第42話 ゴーレムに襲撃される工事現場と打開プランを練る高橋
「市長、こちらが、毛利市の洞窟に調査にいった時の写真です」
「……凄いですね、これ。あの程度の規模のダンジョンで、どうしてこんな事が起こるのか」
臨時会終了後、片桐から渡したい物があると声を掛けられた高橋は、いつものBARに一緒に来ていた。
最近の片桐は、BARで露出の多い服を着て来ることが多く、高橋はいつも目のやり場に困っていた。
しかし、今日の彼女は議会と同じスーツを着ている。そして表情はいつもより硬い。
(よかった。今日はハニートラップを仕掛けて来ねえのか)
安堵しながらグラスを傾けていると、片桐は更に言葉を続けた。
「ですが、これであの男が終わるとは思えません。公開討論までに必ずなにか仕掛けてきます」
「片桐議員もそう思いますか?」
「ダンジョン開発が始まってから、工事現場では色々なトラブルが起こり過ぎています。偶然とは思えません」
「備後市の計画を中止に追い込み、毛利市に開発場所を変更させる。そのために石神がずっと裏で動いていた。しかし全部失敗したので、ついに自ら表に立って動き始めた、ですか。僕も同じことを考えたことはあります。ですが、そんな漫画みたいなこと本当にあるんでしょうか?」
頭ではそう結論を出していた。しかし、心の中のモヤモヤは消えない。
でてきたカクテルを重い表情で飲んでいると、片桐はさらに真剣な表情になり言葉を投げかけてきた。
「なにか有りましたら、お声がけください。私でもお力になれることはあるかと思います」
「……分かりました。お気持ちはありがたく頂きます」
片桐の言葉に、高橋は静かに頷いた。
◇
"俺がやるのは、市の未来に関わるダンジョン開発を賭けた公開討論じゃねえ! 何故なら勝つのは俺たちに決まっているからだ! これからやるのは俺たちの計画を事前にPRするためのショーだ! 皆さん、全力で楽しんでくれ!"
凄まじい勢いで拡散されている切り抜き動画を見ながら、石神は怒りで血管が切れそうになっていた。
この低学歴でいかがわしい仕事をしていたバカ市長は、上級国民のエリートである自分をどこまで愚弄するつもりなのか。
そんなクズでありながら、考えた開発計画を毛利市で採用してやった恩を忘れて、こんな暴言を吐くとは。どこまで性根が腐っているのだろうか。
片桐に対しても、怒りが収まらなかった。いつもバカ市長と敵対している自分と同じ上級国民のエリートで、さらに美人の女だから力を貸してやろうと思ったのに、公開討論では高橋が自分に負ける事ないなどと、馬鹿なことを議会でほざいていた。
「人を見る目がない馬鹿な女が!」
怒りを抑えることができず、彼は手近にあったグラスを力任せに壁に投げつけ絶叫した。
しかも、世論は高橋に味方し始めている。自分が操っている馬鹿共はそれに気づかずにはしゃいでいるが、このままでは手遅れになる。
だが、自分のような優秀な人間は、こんな時のために保険も用意している。
本当ならば高橋を完璧に潰すために、公開討論の前日まで使いたく無かったが、この侮辱には耐えられない。
テレグラムと飛ばし携帯で、保険になっている大馬鹿2人に連絡する。
大馬鹿2人は喜んで指示に従い、準備を始めるようだ。
大馬鹿共に騒動を起こさせるための道具も買い与えたせいで、運用して作った株の利益も、市の税金を流用して積み上げた資産も一気に消えた。
この事にも怒りが収まらない。この大馬鹿2人が、自分の思惑通りにもっと早く備後市の計画を潰していれば、金を無駄にすることもなかったのだ。
石神はイライラしながら、壁を力の限り蹴り上げた。
◇
「ゴメンナサイ!」
ダンジョン1階層の工事再開の日、迷惑をかけてしまったベテラン作業員に、オークの新人は深く頭を下げていた。
「頭がたけえぞ! てめえはコイツを殺しかけたのに、命も助けてもらったんだ! もっと頭を深く下げろ! ……すまねえ。止めれなかった俺も、悪りぃんだ。だから許してやってくんねえか?」
リザードマンの作業員もベテラン作業員に頭を下げる。
「ハッハハ。もういいって。しかしオークはやっぱりパワーがすげえなあ。こりゃこの現場は楽になりそうだ」
笑いながらベテラン作業員は、オークの肩を軽く叩いた。
その傍らには、先日子供を助けてもらったダスクワームの親が、仲間を連れてやってきていた。
「だから、希少モンスターのお前らになにかあったら、現場監督の俺の責任になんだよ! 分かったらとっとと保護区域に帰れ!」
ダンジョン工事の責任者になるために必要なテイマー2級資格を持つ現場監督は、この状況に困惑していた。
「お前の子供を助けたのは、俺たちじゃねえから恩返しされるいわれはねえ!」
―しかしダスクワームたちはじっと動かず、その場を離れる気配はなかった。
「……分かったよ。ただし、すぐに帰すからな。少しだけ手伝わせてやるから、その後はさっさと戻れ」
ダスクワームたちは、嬉しそうな動きをしながら周囲の土壌を整える準備を始めた。
各自の作業が順調に続く中、突然大きな金属製のゴーレムが現れた。
「なんだよあれ!? どこの会社のゴーレムだ?」
「分かんねえよ! とにかく離れろ!」
予想だにしない事態に作業員達が大混乱に陥る中、ゴーレムは激しく動き回り、周囲を破壊し始めた。
さらに同じ型のゴーレムが次々と姿を現し、破壊行為はより激しさを増した。
「くそ、何体いるんだ!? こっちにも来るぞ!」
作業員たちは一斉に逃げ出し、工事現場は大混乱に陥った。
◇
「アハハハ! モンスターちゃん達をいじめる悪人共! 正義の鉄槌を思い知りなさい!」
逃げ惑う作業員たちを少し離れた場所で見ながら、熊森は高笑いあげる。
「ギャハハ! 俺をクビにして亜人なんぞ使いやがって。こんな工事ぶっ潰してやる!」
毒島もその横でゴーレムを操りながら、狂気じみた笑顔を浮かべている。
熊森は知識もないくせにモンスター愛護を掲げ、勝手に悪と思ったものを一方的に断罪して賞賛を浴びたいだけの虚栄心の塊の様な左翼女。
毒島は、自分が上手くいかないことを全て社会や亜人のせいにして、過激なヘイト行為で自己顕示欲を満たしている若いネトウヨ男。
思想は水と油だったが、その人間性は非常に似通っていた。
また2人とも自業自得な行いで社会的に追い詰められたことを、高橋のせいだと思い込んでいた。
そのせいか、この日が初対面であるにも関わらず、熊森と毒島は、すっかり意気投合していた。
◇
「軽傷者は何名か出ましたが、死者と重傷者はいません。被害に遭った作業員の避難は全員完了しています。……ただ、工事現場は完全に占拠されました。仮宿泊所として使える作業員用のプレハブ小屋も占拠されました。そこにある食料や日用品は、2人だと1ヶ月以上は持つと現場の責任者の方はおっしゃっていたそうです。解決にもそれ位の期間かかると思います。……公開討論は2週間後です。……誘致予定地がこんな状況なので、公開討論当日は、石神市長に有利な状況になる事が確実になりました」
市長室にて、ふたばからの報告を受けた高橋は、彼女の悔しそうな表情をチラリと見た後、ダンジョン観測小屋から送られてきた、監視カメラ映像をPCで確認した。
全長8mくらいの魔法金属でできたゴーレムが20~30体ほど、プレハブを取り囲みながら工事現場をうごめいている。
これほどの数のゴーレムを、バレずに持ち込む手段など限られる。恐らく、ダンジョンの外でも効果が持続できる高価な収納魔道具を使ったのだろう。
このゴーレムは土木・工事用のようだが、明らかに日本の正規メーカーが作ったゴーレムではない。
ゴーレムに使われている魔法金属は、恐らくアダマントリウム。アダマントリウムは、日本では周囲のダンジョン環境に悪影響を与えるとして輸入と生成が禁止されている。
魔法知識など持っているはずがない、熊森と毒島がこんなに沢山のゴーレムを操れているのも、ゴーレムが日本製ではないと考えられる理由の一つだ。日本国内では安全性の観点から、その技術を使用した製品の輸入と技術開発を禁止しているが、海外では魔力や魔法知識が無くても操れるようなゴーレムも売られている。
見たところ、どのゴーレムも違法強化された形跡はないから、この性能はもともと備わっているもののはずだ。
(恐らく海外からの不正輸入品。どのメーカーのどんな製品で、どういうスペックなのかは検索すればすぐに分かるか)
だが、ここで疑問が湧く。この大量のゴーレムを調達するための資金は、どこから出ているのだろうか? 熊森は沢山訴訟を起こされて、経済的に窮地に追い込まれていると聞いている。毒島のことはよく分からないが、大金を持っているとは思えない。
(資金提供者がいることは確実か。……この状況で一番得をしているのは石神)
自分の考えていた突拍子がなさすぎる事は、現実だったようだ。たかが一自治体の首長に、それほどの資金があるのかとも思ったが、石神は市長になる前に銀行で投資アナリストとして活動をしていたらしい。
その経験を元に、投資家として活躍して、かなりの資産を手に入れたとも聞いたことがある。
そこで増やした資金を、熊森や毒島に提供したのだと考えれば、辻褄は合う。
だが、これはあくまで妄想だ。確たる証拠はないので公の場で追及はできない。それに自分の推測が当たっていたとしても、不法占拠している2人をどうにかすることとは別問題になる。
まずこういう場合に頼むのは、警察だろう。だがダンジョンの中では、警察の装備は貧弱過ぎる。まともな対応はできないだろう。
次に思い浮かぶのは自衛隊だ。装備の点では申し分ない。
だが、ダンジョン関連の事案ではモンスターがダンジョン外に出た時しか、自衛隊は出動できない事が法律で定められている。
今回のようなケースでの、自衛隊出動は、間違いなく国会で大きな問題になる。仮に出動してくれたとしても、とてつもない時間が掛かるだろう。
ここで高橋は、地方自治法第244条の5(ダンジョンの管理および運営)の条文を思い出した。
”ダンジョンの管理及び運営は、その所在する地方自治体が行うものとし、自治体はダンジョン内の安全確保、資源の適切な利用、及び環境保護の責任を負う。”
つまり、今回の件は備後市の責任で解決しなければならないということだ。
幸いなことに、解決する手段は既に思いついている。
市長になってから、ずっと勉強していた様々な行政法の知識を、今こそ活かす時なのかも知れない。
高橋は大きく深呼吸し、これからの段取りについて考え始めた。




