第32話 毅然とした態度で亜人ヘイトと戦う高橋
「市長。ダンジョン1階層での開発工事に亜人が作業員として、関与しているという噂がSNSを中心に広がっています。これは事実なのでしょうか?」
「率直に申し上げまして、事実です。モンスター愛護団体の過激な抗議活動によって一時中断していた工事が明日から再開される予定です。それに合わせて、亜人の皆さんには種族ごとに適切役割を担っていただいています」
「市が亜人を雇用しているということですか?」
「今回の工事で亜人の皆さんが従事する業務は、全て市が正式に業務を委託したものです」
「市民の中には、亜人に対する偏見や不安が根強く残っています。その点について、どのように対処していくお考えですか?」
「備後市では1981年のダンジョンマスター討伐以降、ダンジョンの中では亜人たちと我々市民との共生が徐々に進んできました。また、行政だけでなく、民間企業も彼らの協力なくしては成り立ちません。現状、彼らなくしては備後市のダンジョン産業はなに1つ成り立たないのです」
「何故、今になってこれを公にしたのですか?」
「これまで彼らの存在を公にすることを避けてきた背景には、過去の戦いや偏見がありましたが、それは誤りでした」
「市民からの反発や安全面の懸念を考えて、方針を改善するつもりはないのですか?」
「改善するとすれば、彼らへの評価や労働環境についても十分な配慮がされていなかったことです。これからは亜人たちの権利を保護し、彼らが安心して働ける環境を整備することを我々の責任と捉え、具体的な措置を講じていきます」
高橋は市長室のTVで自分の記者会見の映像を見ながら、先日対話した各亜人部族の代表者たちとZOOM会議をしていた。
「ハハハ。俺は今、市長になって初めて良かったと思ってるよ」
「馬鹿野郎! ここまでやれなんて誰が言った!?」
「このままだとお前らの待遇は絶対よくなんねえぞ。やるしかないだろ?」
「いずれにしろ明日の作業員派遣は無しだ。騒ぎが治まるまで工事への参加は見合わせてもらう」
「人間側の業者も同じこと言って来たよ」
「どうせ俺らのことボロクソに言ってただろ」
「騒ぎの起こした俺の事はボロクソ言ってたけど、お前ら亜人の事は心配してたよ」
「……本当か?」
「お前ら市内の土建屋と今まで何回一緒に仕事した? あんだけ顔合わせてりゃ情がわかねえ方がおかしいよ。お前らだってそうだろ?」
3人の代表者たちは、無言で互いに顔を数秒見合わせてから口を開く。
「高橋、俺たちはお前の事も心配しているんだ。こんな大胆な事を言ってしまったんだ。色んな所からのバッシングが凄いんじゃないのか?」
「……マジで殺されるかもしんねえぞ」
「ダイジョウブ、タカハシ?」
心配する3人に、ニヤリと笑って高橋は言葉を返す。
「昔はこういう炎上で視聴者を稼いだこともあったからな。治め方もちゃんと考えてるよ」
その時、ドアをノックする音が耳に入る。
「おっと誰か来たみたいだからまたな」
通話を切ると、片桐とふたばが市長室に入ってきた。
「市長、大変です!聞いて下さい!」
そう言って、ふたばは窓を開けた。
「亜人にダンジョンを売り渡す売国奴は辞職しろ!」
「化け物に開発を手伝わせるな!」
「亜人の手先、高橋は日本から出ていけ!」
少し窓を開けただけで、亜人たちへの激しいヘイトスピーチと、高橋への罵詈雑言が耳に入ってきた。
「あの人達、今朝からずっと市役所前で叫んでるんです。クレーム電話も沢山来ています!」
「俺にどうして欲しいの?」
「このままでは市全体のイメージが悪化します。なんとか対応策を考えてください!」
「色々調べたけど、マスコミは俺の会見を好意的に報道してる。やつら人権問題に敏感だからね。市内の人間は過去の引きずっているのも多いけど、亜人で利益を得てる奴も多い。だから冷静だ。問題は市外のネット世論だね。あそこでヘイトスピーチしてる奴らも、それに触発されたんだろう。でもアイツらにとって、結局この問題なんて他人事なんだよ。自分たちが正義で、悪の亜人を倒すっていうストーリーに酔ってるだけさ。別の標的を見つけたら、すぐに飽きて帰るよ」
「ですが……」
ふたばが言葉に詰まる中、片桐が冷静に言葉を挟む。
「そう都合よくいくとは思いませんが」
「ハハ、議員。相変わらず手厳しい」
「今日は議員を代表して、全員協議会の開催を提案しに参りました。市長、今回の亜人問題について議会の場で正式に説明していただけますか?」
「公開が前提の臨時会ではなく、非公開でもいい全員協議会の提案ですか? ハハ、ここまで予想通りだと逆に驚きますね」
楽しそうに話す高橋に、片桐は少しムッとしながら返答する。
「この亜人問題は、絶対に一時的な騒ぎでは終わりません。市全体の根幹に関わる重大な課題です。市長は市議会の承認を待たず勝手に判断されて発表しました。説明責任を果たしてください」
「先にこの場で簡潔に説明します。市議の中には、亜人のおかげで一財産築いて、それを元手に立候補して当選した者がいる。逆に昔、ダンジョンで争っていた時、亜人に家族を殺された者もいる。そして亜人に家族を殺された後に、亜人のおかげで財産を沢山築いたなんて市議もいる。さらに市民の中にも、そういった背景を持つ人間は数多くいる。そんな利害や感情が絡み合って、長い間、誰も真正面から向き合おうとしなかったのが、この問題です。だからこそ正面から向き合うきっかけを作ろうと思いましてね」
「市長、そのやり方は無理を生んでいます。多くの市民はまだ心の整理がついていません」
「勿論、1回の話し合いだけで解決するとは思っていません。ですが、問題を直視するための第一歩にはなるはずです。それができれば十分な進展です」
意外なことに、片桐は微笑みながら、言葉を返した。
「市長、アナタはこの問題をきっかけに、亜人たちの労働条件を向上させて、もっと密接な関係を築こうとしているとお考えなのでしょう?」
「はい。その通りです。亜人たちの存在は市にとって非常に重要ですし、彼らの権利を守ることが、結果的に市全体の発展に繋がると信じています」
「私の考えは逆です。亜人は私たちとは違う存在です。深く関わると今回のような軋轢を生みます。お互いのためにも、干渉しないことが最良だと思います。しかしそう言った議論は、ダンジョンがあるどの自治体でも行われたことがありません。国会でも議題にあがりません。それを備後市で最初に公の議題にする事は非常に大きな一歩だと思います」
「やはり議員には分かって頂けましたか! 備後市が率先して新しい道を切り開くんです!」
冷静に頷きながら、片桐は言葉を続ける。
「それはともかく、現在、ネットや現場で活発化している亜人へのヘイトはどう対処するおつもりですか? 私と市長のどちらが正しいにせよ、この状況は放置できません。先ほど副市長には一時のものだと市長は言っていましたが、現状を見る限りでは、早々に治まるとは思えません」
「そうなんですか!?」
片桐の言葉を聞いて驚くふたばを横目に、高橋は微笑みながら冷静に言葉を返した。
「いえ、一時のものですよ。これは僕が火をつけた炎上です。消す方法はしっかりと用意しています」
「どのようなことをされるのか、楽しみにしています」
一層深くなった片桐の笑みを見ながら、高橋は静かに頷いた。




