第41話 高橋を支える備後市議会と黒幕に怯える毛利市議会
「市長、この度のダンジョン内への企業誘致とそれに伴う観光地化計画についてお伺いします。率直に申し上げまして、経済効果の試算が非常に曖昧です。市民の税金が投入される以上もっと具体的なデータをご提示ください」
毛利市市議会は、陰鬱な空気に包まれていた。
石神の強引で独善的な市政運営に、市議たちは当初猛反発した。
しかし、石神に扇動された信者たちに度が過ぎる嫌がらせを受け続け、今は意見を述べることすら、全ての議員がためらう状況になっていた。
保守派の議員が怯えながら質問を終わると、石神はこの時を待っていたかのように話し始めた。
「おやおや、そんなにご心配いただいていたとは、ありがたいですね。ですが、議員の発言は笑止千万です! 見逃しているのは、あなたの方じゃありませんか?」
石神は、まるで舞台の主演俳優のような口調で話し続ける。
「市民の税金を無駄にしている? それを言うなら、これまで何もせずただ座っているだけで税金を食い潰してきたあなた方こそ、そうでしょう! 私は現状を打開し、市民に利益をもたらすためにこの計画を推進しているんです!」
石神の答弁は、議会を悪者に仕立てて自身を正当化する、中身が全くないものだった。しかし、彼の挑発的な言い回しと強烈な自信は、多くの人間を扇動する。
その恐怖を知っている市議達が暗い顔で俯く中、石神は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
”さすがだ、石神市長! 完璧です!”
”ざまみろ! 既得権益を貪ってきた悪徳議員共が!”
議会の配信画面に表示されるコメント欄には、偏向した意見が一斉に沸き上がり、議論の本質はそっちのけで、ただ感情的な支持だけが飛び交った。
◇
「これより備後市議会臨時会を開会いたします。議題は、ダンジョン観光開発および企業誘致に関する計画の見直しについてです。本議案は市の未来を左右する重要な事ですので、慎重かつ建設的な議論を期待いたします」
毛利市議会が緊迫した状況で進行している一方、同じ時間、備後市でも議長の宣言と共に臨時会が開会された。
「初めに、今回の議案に関する意見陳述を各会派より求めます。まずは、創政フォーラムよりご発言をお願いします」
片桐は立ち上がり、発言を始めた。
「創政フォーラムを代表して市長にお尋ねします……市長は突然、これまで進めてきた計画を大幅に縮小する方針を示されました……その理由について具体的な説明を求めます」
片桐は言葉を途中で詰まらせながら、気まずそうな視線を高橋に送ってきた。彼女はとても聡明な人間だ。石神の企みと、高橋の真意になにかのきっかけで気付いたのかも知れない。
”片桐議員、いつもはもっと冷静に話すのに……”
”本当にどうしたんだ?”
”片桐さん、今日はどうして緊張しているの?”
いつもとは違う片桐の様子に、コメント欄はざわつき始めた。
高橋は気持ちを整えながら、質問に答える。
「まず片桐議員は大変な誤解をしております。縮小すると決まった訳ではありません」
「では、なぜ突然そのような発表を行ったのですか? 市民にとっては困惑するばかりです。どうして急に変わる可能性が出てきたのでしょうか?」
佐藤忠とマジックアグリカルチャーに対して誹謗中傷を煽りたてる石神を抑えるため。それが理由だ。だが、今この場でそれを公にすれば、事態がさらに悪化するかもしれない。しかし、それを説明しなければ、片桐も他の議員も納得しないだろう。
迷いながら、高橋は重い口を開く。
「まず、基本的な計画内容に一切の変更はありません。ただ公開討論という話題作りのイベントが入っただけの事です。その他は全て予定通りに進行します」
片桐は一瞬沈黙し、不安げに眉を寄せながら問い詰める。
「本気でそれが良いと思っているのですか?」
「ええ。私が絶対に勝ちますので、計画は滞りなく進みます。問題ありません」
「市政という極めて重要な案件を、賭け事のような討論で決めるなど、まったく納得できません。市長、それが本当に市民の利益になるとお考えなのでしょうか?」
「もちろんです。討論という形式を取ったのは、透明性を高めるためです。今回の討論は広島の大会場で行われ、ネット中継を通じて世界中の多くの方々が視聴することになります。今回の討論はインターネット上に溢れる開発計画のデマを一掃できる場であると同時に、備後市を全世界にアピールするPRの場にもなると考えています。私たちの市の取り組みを、正しい形で世界に示すためにも、この討論は極めて重要なのです」
「市民に真実を伝えるためと言いますが、それでも討論で市の未来が左右されることに不安を感じざるを得ません。もし負けたら、備後市は大きな損失を被ることになります。市長、覚悟はおありですか?」
片桐は目を潤ませながら、厳しい表情で聞いてきた。
彼女の気持ちを察して、胸を熱くしながら高橋は議長の方を向く。
「議長、片桐議員への反問権を行使したいのですがよろしいでしょうか?」
「認めます」
議長の声が響くと、高橋は片桐に向き直り、フランクな口調で問いかけた。
「私は6月に当選して市長になりました。片桐議員とはまだ5ヶ月足らずのお付き合いですが、色々な議論を重ねてきました。それでも、ダンジョン関連以外の議題では、私はアナタに一度も勝てていません」
「よく言いますね。ダンジョン関連の議題では、いつも私はアナタに負けています」
片桐は涙を必死にこらえながら、高橋を見つめた。
「たまたま運が良かったからです」
「私のキャリアは常に、ダンジョンと共にありました。運だけで、この結果は出せません。……その言葉は、私への侮辱です」
「そこまで私を高く評価して頂き、ありがとうございます。ではお伺いします。今回、石神市長と私が討論をするのは、ダンジョンに関する議題です。私が石神に負ける可能性は万に一つでもありますか?」
この一言で片桐は、ハッとして我に返った表情を浮かべる。そして一呼吸つくと、いつもの冷静な口調で淡々と喋り始めた。
「絶対にありませんね。石神市長の事はよく知りませんが、ダンジョン関係の議題で市長に勝てるわけがありません」
高橋は片桐に向かって微笑み、議員席に目を向ける。
「出席いただいている議員の皆さまにも、お伺いします。私が、石神の様な経歴は立派だけど人を扇動する事しかできない、中身がスッカラカンな奴に負けると思いますか!?」
高橋の強気な問いかけに、議員たちは激励とも冷やかしともとれる野次を口々に飛ばし始めた。
「良いぞ! 口先だけじゃ、市長に勝てる奴は絶対にいねえ!」
「お前のことは嫌いだが、石神には負けないでくれ!」
「公開討論で石神を失禁させて来い!」
高橋は少し苦笑いを浮かべながら、議員たちに向き直る。
「あのう、もうちょっとまともに応援してくれません?」
「なに言ってんだ! どうせお前が勝つんだから、ふざけて何が悪りぃ!」
「そうだ。真面目にお前を追求しようとしていた俺たちが、馬鹿だったわ!」
どっと笑い声が議場に響いた。
次に片桐を見る。
涙がすっかり乾いた彼女は、顔を赤らめながら、高橋に穏やかな表情を向けている。
「市長、当初考えた計画が滞りなく進むことが理解でき、私は安堵しております。公開討論会では石神市長を看破し、より大きな当市のPR実現されることを心よりお祈りいたします。私の質問は以上になります。ありがとうございました」
片桐は深々と礼をして議席に戻った。
ここで高橋は、LIVE配信中のカメラに視線を合わせる。
「俺がやるのは、市の未来に関わるダンジョン開発を賭けた公開討論じゃねえ! 何故なら勝つのは俺たちに決まってるからだ! これからやるのは俺たちの計画を事前にPRするためのショーだ! 皆さん、全力で楽しんでくれ!」
カメラに向かって自信に満ちた笑みを浮かべながら、拳を力強く突き上げた。
”高橋市長、頼んだぞ!”
”これで備後市の未来は明るい!”
”石神には負けないでくれ!”
コメント欄には力強い応援の言葉が続々と書き込まれ、その勢いは止まらなかった。




