第40話 毛利市のずさんなダンジョン管理の実態がコチラ
「市長、申し訳ありません。私が体調不良になんかならなければ、あんなハゲに好き勝手させなかったのに……」
公開討論で石神と対決して、勝てばこれまで通りの誘致計画を継続する。負けたら備後市の計画は大幅に縮小され、予定された魔法植物の栽培が毛利市及び他の自治体に分散される。
会合で決まった事をふたばに伝えるなり、彼女は深々と頭をさげた。
(いや、ふたばくん、本当は絶対体調なんて悪くなってないでしょ? だって、会合が終わってすぐに元気そうに帰って来たじゃん。ってか、なんか誤解してない?)
高橋は慌てながらふたばを、必死になだめようとする。
「い、いや一応、何かしらの形で補填はしてくれるって先方も約束してくれたし、言うほど悪くはないと思うよ」
「これは備後市が最初に手掛けた国内初の大規模プジェクトですよ! それなのにこんな変な譲歩をするなんて! ハゲがなにか変なことを、市長に吹き込んだに違いありません!」
「い、いや小橋前市長は全く関係なくて、俺から提案した事なんだけど」
「そんな提案をすること自体が、おかしいじゃないですか! 市長は、あのアホなハゲに騙されているんです!」
ふたばの、この反応は妥当だろう。だが、石神の策略は、突飛すぎて信じないだろうから話し辛い。
ふたばを落ち着かせるための方法を考えていると、ゆず希が市長室に入って来た。
そして、ふたばに強烈な視線を向けながら話しかける。
「話は聞かせてもらったわ。アンタ」
「は、はい」
「ハゲを殺しに行くわよ」
高橋は慌てて、間に割って入る。
「ちょっとゆずさん! さすがに冗談ですよね!?」
「ダンジョンで事故に見せかけて始末するのよ。そうすりゃバレずに片付くでしょ?」
いつもの様にゆず希を落ち着かせようとしていると、ふたばが口を開いた。
「ゆず希さん……」
「そうだよ、ふたば君。ゆずさんがまた暴走してるから、一緒に説得しよう」
「お供します」
「え!?」
信じられない展開に固まっていると、2人は決意を固めた表情で市長室出ようとしている。
高橋はハッとして、なんとか事態を収拾しようとした。
「2人とも落ち着いてください!」
「なに言ってんのよ! あんなアホ、死刑にしなきゃいけないわよ!」
「そうです! 息の根を止めなきゃいけません!」
2人を必死になだめ続けていると、背後から声を掛けられた。
「お取込み中のところ失礼いたします」
振り向くと、片桐が呆れた表情で立っていた。
「私もお話を聞かせて頂きました。市長の今回の決定で、これまでつぎ込んだ市民の血税が無駄になる可能性が出てきました。臨時会を開き、徹底的に追及させて頂きます」
「……」
臨時会とは、緊急の案件や特別な議題に対して開かれる会議である。
「この様な間違った企業誘致など、最初からやるべきでは無かったのです。市長が当選した時点では、既に計画は進んでいたという事は知っていますが、それでもある程度の見直しは、もっと早い段階で出来たはずです」
「……」
「詳しい事はまた、正式に議会で追及いたします。それでは招集手続きをしなければいけませんので、失礼します」
片桐は厳しい表情で、高橋に目をやり去っていた。
「なによお! あのおばさん偉そうに……」
「市長、私、悔しいです」
片桐のおかげで、2人は大人しくなった。
そのことに高橋は少し安堵した。
◇
(初めてきたけど、意外と広いわね)
臨時会の開催が決まった翌日。片桐は毛利市のダンジョンを訪れていた。
規模が小さく、資源もほぼ枯渇しかけているため、この洞窟は国からダンジョンとは認定されていない。
だが、モンスターが多少住み着いており、微弱ながらも魔力が漂っているため、便宜上、ダンジョンと呼ばれていた。
片桐は臨時会に備え、この場所を下調べに来た。
総務省でキャリア官僚として様々なダンジョン法案の策定に関わり、シンクタンクでダンジョン経済の専門家として活動してきた彼女は、ダンジョンに関連した政策の知見には絶対の自信があった。
だが、高橋とのダンジョン政策に関する議論で自分は全敗している。
今度こそ高橋に勝つために、どんな些細な事でもやっておきたかった。
しかし、ここに来た理由はそれだけではない。
高橋はダンジョン開発に積極的だが、片桐はそれに否定的な立場だ。
だからこそマジックアグリカルチャーの誘致と、それに伴うダンジョン観光の開発を強く押し進めていた高橋が、計画を大規模に縮小する可能性がある提案に合意したことに強い違和感を抱いた。
この決断には何か裏があるようにしか思えず、それを探るための一環としても、ここには足を運んだ。
そんな事を考えながら、洞窟を散策し、周囲を観察する。
肌に感じる魔力は大変微弱だ。モンスターの気配は感じるものの、目視では確認できない。
最も国からダンジョンと認定されていない、資源が枯渇間近な洞窟などだいたいこんなものではある。
こんな環境は、とても魔法植物の栽培場所には向かない。
全く栽培できないことはないが、魔力が少なくても育つ極めて強い品種でなければ無理だろう。
観光地にもできないことはないが、備後市で計画されたような大規模な観光開発をすることは不可能だ。
(市長、いったい何を考えているの?)
この様な貧弱な場所に計画の大部分を譲渡する理由が分からないまま、気づけば、最深層にまで歩みを進めていた。
最深層とは行っても、毛利市のダンジョンは10階層しかない。100階層もある備後市のダンジョンと比べて、規模は圧倒的に小さい。さらに各階層の面積も、備後市のダンジョンと比較して圧倒的に狭い。
それを反映してか、ここまで遭遇したモンスターは小型で弱いものばかりだった。
だが、気を抜くことはできない。最深層に近づくにつれてモンスターの強さが増すのは、どのダンジョンでも共通の特徴だからだ。
とはいっても、毛利市のような小さいダンジョンは、規模が限られているため安全管理が行いやすい。だが、規模が小さいゆえに、深層の危険が浅層にまで及ぶリスクも大きい。その点が少し気がかりではあった。
(でも観光地にしようとする位だから、危険はきちんと管理されているはずよね)
そう思いながら進んでいると、物陰から物音が聞こえた。
何かと思い確認すると、とんでもないモンスターが目に入る。
驚きながらも、首元のネックレスから幻獣を召喚して撃退する。
(なんなのこれ!?)
毛利市のダンジョンの規模を考えると、こんな危険なモンスターが生息していることは普通ありえない。
とはいっても、何が起こるか分からないのもダンジョンなので、片桐はダンジョン観光というもの自体に反対のスタンスをとっている。
それでも、観光地や農場にしようと考えているのだから、最低限の安全対策は施されているだろうとは考えていた。
(誰か噛まれたら猛毒で大惨事なる。ここには魔法治療施設がないから、対処もできない)
そういえば先ほどから、肌に感じる魔力が濃すぎる気がする。普通ならば既に警報が鳴るレベルだ。正確に測って見なければ断言できないが、魔力濃度を意図的に改ざんしている可能性がある。
こういった異常は、自分のようなダンジョン関係の私仕事をしている人間ならすぐに気づくだろうが、そうでない観光客や作業員には難しいだろう。
こんな所を観光地にして、企業まで誘致したら大惨事が起こりかねない。
(普通ならば、この規模のダンジョンでこんな事あり得ない。それに異常が現れているのは、この最深層だけで、他の階層では何も起こっていないのも気になる。どんな管理をしているの?)
ふと上に見ると、比較的大きいダンジョン樹が目に入って来た。
(なるほど)
異常の原因は、この変わり果てた姿になってしまっているダンジョン樹で間違いないだろう。
早速、スマホを取り出しダンジョン樹を写真に収めた。
その他にも、明らかにおかしい場所をカメラに写していく。
一通り撮り終わり、出入り口まで帰ってきた時、前から男が歩いてきた。
「これは片桐議員。この様な所でお会いできるとは思いませんでした」
自分のことを知っているようだが、この男は誰だろうか?
毛利市のダンジョン関係者で、自分をずっと監視していたのだろうか?
だが、洞窟内には防犯カメラらしきものは1つもなかった。
感知系の魔法を使っていた可能性もあるが、この男からは魔法を使える気配を感じない。
「あなたは?」
「そうですね。私が誰だかは分かっていると思いますが、挨拶が遅れて失礼しました。初めまして、毛利市市長の石神信弘と申します」
「片桐こはなです。どうして私をご存じなのですか?」
「私と同じ有名なエリートですからね。高橋市長との市議会での討論は、いつもアーカイブで楽しませていただいています」
節々で鼻につく言葉を使う石神に、片桐は強い嫌悪感を覚える。だが、不快な気持ちを押し殺し、会話を続けた。
「どうですか当市のダンジョンは? こじんまりとはしていますが、質が高いでしょう? 特に自慢なのは最深層のダンジョン樹です。始めてみた時は、大きすぎてびっくりしましたよ! あれの周りを、マジックアグリカルチャーの魔性植物の花畑で埋め尽くす予定なんです」
「確かに、あの様な一般の方が立ち入りやすい階層にダンジョン樹があることは、とても稀有ですね。手入れもしっかりされているようで」
「ハハハハ! でも、維持経費は、前の市長の時よりもかなり抑えているんですよ。議会の奴らは安全への配慮が足りないなどと馬鹿なことばかり言っていたましたが、ご覧の通り安全は完璧に管理されています」
「……確かに私が見た限りだと、かなり効率よく運営されていました」
皮肉を伝えたつもりだったが、石神は全く理解できていないようだ。この男、ダンジョン行政について思った以上に知識が浅いらしい。
石神はなおも喜々して話を続けている。
「そう言えば、最近困ったことがありまして」
「困った事ですか?」
「以前、マジックアグリカルチャーさんには記者会見を通じて企業誘致のお願いを申し入れたのですが、なんのリアクションも無かったんで、辛いなってポロっと配信で言ってしまったんです」
「……備後市への企業誘致の件で、マジックアグリカルチャーとその親会社の佐藤忠が、SNSで炎上し、両社には沢山の抗議が来ている事は私も知っていますが」
「そうなんですよ。私の配信を見ていた沢山の人達が、自分たちで動こうって言って、過激な行動に走ってしまって。不本意な形で私の話が広まってしまって、すごく困りました。でもそのおかげで条件付きですが、誘致のお話は進んだんで、今は複雑な気持ちです」
石神は、困っているかのように振る舞っている。だが、語調は、明らかに自分の影響力を誇示している。
恐らくこの男、どうなるかを見越していて、故意に視聴者を煽ったのだ。
(もしかして、市長はそれに気づいて配慮したの?)
さすがにそれはと自分でも思ったが、これなら不可解な決断にも納得ができる。
こんな下衆とは話したくないので、この場を離れたかったが、最後にどうしても確認したいことがあった。
「アナタはどうしてこの様な話を私にするのですか?」
「私はこんな田舎町の首長で終わる人間じゃありません。いずれは国政に進出するつもりです。アナタも私と同じ上級国民のエリートなので、同じ事を絶対に考えているはずです。なので、将来のために親しくなりたいと思いまして。口先だけの馬鹿な高橋を市議会で断罪する手助けが私にはいつでもできますので、声をかけてください」
石神は不気味に笑みを、こちらに向けてきた。
ダンジョン開発に消極的な自分は、誘致が立ち消えるかも知れないと聞いた時に心の中のどこかで安堵していた。
だが、もし毛利市にマジックアグリカルチャーが誘致されれば、どんな悲惨なことが起こるか分からない。
片桐は、臨時会で高橋に対して、どういう立場を取れば良いのかわからず、困惑した。




