第45話 代執行開始! 痴態を晒す不法占拠者達
「皆さんは市が管理するダンジョンの一部を不法占拠しています! 速やかに退去してください! 退去しなければ、先日お渡しした代執行令書通り、予定時間なり次第、行政代執行を開始します!」
代執行の予定時刻10分前。執行責任者のふたばは、スピーカーで力強く呼びかけた。
作業服にヘルメットという普段とは違う装いの彼女は、緊張した表情を浮かべている。
"副市長の緊張が伝わってくるな"
"ほんとに始まるぞ……大丈夫か?"
"ゆず様がいるから余裕w"
配信が始まったばかりだというのに、コメント欄は凄い盛り上がりをみせていた。
彼女から見て右手には、伊坂たか音県議が率いる、全国ダンジョン消防団大会モンスター鎮圧団体の部で3年連続優勝の実績を誇る、備後市消防団の精鋭団員10名。彼らは皆、落ち着いた表情で周囲を警戒していた。
左手には攻撃魔法が使える教職員が何名かいるらしい、大井しげ実教育長率いる備後市教育委員会。その数5名。この場に来ている教職員たちは教育長を除いて、全員怯えており、今にもこの場から逃げ出しそうな表情を浮かべていた。
そして正面には、全国でも数名しか取得者がいないS級探索者免許を持つ人気ダンジョン配信者、和木ゆず希組合長が率いる、備後市探索業者組合の選りすぐりの探索業者が10名。彼らは冷静に待機していた。だが、組合長のゆず希だけは怒り心頭で、今にも1人で飛び出していきそうな表情を浮かべている。
そして、ふたばの傍には、総務省勤務時代に民間では立ち入りが許されないような危険なダンジョン階層での実地戦闘の経験がある、片桐こはな市議が鋭い眼差しで現場を見守っていた。
ふたばは、高橋から預かった当日の段取り表と、緊急連絡用のガラケーを強く握りしめる。
彼女を見た片桐は、穏やかな笑みを浮かべて、そっと声をかける。
「そんなに不安になる必要はありません」
「す、すいません! でも私初めてのことで! あの、その!」
「恐らく市長が予測した通りに、事は進みます。焦らず対応して大丈夫です」
少しだけ緊張が解れたふたばは、肩の力を抜いた。
◇
(ちょっと! 伊坂先輩が直接出て来るなんて、聞いてないんだけど!)
ゆず希は、いら立ちと焦りを抑えきれずにいた。
消防団が来るとは聞いていたが、県議の仕事が忙しい、たか音が現場に来るとは予想外だった。
高橋から当初聞いていた話とは違った部分はあったものの、ゴーレムの討伐数では、自分が一番になれる確信があった。めんどくさい不法占拠者の捕縛も組合員達と一緒にやれば、楽にできるだろうと高を括っていた。
だが、たか音が出てくるとなれば、話は別だ。下手したら手柄を全て持っていかれるかも知れない。
(右にいるロリババアの事はよく分かんないけど、妙に自信満々じゃない。連れて来てる奴は皆弱そうだけど、もしかしてなんか秘策でもあんの?)
執行責任者のふたばになにかあれば、すぐに代執行は中止しなければいけなくなるという。なので、ふたばを正面から守りながら、中央からゴーレムを討伐するように言われている。それはそれで重要な役目だと思い納得はした。だが、言われた通りに動いていたら、美味しい所は全部持っていかれるかも知れない。
「時間になったら私1人で突っ込むから、皆は適当にあのメガネを守ってて」
「え?ゆずさん、それは無茶ですよ!」
「そうですよ。皆で連携したほうが確実ですし、安全です!」
「私の命令は絶対なの! 分かったわね!」
独裁的権力を持つゆず希に逆らえるものはおらず、組合員達は渋々うなずいた。
◇
「ハハハッ執行責任者は、ゴーレムの指示が届かない場所にずっと待機するつもりなのね! とんだ腰抜けね!」
「そうだ! 悔しかったらこっちに来てみろ! この卑怯者が!」
プレハブの中に籠城している熊森と毒島が、スピーカーを通して挑発的な笑い声と罵声を投げかけていた。この2人はゴーレムに守られながら籠城するつもりのようだ。
ふたばは冷や汗をかきながら、片桐の方に助けを求めるような視線を送ったが、片桐は冷静に頷き返すだけだった。
「副市長、そろそろ予定時刻になります」
「はい。……予定時刻になりましたので、これから行政代執行を行います! 皆さん、所定の位置に移動し当初の計画通りの行動をお願いします!」
ふたばは、震える手でスピーカーのボタンを押し、周囲に響くように命令を発した。
◇
「今から行くから、大人しく待ってなさい!」
ふたばの声が響くと同時にゆず希は、たった1人でゴーレムの集団に突撃した。
アクロバティックな動きで空中を舞いながら、2つの剣を振るい、ゴーレムを次々に切り裂いていく。
教育委員会の面々はゆず希の動きに圧倒され、その場に立ち尽くした。一方、探索業者組合と消防団の面々は、その光景に驚くことなく淡々と所定の準備を進めていく。
「ゆず希さん、すごいですね……」
ふたばは圧倒されつつも、片桐に助言を求めるように視線を送った。
「ダンジョン配信というものは見たことがないので、彼女の強さを疑っていましたが、率直に申し上げまして私よりも強いです。市長のおっしゃる通り、討伐だけなら彼女1人で十分でしょう」
「ですが……」
「ええ。こちらの指示を完全に無視しています。今からその問題が出ます」
ゴーレムは四方からゆず希を取り囲み、徐々に彼女の動きを封じ込めるかのように迫っていた。
「ちょっとなによ、こいつら!」
それでも戦況は、ゆず希が優勢であった。しかし、ゴーレムたちは巧みな連携で彼女を囲み、彼女の動きは次第に鈍化していった。
「彼女の技量なら、この局面も簡単に打開すると思います。ですがまた直ぐに同じ状況に陥るでしょう。これでは時間がかかりすぎます。公開討論終了までに代執行は終わりません」
「……ここまで市長の予想通りだと、逆に怖いです」
「ええ、私も驚いています」
ふたばを気遣いながら、片桐は周囲を確認する。
「えーと、右の奴をこっちに倒して、左の奴にぶつけましょう」
たか音の指揮のもと、消防団は絶妙な連携でゴーレムを確実に討伐していた。
一方のダンジョン探索業者組合は、ゆず希が独断専行したせいか動きが悪い。
個々の実力なら組合員の方が高いように見えるし、チームワークも良い部類に入る。しかし消防団のチームワークと連携力はとてつもないレベルなので、どうしても見劣りしてしまう。
「顧問、危ないです!」
たか音に向かって、ゴーレムの一体が突進してきた。
たか音は、ほわわんとした表情のまま薙刀でゴレームの足に振う。
ゴーレムはその場でバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。
「県議すごいわね。国体選手だったって聞いた事はあったけど……」
そう片桐は呟きながら、教育委員会の教職員たちに目を向けた。
「なにをしてるんですわー! 皆戦うんですわー!」
「無理ですよ教育長。僕たちじゃ実力が違いまぎます」
「皆で力を合わせて、攻撃魔法を使えば勝機はありますのよ!」
「確かに僕たち皆使えますけど、カルチャースクールとかで習った趣味程度のしか無理ですから! こんな本格的な戦闘じゃ通用しませんよ!」
口論が続くなか、ゴーレムが教職員たちの背後に迫っていた。
「うわー! こっちに来るなー!」
教職員たちが慌てて四方八方に逃げ出す中、大井教育長だけが腰を抜かしてしまい、動けなくなっていた。
「ひいいい! 誰か助けて欲しいのですわー!」
片桐が助けようとしたその時、大井教育長が突如消えた。魔力の感知を試みるが感知できない。
ゴーレムも突如姿を消した大井教育長に混乱している。
(魔道具? それとも高度な迷彩魔法かしら? いずれにしても、そんなのが使えるなんて以外ね)
困惑しながら見ていると、沢山のゴーレムが教職員たちに向かって進み始めている。
「うわー!もう逃げられない!」
「だああ、くそ!」
パニック状態の教職員たちが、咄嗟に攻撃魔法を放ち始めた。意外な事に短時間の足止め程度には役に立つモノを放っている。
次に全体を見渡した。
消防団は順調にゴーレムを討伐して、ダンジョン探索業者組合の担当区分のゴーレムにも手をつけ始めている。
組合員達は、担当区域を侵害されたせいで、手持無沙汰になっていた。
(教育長の突然の消失以外は、市長が予想した通りの展開になっているわね)
高橋は色んなパターン想定して、片桐とふたばに作戦を伝えていたが、最も現実的だという流れになったようだ。
「ダンジョン探索業者組合の皆さん、教育委員会の方々を助けに行ってもらえますか!?」
「そんなことしたら正面が、がら空きになってアンタらが危険になるだろう!」
「大丈夫です。これも市長の作戦です」
「高橋が!? じゃあ、信じるしかないな!」
組合員達は即座に動き始めた。
(ここは仕掛け時ね。気づいてもらえるかしら?)
片桐は挑発的な笑みを浮かべながら、プレハブの窓に視線を向けた。
◇
「畜生! このゴーレムは最強じゃねえのかよ!」
「くううう! 私達は騙されたのよ!」
プレハブに籠城している熊森と毒島は、予想外の事態直面し、パニックに陥っていた。
誰だか分からない良い人の指示に従って、正義の遂行と自分達を陥れた高橋への復讐を同時に果たすはずだった。
だが、頼りにしていた最強のゴーレム達は次々に倒され、もうわずかしか残っていない。
「どうにかしなきゃ、なんとかしなきゃ……」
慌てながら、熊森は窓の外を見る。
すると執行責任者の正面が、がら空きになっている事に気がついた。
執行責任者だという、あの小娘をなんとかすれば代執行を中止できる。そうすれば、こいつらは帰る。
だが、あの位置はゴーレムの動作範囲外だ。ここから命令しても、あの位置までは移動しない。
そんな時、小娘の隣にいる片桐が目に入った。こちらを見てムカつく笑い顔を浮かべている。
病室で受けた屈辱的な仕打ちが頭をよぎり、恨みが身体中を駆け巡った。
「片桐いぃ! 小娘もろとも葬ってやるわ! ゴーレム、私を肩に乗せなさい!」
これなら、あいつらをゴーレムで攻撃できる。
熊森はゴーレムの肩の上から、発狂しながら指示を出した。
「ハハハ! 死になさい片桐!」
熊森を肩に乗せたゴーレムが、一直線に突進してきた。
片桐は盾のようにふたばの前に立ち、不敵な笑みを浮かべる。
目前に迫った瞬間、首にかけているネックレスの水晶から幻獣を解放する。
幻獣はゴーレムを跡形もなく消し去り、泡を吹いている熊森を拘束した。
「不法占拠者を1名確保しました!」
片桐は冷静な声で状況を報告した。
「すいませーん! ゴーレムも全部討伐完了したみたいです!」
状況を確認して、たか音も声を上げた。
残るはプレハブにたてこもる、毒島1人になった。
◇
「ったく、めんどくさい奴ね。覚悟はできてるんでしょうね?」
「ひいいいい!」
窓から悠然と入ってきたゆず希を見た毒島は、恐怖で腰を抜かし失禁していた。
「じゃあアンタを捕まえて――」
ゆず希が毒島をその手で捕らえた瞬間、大井教育長が目の前に現れた。
「捕まえたですわー!」
魔力の気配もなく、突然現れた大井教育長にゆず希は混乱する。そして2人が毒島を確保したタイミングは、ほぼ同じだった。
「離しなさいよ! こいつ捕まえたのは私よ!」
「私の方が0.1秒ほど早かったですわ!」
2人が不毛な口論を続ける中、討伐を終えた者達続々と部屋に入ってきた。
「市長から言われた事を忘れていませんか? 本番はこれからです」
片桐の言葉で2人は争いを止める。
「い、いよいよ私の本当の仕事が始まるんですね」
ふたばは、毒島のスマホを持ちデータの確認を始める。同時に熊森のスマホも側に置き一緒に解析する。
ふたばが、まだ市役所の一般職員だった頃、自宅のパソコンから市役所のネットワークにアクセスして、当時市役所内で高橋と敵対していた幹部職員の秘密情報を手に入れたことがある。
そのハッキングの才能に目をつけた高橋は、2人のスマホに残されたやりとりを解析して、黒幕を割り出すよう指示を出していた。
恐らく黒幕は石神だが、確たる証拠はない。だが、それを公開討論中に暴露すれば、本当の意味で完膚なきまでに叩きのめすことができる。
備後市の未来を賭けた高橋の作戦が、ついに動き出した。




