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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第2章 ダンジョンの中に企業を誘致しようとしたら面倒なのに絡まれた
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第35話 下らない亜人ヘイト野郎を叩き潰す事にした高橋

「よお! 色々大変だったと思うけど元気そうで安心したぜ」


「いや、こっちこそすまねえ。俺たちのせいで工事が遅れちまったような気がしててよ」


 この日、亜人ヘイトの問題により中断していた1階層開発工事が再開した。

 人間のベテラン作業員は久しぶりに再会した、顔見知りのリザードマンの作業員と雑談に花を咲かせていた。


「ヨ、ヨロシク、オネガイシマス」


「このオーク、新入りか?」


「ああ、人間と一緒の現場は初めてだから、ちょっと緊張してるみたいだ」


「そうなんだ。慣れるまで少しずつやっていこうな」


「ハ、ハイ、ガンバリマス」


 さらに雑談を続けていたが、ふと気づいたように時計を見る。


「いっけね、もうこんな時間だ」


「早くロッカーに私物を置いて、朝礼に行こう」


 ロッカールームに入ると、各々が自分のロッカーで準備をする。

 準備を終えたベテラン作業員は、オークの新人が自分のロッカーの前で青ざめていることに気付いた。

 心配になったので声をかける。


「おいおい、どうしたんだ? 悪いもんでも食――」


 【亜人は出ていけ!】


 オークの新人のロッカーには、ペンキでそう描かれていた。



「へっへへ……どうしたんだ化け物!? 泣きそうな顔してんじゃねぇかよ」


 声が聞こえたロッカールームの入口に目を向けると、毒島という人間の新人作業員が薄ら笑い浮かべて立っていた。

 毒島の手には、ペンキのついたハケが握られている。


「これをやったのはお前か?」


 ベテラン作業員は、毒島に近づき、襟首を掴んだ。


「ああ、俺だよ。亜人なんて人間と一緒に働く資格はねぇだろ」


「てめえのせいで、この現場がどれだけ迷惑を被るか分かってんのか!」


「ちっ、何だよ。俺は日本のためになることをしてんだよ。亜人なんかに仕事を渡す必要ねぇだろ!」


「なんだと……!」


「いてて、何するつもりなんだよ。訴えるぞてめえ」


 ベテラン作業員は、さらに強く襟首を掴む。

 リザードマンの作業員は、この様子を呆然自失で眺めていたが、あることに気づき激しく動揺する。


「おい、お前、なにするつもりなんだ?」


 オークの新人は拳を握りしめ、身体を震わせていた。


「……まさか、止めろ!」


 リザードマンの作業員は静止しようとするが、間に合わず、オークの新人が拳を振り上げて毒島に向かっていった。


「ひいいい!」

「くっそ、このままじゃやべえ……」


 怯えて叫ぶ毒島をベテラン作業員は突き飛ばし、近くにあった鉄板を腹部に構える。

 オークの新人の拳が、ベテラン作業員が構えた鉄板に激突した。

 鈍い音が鳴り響き、鉄板は大きく曲がる。

 ベテラン作業員は吐血して意識を失い、その場に倒れこんだ。


「アッア……アウウウウ!」


 オークの新人は泣き叫びながら、その場に崩れ落ちた。


「馬鹿野郎が……おーい! すまねえ、やべえことが起こった! 急いで市民病院分院に運ばなきゃいけねえ、誰か来てくれえ!」


 リザードマンの作業員は、助けを呼ぶために駆けて行った。


「……へへッヒャハハハハハ!」


 新人作業員は、しばらく倒れこんでいたが、スマホを取り出し、オークの新人とベテラン作業員を交互に映しを始めた。


「おい皆見てくれ! この亜人は何もしてない俺とこのおっさんを突然襲って来たんだ! これが亜人の正体だ! こんな暴力的で低知能な生き物を働かせる備後市は狂った反日の街だぞ! ヒャハハハ!」


 この動画は、瞬く間に拡散された。



「オークのパンチなんてまともに受けたら即死ものだよ。その作業員は咄嗟にいい判断をしたね。で、容態はどうなんだい?」


 報告を受けた高橋は、冷静に事実関係を確認する。


「一度は死亡しましたが、蘇生魔法治療を行い生き返りました。ですが、意識が戻るのは、もう少しかかると……」


「……現場の様子は?」


「問題を起こした人間の作業員は、当市が業務を委託している会社に入社したばかりなのですが、遅刻や無断欠勤を度々繰り返していたそうです。一方、事件を目撃したリザードマンの作業員は長年人間と一緒に働いてきたベテランです。周囲からの信頼が厚く、多くの関係者が彼の証言を支持しています。ですので、工事現場で亜人ヘイトや虚偽の主張が広がる心配はなさそうです」


「市民の反応と、ネットの反応はどうなのかを教えてくれないかな?」


「市民の中には不安を抱く声もありますが、多くはリザードマンの証言を信頼しています。ネットも拡散された動画にも、問題を起こした作業員の笑い声も一緒に入っていたので、多くの人が新人作業員の発言に疑念を抱いています……でも極少数なんですが……」


「ああ。ネット上では、過激なヘイトコメントが目立ってきている」


 大多数の人々は冷静に対応していた。だがそれに混じり、亜人への差別的な発言や暴力を正当化し、問題を起こした作業員の証言を鵜呑みにして亜人全体を断罪しようとする声が散見された。

 高橋の戦略で沈静化した亜人ヘイトが、この事件をきっかけに、より過激に尖鋭化して盛り返し始めていた。


「どうしてこんなことが起こっているんですか?」


「調べたんだけど、ある男がこの事件に目をつけて煽ってんだよ。亜人ヘイトは、その男の思想と親和性が高いからね。オワコンだったから、今回の騒動で再び注目を集められて内心喜んでるだろう。……いや、以前も久しぶりに注目浴びたことがあったな。もしかして、その時の復讐を俺にするつもりなのか?」


「市長、その方と面識があるんですか?」


「ああ。こんな大怪我人が出ている不謹慎な事に飛びついてくるなんてな。いや、ヘイトスピーチと印象操作しかできない、あの男らしいか。……早速DMで面談をお願いしよう」


「ええ!? 売名しか狙ってない男と面談を!?」


「うん。でも、いつもみたいに論戦はしない。世論では既に勝ってるからね。ネット配信者らしい汚い口喧嘩で徹底的に叩き潰すつもりさ。その方が理論や事実を無視する彼とその支持者に大打撃を与えるだろうからね」


 高橋はニヤリと笑いながら、DMを送信した。



「実はですね。以前私が街宣をしている時に絡んできた反日売国ダンジョン乞食から、亜人が起こした暴行事件の事で面談したいって言うDMが届いたんですよ」


 LIVE配信中のカメラに向かって、ジャーニー井高は楽しそうに話しを続ける。


「あのダンジョン乞食、現職市長のくせにただの一般人である私にあのときコテンパンに言い負けてますからね。しかもアイツが得意だっていう事に世間ではなっているダンジョン関係の話題でですよ。まあ、それでまた会いたいって言ってくる厚かましい神経には、ある意味凄いなあって関心しちゃうんですが」


  実際は誰がどう見ても井高の方が無知を晒して恥をかき、高橋とは勝負にならない結果に終わっている。事実、拡散された動画を見た大多数の人々がそう認識していた。しかし、井高自身の脳内では自分が完勝し、高橋が無残に敗北したという事に変換されていた。

 そして、自分の都合の良い事だけを信じたい人々が、動画を見ることなく、いや見ても井高の発言を妄信し、彼を支持した。

 さらに井高のこうした言動は、自業自得な理由で社会から馬鹿にされ孤立して、その怒りや不満を亜人に向けている層の心に強く刺さった。

 現在、井高の影響力は最全盛期に匹敵するほどにまでに回復していた。


「最初は面倒くさいんでシカトしてやろうと思ったんですけども、リスナーの皆さんが楽しみにしてるみたいなんで、仕方なく引き受けてやることにしましたよ」


"最高だ!"


"あの市長、またコテンパンにされるな!"


"ジャーニー先生、ぶっ潰してください!"


 頭も悪く、心も汚い井高のリスナー達は、彼の言葉に歓喜し、コメント欄は井高への応援で埋め尽くされた。


「あと、今回の亜人の暴力事件の被害者で、動画を拡散した作業員から私に連絡がありまして、暴行事件の真実を教えてくれたんです。今からその作業員とLINE電話を繋げますね……もしもし毒島君」


「は、初めまして。いつも配信楽しく見ています。本当にお話できるなんて夢みたいです」


「ありがとう。早速なんだけど、現場で何が起こったか詳しく教えてくれるかな?」


「何もしてないのに、いきなりあのオークが怒り出して、襲い掛かってきたんです。倒れていた作業員さんも巻き込まれて……。本当に怖かったです。あいつら何考えてるかわからないし、亜人なんかが一緒に働いてたら、またいつ何が起こるかわかりません」


「ありがとう。でもなぜか毒島君が悪いってことになっちゃって、解雇されちゃったんだよね」


「そうなんですよ。あの後、俺は何もしてないのに亜人差別したって決めつけられて、結局解雇されちゃったんです。全部あいつら亜人のせいなのに……。会社も亜人側に立って、俺みたいな普通の人間が追い出されるなんて、本当に理不尽です」


「本当に酷い話だよね。まったく、善良に働く日本を排除して亜人を優遇するなんて。毒島君、この事は今度ダンジョン乞食バカ市長との面談で直接伝えるよ」


「ありがとうございます。絶対に伝えてください」


 LINE電話が終了すると、井高はカメラを向いて力強く言葉を発した。


「皆さん、これが現実です! こうして危険な亜人に日本はどんどん侵されているんです! 備後市の反日売国ダンジョン乞食市長は、この事実を無視して亜人をかばい続けている! 日本人の命よりも亜人を優遇するなんて、絶対許せることじゃありません!」


 井高の言葉に呼応するように、コメント欄は亜人と高橋への憎悪と中傷で溢れかえっていた。

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