第47話 高橋の口撃で蹂躙されまくる黒幕
「ワームホール災害は、魔力の管理がずさんだったから起こったんでしょう! 無責任な管理体制が引き金になったんでしょう!」
石神は焦りを誤魔化すように、声を荒げて反論する。
これから追求しようと思っていた事に、関連する事で突っかかってきたので、華麗にカウンターを返してやることにした。
「スタッフさん、この写真を皆さんに見せてください」
片桐から預かった毛利市のダンジョン樹の写真を運営スタッフに渡す。写真が大画面に映し出された。
「こちらは毛利市のダンジョン樹ですよね?」
「そうですよ! だからなんですか!?
石神を無視して、高橋は話を続ける。
「いやぁ、毛利市のダンジョンは凄いなあ。最深層とはいえ、10階層にダンジョン樹がある事なんて滅多にないですよ」
「私が言っている事を聞いていますか!?」
「ダンジョン樹なんて、普段はダンジョン探索業に従事してる人間じゃなきゃ、お目にかかれない代物だ。片桐議員から聞いたのですが、石神市長は、この周辺にマジックアグリカルチャーの花畑を誘致地して、観光化する計画も立てているんですよね?」
「質問に答えてください!」
「良いと思いますよ。観光客はきっと喜ぶと思うなあ」
「誤魔化そうとしていますね!? 皆さんこれが高橋市長の――」
「でも、残念。こんな状態じゃ危なくて、観光どころじゃありません」
ここで、高橋は石神に冷たい視線を向ける。その表情を見て、石神はひるんだのか言葉が止まる。
「石神市長、あなた、信じられないくらい、ずさんなダンジョン管理をされてますね。これでよく、他の自治体のダンジョンを批判できますね」
戸惑った表情で石神は一瞬沈黙したが、逆上して怒声を浴びせてきた。
「いい加減な事を言わないでください!」
石神は、問題の深刻さを理解していないようだ。だから丁寧に説明することにした。
「石神市長、健康なダンジョン樹の樹皮は光っているんですよ。光っていないということは、明らかに衰弱しています」
「馬鹿なことを言うのは止めてください! 我が市はダンジョン樹をキチンと管理しています」
「ダンジョン樹は魔力を吸収します。その結果として樹皮を光らせます。それができないほど、このダンジョン樹は衰弱しているんです!」
「根拠がないことを言うのは止めて頂きたい!」
高橋の言葉で、コメント欄はざわつき始めた。
”今、検索した。高橋の言うことは正しい”
”俺も調べた。ソースも確認済み”
狼狽する石神に、高橋はさらに言葉を続ける。
「ダンジョン樹は、定期的な手入れで健康を維持できるんです。作業内容は簡単で、費用もそんなに掛かりません。にも関わらず、アナタはそれを怠った」
しばらく石神は黙っていたが、居直ったように口を開く。
「仮にそうだとして、たかが一本の木の事ではないですか。大騒ぎするほどの事とは思えません」
「ほう、観光の目玉にしようとしていた物を、たかが一本の木で、切り捨てるんですか……」
額に汗をにじませる石神に、高橋は更に言い放つ。
「もっと言いましょうか? マジックアグリカルチャーは、魔法植物を栽培する農園を作ろうとしているんです。たかが一本の木すら管理できない自治体のダンジョンで、どうやって商品である魔法植物を安全に育てられるんですか!?」
「……それは私が些細な問題だと、思っているだけで……」
石神は完全にうろたえている。だが、高橋は、この問題の本質にはまだ触れていない。それを今から追及する。
「石神市長、ダンジョン樹には魔力を吸収し、過剰な蓄積を抑制する効果があります。さらに、吸収した魔力をダンジョン全体に循環させて、活性化させる役割も担っています。しかし、衰弱して、それらが出来なくなった今、毛利市のダンジョンでは、どの様なことが起こっているか把握されていますか?」
「な、何を言っているんですか? 大したことではないでしょう! 少し手入れすれば良いといったのは、アナタではないですか!? だったら今からそれをするだけの話です!」
「それは初期段階での話です。ここまで悪化していると、特殊な魔法治療が必要です」
石神は再び言葉を詰まらせた。間髪を入れずに、高橋は言葉を続ける。
「毛利市でダンジョン樹は最深層にあります! ただでさえ魔力が一番貯まりやすい場所なのに循環しないんです! 他にもダンジョン樹があれば、話しはまた変わってきますが、御市のダンジョンにはダンジョン樹は1本しかありません! 御市ダンジョン最深層は、過剰に魔力が蓄積して危険な状態にあります! 逆にそれ以外の階層では十分な魔力が行き渡らず、資源が枯渇しています!」
「これ以上、推測だけで話を進めるのは止めて頂きたい!」
「これだけが証拠ではありません。片桐議員から頂いた写真は、まだあります。」
高橋は別の写真をスタッフに渡して、また大画面に映してもらう。
先日、片桐が毛利市のダンジョンを訪れた時に討伐したという、コカトリスの死体が映し出された。
「この蛇と鶏がくっついたような、モンスターがどうしたんですか?」
「片桐議員が御市のダンジョンで撮影したものです」
「なにかと思えば下らない」
石神は鼻で笑いながら吐き捨てた。
「我が市のダンジョンの最下層によくいるモンスターです。小さいし、人が近づくとすぐ逃げる」
「ほう、毛利市のダンジョンには、コカトリスが、よくいるんですか」
「そういう名前のモンスターなんですね。もしかしてこれが危険だとか言うんですか? だとしたら笑えますね」
高橋は鋭い眼差しを向けたまま、沈黙する。
悔しくて押し黙っていると思ったのか、石神はさらに饒舌になった。
「皆さん! 高橋市長はこの程度のモンスターで騒いでいます! こんなものを理由に、マジックアグリカルチャーの誘致先として、当市が不適格だと主張するのは無理があります!」
「……」
「先ほどから何も喋っていませんけど、どうしたんです? まさかこれで手詰まりですか?」
「すいません、確認させてください。アナタは冗談で、コカトリスが危険でないとおっしゃっているんですよね?」
「そんな冗談を言ってどうするんですか」
石神は余裕を見せながら、コメント欄に目をやった。
”マジで言ってるのかコイツ……”
”いくらダンジョンのこと知らなくてもこれは危険すぎるだろ”
”なんで専門家に確認しないんだ?”
どうしてこんな反応をしているのか分からないようで、石神は混乱し始めた。
「コカトリスについて説明させて頂きます。確かに鶏ほどの大きさしかない小型のモンスターです。討伐も簡単な部類ではあります。ですが、とてつもない猛毒を持っています。もし嚙まれれば、早急に適切な魔法治療をしないければ、命を失います」
「ハハハ、高橋市長、アナタこそ冗談を言っているんでしょう?」
「人間を見て、すぐに逃げるのは、まだ個体数が少ないからです。もっと数が増えると、餌と認識して積極的に襲いかかるようになります」
「なるほど、私を驚かせようとしているんですか?」
「プロのダンジョン探索業者ならば、対処は容易です。ですが一般の方では対処できません。このようなモンスターが生息する階層に、観光地や農場を設置するのは、非常に危険です」
「その様なモンスターが当市程度の規模のダンジョンにいる訳がありません。写真を、もっとよく見てください」
「おっしゃる通り、小さなダンジョンに生息しているモンスターではありません。この異常な出現自体が、ずさんなダンジョン管理のせいで、魔力のバランスが崩れている、なによりの証拠です」
静寂が場を支配した。しばらくして、石神は笑い始めた。
「ハハハハ! 嘘だ! これは何かの間違いだ! そうだ! ハハハ! 私は間違っていない!」
それに呼応して、石神の支持者と思われるコメントが続々と投下される。
”石神市長を信じろ!”
”高橋の言っていることは誇張だ!”
”これくらいのモンスターで騒ぐな!”
”すげえな。こんな状況でも石神を信仰できるのか……”
(俺も今、嘘じゃねえかって思ってるよ)
別のダンジョンから、コカトリスの死体を持ってきて、毛利市のダンジョンで写真に写したと言われたら、反論するのは難しかった。事実、そう言い返す事もできるような写真である。
だから他にも石神を追求できそうな証拠を沢山集めて、討論開始直前まで、必死に分析していた。それをこれから徐々に出していく計画だった。このコカトリスの写真は、軽いジャブのつもりで出したものだ。それなのに、もうぶっ壊れてしまうとは……。
(俺の苦労した時間を返せ!)
ここで司会者が間に入った。
「それでは、討論の時間が終了いたしましたので、ここで締めとさせていただきます。今から会場とネットのアンケートで、どちらが討論で勝利したかを決定します。この結果を元に、マジックアグリカルチャー誘致の最終決定が下されます。果たして、どちらがこの討論を制したのでしょうか?」
(せっかく広島まで来たんだから、カープの試合見たかったな……もう10月だからシーズンは終わってるけど)
そんな事を考えながら、高橋は再びコメント欄に目をやった。
”絶対勝ったの高橋だろw”
”これで石神勝ったらマジで意味分からんぞ”
”【祝】備後市の企業誘致が決定!”
”そんな事より石神信者の妄信ぶりがヤバいw”
(まだ分かんねえぞ。石神信者はどうせアカウントを沢山作ってるだろ。それで票が操作されたら、負ける可能性もあるし……)
そう考えた後で、明日は宮島にでも足を伸ばして、嚴島神社を見に行きたいと思い始めた。




