ったキャストさんが、アキバで働いてるって言ってました…買い物済んだら行ってみますか?」
アッキー氏とは好きな音楽ジャンルが重なるので、とにかく会話をしていてもカラオケをしていてもとても楽しい。私よりも知識が豊富で、アッキー氏の何気ない話の中から、たくさんの知識を吸収できることも得をした気分になれて、それも嬉しい。
「う~ん、メイドカフェも捨てがたいんですよね。どっちも行ったことないし」
「ま、買い物してる間に決めましょ。まずは、誕生日プレゼントを確保しないと」
「ですです」
「そうそう、メイドさんはいないけど、LINEで言ってたラブライブのコラボカフェはやってますよ」
アッキー氏は手早くスマホで検索すると、セガコラボカフェの案内ページを示して教えてくれた。
「今日が最終日でラブライブのコラボやってます…」
「コラボカフェって、ジョイサウンドとかでやってるような…タイアップみたいなカクテルがあったりするやつですか?」
「そうそう、オリジナルフードやドリンクがあって、グッズも購入できるはず、メイドカフェの代わりに行ってみます?それから…」
「それから?」
「アニソンバーで少しお酒も飲みましょう」
「いいですね…それ」
「じゃ、決まり」
「コラボカフェデビューとアニソンバーデビューです。絶対に、私一人じゃ怖くて足を踏み入れることはできなかったです。ありがとう、アッキーさん」
アッキー氏とおしゃべりをして歩いている間に巷で噂のラシンバンというお店に到着。そのまま、中に入っていく。
コラボカフェとアニソンバーに浮かれてはいけない…今日の目的は、カラオケLINEグループのメンバー二人の誕生日プレゼントの購入なのだ。
数日前のアッキー氏とのLINE会話。
[アッキー]所沢メンバーで鬼滅の刃の無限列車編観に行こうって話があるんですが、行きませんか?
[でんじい]私は映画館で映画を観に行くことなくって、ずーっと行ってないです
[アッキー]映画を観た後でアミさんとミトさんの誕生日祝いしようって話も出てるんですよ
[でんじい]いいですね。でも、私は所沢を抜けてしまったから、ちょっと皆に会いづらいですよ
[アッキー]所沢も一回解散した形になってるので、再加入って感じで入ってもらえれば
[でんじい]そう言ってもらえるのは嬉しいけど、一応、今は川越だけで楽しもうと思っているので。
[アッキー]川越も楽しそうですね
[でんじい]基本的にユカリでやってますから
全曲アニメ映像付きですよ。アッキーさんも是非、川越オフ会にも来てくださいよ
[アッキー]所沢もユカリを使いたいってシマさんが言ってましたよ
[でんじい]シマさんに製作を頼まれたカラオケ動画、まだ見せてないから、シマさんとも会いたいですね
[アッキー]とりあえず、映画鑑賞イベント用のLINEグループに招待しますね
[でんじい]ありがとうです
その後は映画鑑賞イベント用の臨時グループでの会話が続く。
[でんじい]こんばんは、お世話になります
[ナカイ]でんさん、いらっしゃい
[シマ]久しぶりです
[アッキー]でんさん呼びました~
[ナカイ]あみさんとミトさんは主賓なので、ここにはいないんですよ
[アッキー]お二人の誕プレをどうしようかって話をしてま~す
[でんじい]了解です。必要ならカンパしますよ
[ナカイ]鬼滅のグッズにしようと思ってるんですが
[シマ]フィギュアとか?
[アッキー]アミさんの推しは善逸で、ミトさんはしのぶさんですよ
[キラ]誰かが代表で買いに行きます?
[でんじい]買うなら秋葉原?
[アッキー]そうっすね。アニメイトとか、ラシンバンとか、今なら鬼滅が人気なので、けっこう揃ってるはず
[でんじい]秋葉原って、10年以上行ったことないので、行ってみたいです
[アキ]一緒に行きますか?今、セガで、ラブライブカフェもやってますよ
[でんじい]ラブライブカフェ?
[アッキー]グッズやオリジナルフード売ってますよ
[でんじい]行きたい!
[ナカイ]じゃ、グループ代表の誕プレは、でんさんとアッキーさんにお願いして、集金は映画館でってことで
[アッキー]11日の日曜なら空いてます
[でんじい]11日オッケーです
アニメキャラのLINEスタンプが入り乱れるLINE会話の中で、とんとん拍子に会話が進み、アッキー氏と私の二人で秋葉原に、10月誕生日の女性メンバー二人の誕生日プレゼントを買いに行く事が決まった。
ということで、秋葉原に来ている。
秋葉原といえば「弱虫ペダル」というアニメの舞台でもあって、主人公の坂道くんが、千葉の自宅から自転車で通ってるというエピソードが大好きなのだ。
「弱虫ペダル」のアニメ映像の中でも秋葉原の街並みが描かれている。
ラブライブでも、秋葉原のカリスマメイドさんがメンバーに含まれていたりしてるので、とにかく、来たことはなかったけど、街の雰囲気自体は、体感できてはいた…はずだった。
だけど、実際に店舗内に置かれた商品の品揃えの数は想像を遙かに超えていた。
「ヤバイっすね」
バンドリと、ラブライブ映像の円盤が置かれたコーナーで、思わず声が出てしまう。
「でも、鬼滅のグッズ、あんまり置いてないですね」
「あ…そうですね」
今日の目的は、あくまでも誕生日プレゼントの購入。だけど、どうしても、自分が好きなアイテムに眼がひき寄せられてしまう。
そう…この時まさに、私は弱虫ペダルの坂道くん状態だった。
「別のお店に行きましょか?」
「そうですね…」
名残り惜しかったけれど、とりあえず、ラシンバンでは手頃な価格の鬼滅グッズはゲットすることができず、次の店に行く事に。
結婚した当時、妻が良く口にしていた【デパートの中に置き去りにされても、1か月くらいは、ずっと飽きずにいることができるよ!】という言葉を思い出していた。
確かに、好きなアイテムを1個1個チェックしていたら、いくら時間があっても足りないくらいにアニメグッズが溢れている。
とにかく、とにかく…凄い場所だ…アキハバラ。
アニメグッズというと、アクリルスタンドやフィギュア、ポスターなどが定番だけど、意外と日常的に使えるグッズも商品化されていて、実用的な物も多く作られている。
「予算的に、フィギュアは厳しいかもですね」
「そうですね、タオルとかなら値段も手ごろだけど、炭治郎と禰豆子ばかりですねぇ」
アッキー氏と相談して、タオルを購入することが決定。もう1周秋葉原の街を散策する。
そして、なんとか、あみさんとミトさんへプレゼントをするアイテムの購入ミッションが完了。
「じゃ、コラボカフェ行きますか?」
「そうですね…とりあえず、グループLINEでゲット報告しときますね」
購入したアイテムを写真に撮って、グループLINEに投稿。すぐに反応があったので、追加でメッセージを投稿。
[でんじい]では、これから、アッキーさんとコラボカフェに行きます
[アッキー]行きます
[シマ]おつかれ~楽しんできて
[でんじい]は~い
そして、セガコラボカフェに移動。
お店には、ラブライブメンバーの等身大のイラストが壁一面に描かれていて、受付周辺にはキャラが描かれたアクリルキーホルダーやアクリルスタンドが並べられている。
「とりあえず、食事にしましょうか?」
「うん、お腹減りました」
「そうですね。でも、たぶん、お腹いっぱいになるほどの量はないですよ」
メニューに載ってるフードの種類は多くない。カフェなのでドリンクのバリエーションは多いけど、腹に溜まりそうな物は…ホットドッグとピラフ的なプレートくらいしか見つからない。つまり、フードの種類…多くないと言うか、二種類しかない。
私は「KOKORO Magic”AtoZ”カブサ風プレート」、アッキー氏は「みんなで食べよう具だくさんホットドッグ」を注文。
食事が届くまでの間、お店の中の内装…展示用のイラストがほとんど…をチェックしながら、アッキー氏とラブライブとアニソンの話題で盛り上がる。
「アッキーさんって、とにかくリリース直後の曲を憶えるの、めっちゃ早いですよね」
「良いアプリがあるんですよ」
「私はスマホのアプリってほとんど使ってないんですよ…アニメ情報は、未だにdアニメストアだけ」
「俺が使ってるのは【apple music】ですよ。検索機能が使い易いし、新曲もバンバン配信されるから、でんじいさんの好きな奈々さんの曲もキーワード検索ですぐ見つかります。お勧めですよ」
アッキー氏はそう言いながら、スマホを巧みに操作して、【apple music】の水樹奈々の曲の一覧を出してくれる。
「マイナーなキャラソンやタイアップ曲もほぼほぼ見つかるので、こんなふうに歌詞も出るし曲を憶えるなら絶対あったほうがいいですよ」
言葉に促されてアッキー氏のスマホを覗き込む。
実は2025年の今もそうだけど、私はスマホをLINEとゲームくらいにしか使っていない。
「私は、とにかく、テレビで録画してあるライブ映像を繰り返し再生して憶えてます。東京MXで放送したバンドリのライブ映像は何十回も再生して観ましたよ」
「こういう音楽アプリ使わないんですか?」
「使わないんです。というか使えないです。必要以上の出費は、奥さんから禁止されてるから、ギリギリ、アニソンのオフ会に参加するくらいのお小遣いしか受け取ってないですよ」
「結婚してるとたいへんですよね」
「息子たちは、もう二人とも専門学校も卒業してるので、金銭的には余裕があるはずなんですけど、給料は満額、奥さんの口座に振り込まれてるので、貯金がいくらあるか、全くわからなくて…」
「ここのフード、もしかして、オフ会の参加費より高くないですか?」
「高いですね…」
「大丈夫ですか?」
「食費と光熱費はクレカ払いなので心配ないんですけど、サブスク契約とかするとクレカの明細に載ってしまうので、奥さんと相談しないと契約できないんですよ。dアニメストアは、次男が勧めてくれて、レンタルショップより安く済むからってことでギリギリ許可もらったんです…一度レンタルショップで返品し忘れて、すっごい延滞料を払いました。めちゃくちゃ奥さんに怒られました」
「ここはちょっと高めだけど、今は安く遊べる場所、けっこうありますからね」
「だから、いくら予算を用意すればいいかわからないメイド喫茶やアニソンバーとか独りじゃ行けなかったです。ぼったくりとか怖いじゃないですか?」
「確かに客引きしてるお店は危険ですね」
「それに、そういうお店は独りで行っても楽しめない…気がしてて」
「え?どうしてですか?」
「初見のメイドさんとか、キャストさんとか、絶対会話なんかできないですよ…」
「ほとんど、アルバイトですけどね」
「この年齢になると若い女性との接点なんかゼロですから。若い女性とかエイリアンですよ…言葉の壁も高過ぎるし…日常会話とかハードル高すぎ…何話していいか全然わかりませんよ」
「オフ会にも若い女性来てるじゃないですか…」
「アニメの話は辛うじてできるんですよ。それに、オフ会は会話しなくても歌っていれば間が保つじゃないですか…」
「確かに…」
「女性メンバーから、デュエットとか誘われた時とか、めっちゃテンパってますよ」
「だから、男だけのアニソンオフ会を立ち上げたツボックさんには賛成しかなかったんですよね」
「ツボックさんのグループには、俺も誘われましたよ」
「確かにアッキーさんのレパートリーの広さ…ツボックさんの好きなアーティストを全部カバーできてますね」
「そうですか?」
「ツボックさんて、水瀬いのりとLiSA,ラブライブとか好きなんですよ。彼女もいるし、女の子は普通に好きっぽいけど、たぶん…
ツボックさんが主催するオフ会には、女性メンバー狙いで加入する男性メンバーが何人かいたらしいんですよ…
そういうナンパ目的を、ツボックさんはウザがってたみたいです。
他にも理由があったみたいだけど、ツボックさん自身は女性を嫌ってないでしょ…その彼女とも仲が良いみたいだし」
「それもあるかもだけど、男だけのほうが気を遣わないで楽しめるってのはありますね」
「あと、ツボックさん、歌唱中の会話禁止ってレギュレーションがダメだって言ってました」
「好きなアニメの曲とか歌ってると、そのアニメの話とか絶対したくなりますからね…それは、少し理解できる」
「【俺の歌を聞け~】ってノリのメンバーが、歌唱中の会話を嫌ってるのはわかります。歌の上手い人は、聞いてほしい願望高い人多いし…所沢は実際、禁止してるし」
「おしゃべりとカラオケを一緒に楽しむなら、アニソンバーは良いかもしれないですね。
アニソンバーは、基本、キャストさんとおしゃべりしながらカラオケを楽しむシステムだから。歌わずにキャストさんと話をしてる人もけっこういますよ」
「とりあえず、1時間ならそんなにお金はかからないですかね?」
「2~3千円でなんとか収まると思います。そろそろ行ってみますか?」
「そうですね…ここに来た記念にアクリルスタンドとか買っていきたいけど」
「記念品なら、このステッカーも記念になるんじゃないですか?」
フードについてきたステッカーをアッキー氏が示す。
「確かに……
家に戻ったら、このステッカーの写真、ツイッターにアップします」
アッキー氏は、会計の時に、コラボカフェ限定のアクリルキーを購入して、私は、さんざん悩んだ挙句、そこではグッズを買わなかった。
そして、アニソンバー・ギルティに向かった。
細い階段を降りた地下1階にアニソンバーギルティはあった。
2020年の年末を迎えるこの時期。
コロナ感染の拡大が伝えられてから1年ほどが経過したこの時期。
飲食店は、2020年の5月に第1回めの緊急事態宣言が解除されたことから、GoToトラベルやGoToイートキャンペーンに移行して、「みなさん、緊急事態宣言で痛手を受けた飲食店や映画館を積極的に利用しましょう」という意味の政府広報の発動が功を奏したのか、比較的、街には人手が戻ってきていたように感じる。
私は普段、ほとんど外出をすることもなく過ごしていたから、コロナ禍以前の秋葉原はアニメやドラマの中でしか知らない。。
埼玉県のとある市役所の仕事をするために、群馬から埼玉に単身赴任した状況であったけれど、コロナが流行する以前から都内に出る事はほとんどない生活をしていた。
アニソンオフ会の開催についても、この年の4月頃からオフ会を中止しなくてはいけない時期を過ごした後は、最大限のコロナ対策をした上で月1回の定例的なオフ会が開催できるくらいには、生活は改善?されてきていた。
「バー」や「スナック」と呼ばれる飲食店に行く事がほとんどなかった私がアッキー氏と二人で立ち寄った【アニソンバー・ギルティ】では、女性キャストの方が出迎えてくれて、お店の料金システムや守って欲しい事柄などを丁寧に説明してくれた。
ギルティは男性スタッフがいない感じの雰囲気で店長も若い女性キャストさんが兼務していて、お店の雰囲気はとっても華やかだった。
入口から一番遠い席にアッキー氏と座り、ドリンクを注文する。
「ギルティは初めてですか?」
「アキバのギルティは初めてです。この前、新宿のギルティでリサさんと一緒になったけど…」
と、まずアッキー氏がキャストさんの質問に応える。
「リサさんのお知り合いなんですね。私は【のの】って言います。【ののたん】って呼ばれてます」
「私はアニソンバーというか…バーに入るのが初めてなんです」
そして、私もバーに不慣れなことを一応強調しておく。
「そうなんですか?」
「この年でお恥ずかしい話ですが」
「お二人はどんな関係なんですか?」
「埼玉のアニソンオフ会のメンバーなんです。今日は会の女性メンバーの誕生日プレゼントを買いに二人でアキバにきました」
「へぇ、アニソンオフ会ってのがあるんですね」
「月に1回、20人近くのメンバーがカラオケ店に集まってフリータイムの間、ずっとアニソンばっかり歌うんですよ」
「そうなんですね。今日はなんでギルティに?」
「次に緊急事態宣言が出たりしたら、お店も営業停止になっちゃって、もうずっとこの先、こういうお店に来ることはできなくなりそうだから、思い切って来ちゃいました」
ののさんとの会話は楽しく、他の席のお客さんも、この時はまばらで、カラオケを歌うお客さんもいなくて、入店して数分間は、ののさんと3人で好きなアニメの話やアニメキャラの話をしていたが、お客さんの一人が、カラオケを始めるタイミングで、ののさんは一旦、私たちの席の傍から離れていった。
そして、ののさんの代わりに、リサさんが、私たちの席の傍に来てくれた。
「お久しぶり。新宿以来…」
「今日は新宿じゃなくてアキバなんですね。私の出勤の時間帯…調べてくれたんですか?」
「時間帯は偶然…
こっちのでんじいさんがアニソンバー行きたいって言うので、ギルティにでんじいさんをお届けにきました」
「でんじいです」
「アキバに用があったんですか?」
「オフ会メンバーの誕生日プレゼントを買いにきたんです…これ…」
さっき買ったプレゼントの入った紙バッグをリサさんに見せる。
「鬼滅グッズですか?…めっちゃ流行ってますよね…今」
「無限列車編の映画もオフ会メンバーで一緒に観に行く予定なんですよ」
リサさんもアッキー氏をしっかり憶えていたようで、リサさんとアッキー氏が楽しそうにおしゃべりをし始める。
「カラオケ歌います?」
「そうですね…歌いたいかも…」
「キョクナビ持ってきますね」
一旦席を離れたリサさんは、すぐに、カラオケ選曲用のリモコン端末とマイクを二本持ってきてくれた。
「何にします?」
「ちょっと調べます」
「普段はどんな曲を歌うんですか?」
「見ての通り、おじいちゃんなので、普段は昭和のアニソンが多いんですよ。水木一郎さんとか…ささきいさおさんとかです。」
「水木一郎さんの曲を歌うお客さん多いですよ」
「大丈夫かな?けっこう、他のお客さんお若いみたいだし…」
「アニソンなら全然大丈夫…」
「それじゃ…リサさんのお名前にちなんで、LiSAの曲にします」
「え?【紅蓮華】?」
「紅蓮華は、難し過ぎてまだまだ、全然歌えないです」
「LiSAの【oath sign】知ってます?」
「知ってる…えっと、なんのアニメだっけ?」
「Fate/Zeroのオープニング曲です」
「そうそう、憶えてる…」
「じゃ、この曲で…」
というような会話のやり取りをしながらキョクナビを操作して、リクエスト予約を入れる。
「ここは、女性スタッフだけで運営してるんですか?」
黒服的男性スタッフがいるものと思っていたので、聞いてみる。
「店長も女性だし…オーナーも女性なんですよ…」
「オーナーも?それは凄い…」
「確か、花さんは、ここのオーナーの友達だって言ってましたよ」
アッキー氏は最近グループに加入したのに、メンバーの交友関係に詳しいみたいだ。
「ええ?そうなんですか?」
「コロナになる前は、良く二人で飲みに行っていたらしいですよ」
花さんというのは、所沢LINEグループで知り合った方で、オフ会の時もタブレット端末を持参してお絵描きを楽しんでいるクリエーターの女性だ。
「こんな素敵なお店なんですね。アニソンバーって…」
「全然、怖いとこじゃないですよ。うちは、キャストさんに客引きとかさせないですから…ほんとに安心会計で楽しんでもらえるはずです」とはリサさんの言葉。
既にリクエストを入れた他の席のお客さんの歌唱が終って、私が歌う順番となった。
バーの中には、カラオケ映像を再生するモニターが4台くらい設置されていて、私は、頭上のモニター映像を見ながら、LiSAの「oath sign」を歌い始める。
歌ってる間、アッキー氏とリサさんが少しの会話をしながら、ちゃんと聞いてくれているのがとても嬉しかった。
私が1曲歌い終えると、その歌っている間に曲選択をしていたようで、続けて、アッキー氏のリクエスト曲の「廻廻奇譚」が再生される。
「ジョイで歌えるようになってた!」
そう一言言ってからアッキー氏は歌い始める。アッキー氏が歌ってる間、少しだけ、リサさんと話を交わす。
「アッキーさん、めっちゃ歌うまいですよね…」
隣の席で気持ち良さそうに歌っているアッキー氏にも聞こえるように、リサさんに話題を振ってみる。
「そうですね…この曲リクエストしたお客さん初めてかも…めっちゃカッコいい曲ですよね」
「リサさんは新宿でもキャストさんやってるんですか?」
「アッキーさんと会った時は、お客として行ってたんですよ。カラオケが好きだから」
「バンドリとかは聞きますか?」
「Roseliaは知ってます」
「リサさんは、どんなアニメが好きなんですか?」
「弱虫ペダルが一番好き!」
「私も、ヨワペダ好きだけど【恋のヒメヒメぺったんこ】しか歌えないんです」
「え~良い曲、いっぱいありますよ~」
「そうなんですが、ヨワペダのカッコいい曲って、ほとんど、男性歌唱で、めっちゃ難しいですよ」
「そうですよね…キャストにリクエストしてくれたら…私、歌いますよ~」
「是非、聞いてみたいです。リサさんのヨワペダ。秋葉原といえば、弱虫ペダルの聖地みたいなものですもんね」
「そうですね…」
「次、何歌うんですか?【恋のヒメヒメぺったんこ】でもいいですよ」
「さすがに、その曲は今日は恥ずかしいです。次の曲はアッキーさんと一緒に歌いたいです。リサさんとはデュエットできないんですよね」
「うん、うちは飲食店営業なので、お客さんと歌うのはルール違反になっちゃいます。お客さん同士のデュエットなら、全然OKですよ」
「次一人で来れたら、ヒメヒメ歌ってみます」
「ふふ…なんか初めてのお遣いみたい…」
「おじいちゃんの立場だと、こういう若い人が集まる場所って、めっちゃ敷居が高いんですよ。ここは地下だし、全然、高い場所でもないし、敷居もどこにもないんですけど…」
「うん…また来てほしいかな?」
さすがに、若い女性に、敷居云々という、この手のおやじギャグは通じない。
アッキー氏の曲が終って、また3人での会話に戻る。
カラオケを歌うと、テーブルに付箋が貼られる。ギルティの場合は、当時で1曲100円支払うシステムなので、歌った回数がその付箋に書かれる。
ギルティで使用されているカラオケの機種はジョイサウンドで、カラオケを歌う時に映像が表示されるのだが、アニメ映像が付いている曲と本人映像が付いてる曲と、そのどちらもないオリジナル映像の曲が存在する。
「二人で歌うならパート分けされてるアニメ映像付きがいいですよね」
「ラブライブ曲とかだと、パート分けされてるの少ないんですよね…基本9人だし」
「お二人とも…ラブライブ好きなんですか?」
「私は7月に【ラブライブ曲縛りのオフ会】に参加した時からのにわかファンなんですけどね…何曲か憶えたんですよ。スマホのゲームアプリも先月からインストールしました」
「今、虹ヶ咲学園やってますよね」
「7月の【ラブライブ縛りオフ会】の時、それまでにリリースされた虹ヶ咲の曲を他の人が歌ってくれて、ほぼほぼ全曲聞きました。私は1曲も聞いたことなかったけど」
「でんじいさんが練習してた【believe again】ならパート分けアニメ映像付きですよ」
アッキー氏がキョクナビ画面を示して見せてくれた。
「一緒に歌いましょう…」
この当時のギルティは、だいたいキャストさん2名体勢で、シフト入れ替えのタイミングで、3名だったり4名になったりする場合もあったのだが、この日、ちゃんと会話できたのは、ののさんとリサさんのお二人だったと記憶してる。
2名体勢でフロア全体を見るので、キャストさんは一つの席に留まるのではなくて、他にお客さんがいれば、まんべんなく、それぞれの席を回る感じだった。
特にリサさんとの会話を思い出すことができているのは、その後もずっと、当時のツイッター(現X)でリサさんが情報発信をしてくれてるからなのだと感じている。
「believe again」をアッキー氏と歌い終わった後で、アッキー氏が、テーブルに貼られた付箋を示した。
「どうやら、1曲100円じゃなくて、一人100円みたいですね…デュエットだと二人に1回ずつ加算されてるから…
もったいないから、1曲ずつ交代で歌いましょ」
ということになって、その後は、アッキー氏と交代でソロ歌唱することになった。
何曲か歌った後、最後にアッキー氏が歌ったのは、Roseliaの「R」。
リサさんとの会話の中で、リサさんが好きなRoseliaの曲のタイトルがわかったので、こっそりと私がリクエストしておいた曲だった。
この日は、アッキー氏が「R」を歌い終えたところで、ギルティから退出。2時間+カラオケ代の支払で4000円弱の支払を済ませて、入口の階段を上り、もう一度秋葉原の街へ出て解散となった。
こうして私は念願だったアニソンバーデビューを果たしたのだ。