第43話 逆ギレする不法占拠者
(……ヘヴィゴーレム)
ネットを駆使し、高橋は問題のゴーレムを調べ上げた。
このゴーレムはアメリカのメーカーが開発した、ダンジョン内の大型工事に使用するモデルのようだ。そのスペックは、日本の重機魔道具メーカーの物とは桁違いであるが、コストが非常に高く、運用も難しいため今年いっぱいで生産中止になるらしい。
数はだいたい20~30体。ゆず希1人に頼んでも、倒すだけなら問題ないだろう。
だが、時間が足りない。高橋が考えていることを実行するには、最短でも公開討論会の当日になってしまう。
公開討論が終わるまでに解決しなければ、勝敗を決める投票で石神に負けてしまう可能性が高い。
その時間までに、全てのゴーレムを倒すのは厳しい。
さらに自分が考えているプランでは、ふたばにも現地に行ってもらう必要がある。
(守りながらの戦いになる。……普通よりも絶対に長引くな)
片桐にも、助力をお願いするつもりではいる。ゆず希も、自身が組合長を務めるダンジョン探索業者組合の精鋭を引き連れてやって来るだろう。だが、それでも人手が足りない。
下を向き考え込んでいると、ふたばに声を掛けられた。
「し、市長、お取込み中のところ、すいません、伊坂県議が来られています」
「たか音ちゃんが? 分かった、市長室に通してくれ」
ふたばが頷き、たか音を呼びに行った。
こちらが声をかけようかと思ったタイミングでやってくるとは……相変わらず変わり身のタイミングは上手いようだ。
「高橋センパーイ! お久しぶりでーす!」
ドアがゆっくりと開き、元気な声と共に、たか音が姿を現す。
伊坂たか音。歳は27歳。彼女の家は県議会議員の家系で、市の防災活動とスポーツ振興を代々牛耳っている。
たか音もその跡を継いで世襲議員として、市長選の少し前に行われた県議選で、初当選したばかりだ。
彼女とは、市長になる前からの付き合いだ。高橋とは学校も世代も違うが、ダンジョン配信者時代の後輩が彼女の先輩にあたる為、その繋がりを介して知り合った高橋は、先輩付けで呼ばれていた。
「やあ、たか音ちゃん。せっかく来てもらったのにバタバタしててゴメンね」
「ニュース見ました。こちらこそ、忙しい時に本当にごめんなさい!」
「その事なんだけど、たか音ちゃんにお願いがあって……」
「不法占拠者に行政代執行をするんですよね!? はい! 是非お手伝いさせてください!」
こちらが切り出す前に、たか音は屈託ない笑みを浮かべて、要件を言ってきた。
(やっぱり俺の考えは、この娘には、読まれていたか)
行政代執行とは市や国などの行政機関が、法律に基づいて命じた措置を相手が拒否した場合、強制的にその命令を実行する手続きのことだ。例えば、不法占拠された土地を明け渡すよう命じて相手が応じなければ、行政は自らその占拠者を排除して、強制的に土地を回復することができる。
これを実施する以外に、不法占拠者を立ち退かせる方法は、思いつかなかった。
「でも私、先輩なら全部ゆずちゃん達にお願いするって思ってたんですよー! 私達にも頼んでくれるなんて、すっごく嬉しいです!」
オーバーに喜ぶ、たか音を見て、高橋は苦笑いする。
彼女は、この前の市長選で、備後市議会を支配してきた小栗山を応援していた。
自分は売名目的で立候補した、市長になる気など全くない泡沫候補だったので、それ自体は別に問題ない。
だが、普段は小栗山の事を散々嫌っていたにも関わらず、選挙期間中は猫を被って熱心に応援していた姿はとても印象的だった。
その後、自分が市長に就任して間もないうちに、市議会では旧小栗山派の有力者たちが次々に権力を失っていった。
そのせいで、選挙で小栗山を熱心に応援していた彼女の影響力も、市内では急速に低下している。
今回の騒動を利用して、しれっと立場を変えて、復権しようとしている思惑が透けて見えた。
(まあ昔から、タヌキとか風見鶏とか言われてる娘だからなあ。俺の知り合いで一番政治家らしいかも。俺も、これくらい腹黒くなんなきゃいけねえのかなあ……)
苦笑いが止らない高橋に、たか音は小悪魔的な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「うちの消防団、私が言うのもなんですけど凄いんですよ。だから期待しててくださいね」
たか音は家の力を背景に女性でありながら、票田でもある備後市消防団の特別顧問を勤めている。
そして彼女の指導と指揮のもと、備後市消防団は全国ダンジョン消防団大会、集団モンスター討伐の部で3年連続優勝の実績を残している。
またマネジメントだけでなく、彼女自身の強さもすさまじい。ダンジョンでは、ゆず希以外に彼女に勝てる者は備後市ではいないだろう。
(だからこそ、代執行には彼女と消防団の力が絶対に必要だ。……これで成功にはかなり近づいたな)
ここで、ふたばが、口を挟んできた。
「し、市長、今までの話を聞かせて頂いていたのですが、行政代執行はいつ行う予定なのでしょうか? 余りにも早すぎると、相手に無効を主張される可能性もあります」
「2週間後。これが最適なタイミングだろうね」
「で、ですがその日は、石神市長との公開討論が……」
「ふたば君、当日は俺の代わりに執行責任者として現場で動いてくれないか?」
「え!? で、でも私は……」
「安心してくれ。なにかあっても君は怪我1つしないよう、万全の体制をこれから整えていく。それに君が現場にいてくれないと、石神を完全に追い詰めることができない」
「い、石神市長を!? いったいどういうことなんですか?」
言葉では驚いているが、表情からは動揺している気配が全くない。
ふたばも今回の不法占拠が、石神の仕業であることに薄々気づいているのだろう。
「たか音ちゃんが帰ってからになるけど、代執行当日の人員配置と段取りを考えようと思う。詳しい事を伝えるのは、それが決まってからになる。申し訳ないけど、少しだけ待ってもらえるかな?」
高橋の言葉に、ふたばが頷いた時、ドアが大きな音を立てて開いた。
(な、なんだ!? いきなり)
突然の出来事にビックリしていると、大井しげ実教育長が勢いよく市長室に入ってきた。
「市長、お話聞かせて頂きましたわ! 代執行には教育委員会も参加致しますわ!」
大井教育長は高橋よりも年上のはずだが、JICAで教師として海外赴任中、現地のダンジョンで呪いを受けたため、外見は中高生にしか見えない。出会ってから日も浅く、付き合いも仕事だけなので高橋は彼女の事はよく知らない。
ただ、彼女が自分のことを、快くは思っていないことだけは確かだった。
教育長は、教育の独立性を保つべき役職であると同時に、市長の補佐を担う役職である。
そして、そのバランスを取りながら教育政策を推進するのが彼女の仕事である。
だが、大井教育長は市長である高橋の施策には常に批判的な言動を繰り返し、教育の独立性を強調している。
そんな状況で協力を申し出た彼女の真意はわからないが、そもそも教育委員会が戦力になるとは思えないし、何かあったら大変なので断ることにした。
「あのー、教育長、もう人数は揃いましので、無理はなさらなくても……」
「ここで実績を作って、市長に余計な口出しをされないようにしたいのですわ! あと、市から貰える来年度の予算をもっと増やして欲しいから恩も売りたいのですわ!」
「は、はあ……」
教育委員会がこんな場面で実績を作って、予算を増やせるのだろうか? 完全に理解できなかった。だが、正直すぎる理由には好印象を持ったので、申し入れを受けることにした。ただ戦力としては期待できないので、安全面についてはあらかじめ釘を刺しておく。
「分かりました。でも、少しでも危険だと思ったら逃げてくださいね」
「教育委員会には魔法が使える先生もいますから、へっちゃらですわ!」
(……本当に大丈夫か?)
改めて市長室を見渡して、高橋は心の中でつぶやいた。
ここにいないゆず希も含めて、全員キャラが濃すぎる。自分でもまとめきれる自信がない。というか誰がやってもまとめきれないだろう。
それなのに元来、気が弱くコミュ障のふたばが指揮をとるのだ。
当日は間違いなくグチャグチャなる。
その状況を想像して冷や汗をかきながら、高橋は行政代執行を行うために必要な手続きを進めることにした。
◇
「ギャハハ、オバハン見たか!? あの亜人共の顔、俺たちにビビって震えてやがったぜ!」
「ホホホ! 見て若造、×は私たちの決起を絶賛するポストで溢れているわよ」
熊森と毒島はプレハブの一室で、自分達に都合のいいネット情報だけを見ながら、自画自賛して笑いあっていた。
「きゃあああ!」
「な、な、な、なんだあ!?」
楽しい空間を引き裂くように、窓ガラスが大きな音を立てて割れた。
床にはガラスの破片と共に、カプセルが転がっていた。どうやらこれが窓ガラスを割ったようだ。
「高橋だな。畜生、くだらねえ嫌がらせしやがって」
「本当、卑怯で卑屈で最低な奴だわ。私達に勝てないからってこんな事して」
悪態をつきながら、2人はカプセルを手に取り中身を確認する。
「なんだこの紙? なんか書いてあるみてえだけど」
「戒告書ですって!? なによ高橋! 生意気よ!」
行政代執行法第三条では、代執行を実行する前には猶予期間を与え、その猶予期間内に自分で問題を解決しなければ、強制執行することを事前に文書で伝えなければいけないことが定められている。
その文章が2人の元に届いた瞬間だった。
◇
”うわ、ドローンで送るとかかっけえ!”
”占拠した当日に戒告とか早すぎだろ!いったいどう反応するかな?”
”この作戦、マジで伝説になるんじゃね?”
高橋の指示のもと、行政代執行の戒告書を不法占拠者に送付する様子は、市の公式chでLIVE配信された。
市役所職員が操縦するドローンカメラが、ゴレームの間をかいくぐり、戒告書を収納したカプセルをプレハブの窓ガラスを目掛けて発射した瞬間、視聴者たちは大いに沸き立った。
カプセルは大きな音を立てて窓ガラスを割り、プレハブの中に飛び込んだ。音で気付いた熊森と毒島が、驚いた表情でカプセルを手に取り中身を確認し始めた。
ドローンカメラのレンズは、その様子をズームで捉える。
”高橋のやり方、エグすぎる!”
”熊森のビビり顔、マジでウケるw逃げる準備でもしてんのか?”
”大爆笑!完全にビビってやがる!”
これを見た視聴者たちはさらに興奮し、熱気に満ちた言葉がコメント欄を埋め尽くした。
それを見ながら高橋は心の中でつぶやいた。
(やった! 当面これで誤魔化せる)
ダンジョン内での行政代執行は、日本の憲政史上初めての試みとなる。
ただでさえ前例がない挑戦するのに、濃すぎる奴らばかりのせいで、いい段取りが組みづらい。
このままでは代執行や公開討論の前に、色々な不安要素が露呈して、全てが崩壊する可能性もある。
どうしたものかと悩んでいた時、以前、議会で一連の出来事を俺たちの計画をPRするためのショーだと言ったことを思い出した。
そして、一連の出来事を完全にエンタメ化して、熱狂を生み出して誤魔化すしかないという結論に至った。
視聴者の反応を見る限り、その判断は間違っていなかったようだ。
思惑が成功した事に高橋は安堵しながら、代執行の段取りと公開討論の下準備を再び進め始めた。




