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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第2章 ダンジョンの中に企業を誘致しようとしたら面倒なのに絡まれた
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第31話 オークやリザードマンと業務委託料の交渉をする高橋

「し、市長、わ、私、正直とても怖いです。ダンジョン内での勤務経験はありますが、その、1階層だったんで……あの人達に接触することは初めてなので不安で…」


「君が怖がるのもわかる。でも俺になにかあった時、副市長の君が彼らと交渉できるようになっておかないといけない。だから今のうちに慣れておく必要があるんだよ」


 ジャーニー井高との騒動から数日後。高橋はふたばを連れ立ってダンジョン1階層に来ていた。

 表向きにはダンジョン開発状況の視察と発表している。だが本当の目的は非公式に今回の開発に協力してくれている彼らと会合を開くことだった。


「ついたよ、ふたば君」


「は、はい」


 会合場所のダンジョン観測小屋につくと、待機していた職員がすぐに出迎えた。


「待っていました。皆さんもう来られています」


 中に入ると、そこにはコボルト族、リザードマン族、オーク族の代表者たちが揃って座っていた。


「皆さん、本日は33階層の亜人居住地区から1階層までご足労頂き、ありがとうございます」


「市からの要請は、今まで仲介者を通して伝えられていた。だが、今回は市長直々会いに来てくれたのだ。こちらも礼を尽くさねばいけないだろう」


「オレたちは全員顔見知りなんだぜ。そんな言葉づかいはよしてくれねえか?」


「デモ、キテダイジョブダッタ? ココ、ニンゲンオオイ」


「安心してくれ、今回の会合は非公式だ。外には漏れないようにしているよ」


 落ち着いた高橋は、砕けた口調で返答する。

 そんな中、オーク族の代表が軽く眉をひそめながら口を開く。


「タカハシ、コッチノオンナノコハ?」


「ああ。紹介する。彼女は名越ふたば君、副市長だ。俺になにかあったら、彼女が君たちと交渉を進めることになる」


 緊張した表情で、ふたばが一歩前に出て挨拶をする。


「は、初めまして……名越ふたばと申します。副市長として市長を補佐しています。よろしくお願いします」


「ふたばくん。大丈夫だよ。彼らは友好的な亜人部族の代表だ。怖がらなくてもいい。」


 高橋は彼女が感じている不安を理解していた。ふたばのように、初めて向き合う者にとって、亜人たちは恐怖の存在でしかない。

 高度経済長期の終わりにダンジョンが日本各地に出現した後、亜人たちは各ダンジョンを支配していたダンジョンマスターの指示のもと、人間と激しい戦闘を繰り広げていた。勿論、備後市も例外ではなかった。

 しかし、ダンジョンマスターが討伐されると、亜人たちは急速に弱体化。その後、多くの亜人たちが共存共栄を模索し始めた。

 現在はそれぞれダンジョンで様々な部族が見返りを得る形で、ダンジョン産業に多大な貢献をしている。これは日本国内のダンジョンとダンジョンがある自治体全てに共通する事である。

 備後市でも1981年にダンジョンマスターが討伐されてからは、亜人とはこの様な関係を維持している。

 特に他の自治体に比べて、とてもダンジョン規制が厳しい備後市では、彼らの協力がなくしては、全てのダンジョンに関わる業種が現状成り立たない。

 だが、亜人は過去の戦いの記憶が人々から無くなる訳ではない。さらにダンジョンという普通な人が立ち寄らない限られた異質な場所で、人間とは異なる文化や価値観を持って生活している。

 そのため市外のダンジョン産業に関わっていない人々や、苦い記憶を持つ市民達からは強い恐怖と憎悪の対象になっている。

 その感情を考慮して、民間の個人や法人が亜人に協力を依頼する場合も、公にすることは避ける傾向が強い。

 さらに行政の場合は政治的な責任を追及されるリスクもあり、公文書に記録を残さない形で非公式に協力が進められることが常態化していた。


「じゃあ、まず俺が出向いた理由を説明するわ。この前、渡したゆっくり解説動画を見てもらえば分かるけど、今回の要請は今までとは規模が段違いだ。さらに作業場所は1階層、ダンジョン関係の業種に従事する以外の人間も頻繁に行き交う場所だ。そういった人間達が皆を見てしまったら、亜人への偏見や誤解が広がってしまう危険がある。つまり皆には亜人だとバレないように作業をしてもらわないといけない。つまり非常にめんどくさいことを頼むんだ。市長が直接頼みに来なきゃ誠意が伝わらないだろ」


「ゆ、ゆっくり解説動画を、皆さん知ってるんですか!?」


「ああ、こいつらには文字っていうものが無いからね。人間と交流を始めて読める奴も増えてきたけど、まだまだ読めない奴が大多数なんだ。だから映像で説明するのが一番確実なんだよ」


「今までの市から要請は、代理でやって来た奴が紙を読み上げてたからな。動画でもらって本当に助かったぜ」


「後から見返すこともできるしな」


 リザードマン族の代表とコボルト族の代表が、満足気につぶやいた。


「というか動画が見れる環境なんですか?」


 そう、ふたばは聞きたかった。だが高橋と3人の代表者が、こみいった話を始めてしまったため、すっかりタイミングを失ってしまった。


「さて、本題に戻ろう。高橋、お前が出してきた提案に問題はない。我々も人間からの仕事を失ってしまうと困るからな。配慮してくれてありがとう」


「だがよお。めんどくせえことが色々増えてるのに、この報酬じゃあ割に合わねえな」


「……いつもの市からの依頼料よりも色はつけているぞ」


「ソレデモスクナイ」


「……分かった。もう少し頑張ってみよう。希望金額はいくらだ?」


「ニンゲンノ、サギョウインナミノ、キンガク」


「普段の仕事ならこの金額でも嬉しいんだが、今回はそれくらい欲しいな。俺たちの得意分野での働きは、お前も知っている通り人間以上だ。それくらい払っても損はしねえんじゃねえのか?」


「俺たちは自分の立場をわきまえている。選挙権や日本国籍を要求したり、人間並みの社会保障を求めたりとか、そんな大それたことはしない。でも、今回だけ、これ位なら良いだろう?」


「……市は予算不足でな」


「これくらい増やしても、予算全体からしたら屁みたいなもんじゃねえか」


「……ハッキリ言う。お前らに人間の作業員並みの賃金を支払えば、亜人ヘイトが市内外で活発化する恐れがある。そうなったら今後の依頼が厳しくなる」


 3人の代表者たちはしばらく沈黙し、互いに目線を交わした後、コボルト族の代表が口を開いた。


「俺たちの存在はバレないように、今回も記録には残さないつもりなんだろう? だったらそれがバレる事はないんじゃないか?」

「……」


 オーク族の代表も続けて口を開く。


「ダマッタチャワカラナイ。タカハシヘンジシテ」

 

 オーク族の代表の言葉に、リザードマン族の代表はさらに強く言葉を返した。


「俺は高橋の言うことに賛成だな。記録に残さなくても、現場で誰かが金の話を人間に漏らしたらどうするんだ? そうなったらあっという間に広がっちまう」


「……オレハソンナコトシナイ」


「お前がしなくても、今回の現場で俺たちの種族が何匹働くことになるって思ってんだ? その中には人間と一緒に作業して仲良くなる奴が絶対にいる。そうなったら口を滑らせる奴が出ねえ方がおかしいぞ」


「オレタチノシュゾクハ、コミュショウ。ニンゲントハ、ナカヨクナレナイ」


「ほう。お前今まで仕事で人間と関わって仲良くならなかったこと一度もないのか? そもそも仲良くなれないなら、なんで今ここで高橋と話してるんだ?」


「……ナカヨクナッタニンゲンハ、オカネノコト、バラシタリナンカシナイ」


「アホか。表面上は仲良くなっても、心の底は分かんねえだろうが。そんなのも沢山見てきただろう。もっと言えば俺たちの種族で、人間のことを恨んでたり、敵対心を持ってる奴は1人もいねえのか? そんなことねえだろうが」


  2人のやり取りに緊張が高まる中、コボルト族の代表が割り込んだ。


「高橋、お前の気持ちは分かった。今回はこの報酬で、俺たちは仕事をするよ。だが、今後はもう少しこちらの意見も反映されるとありがたい。……それでいいな」


 言い終えた後、コボルト族の代表はチラリとオーク族の代表に視線を移す。オーク族の代表は無言で頷いた。


「すまない、本当にすまない……」


 ダンジョン配信者をしていた時、亜人たちには何度も助けられた。本心で言えば人間並みの報酬を払いたい。しかし、そんな事をすれば、亜人に対して偏見を持つ者達がヘイトクライムを引き起こす事は目に見えていた。いや、亜人が開発に関わっていることが公になるだけでも亜人に対するヘイトは高まる。もしそうなったら、今回のダンジョン開発が頓挫するだけではなく、今まで、行政や民間でお願いし続けていた仕事を継続させる事すら難しくなる。

高橋は複雑な思いを抱きながら、深々と頭を下げた。





亜人撲滅@no_monsters_in_city

亜人がダンジョン開発に参加!?あり得ない!こいつらは人間の敵だぞ!


#高橋市長辞めろ #亜人撲滅



怪物はいらない@no_to_monsters

亜人なんて人間を脅かす存在だ!そんな奴らをダンジョン開発に加えるなんて、市長は完全に狂ってる!このままでは街が奴らの手に落ちるぞ!


#亜人追放 #高橋辞職しろ


亜人駆除団@anti_apeman_force

亜人がダンジョン開発に関わっているだって? 市の税金をなんだと思ってる!

備後市民は高橋をリコールしろ!


#高橋市長辞めろ #人間の未来を守れ



日本人の未来を守る会@human_only_future

高橋市長は亜人に街を売り渡した!  我々の土地を守らなければ、次は子供たちの未来が奪われるぞ!


#高橋市長辞めろ #亜人の支配を阻止 #備後市に亜人はいらない


「し、市長大変です! どこからか分かりませんが情報が漏れています。既に×は大炎上しています。こ、このままでは最悪、マジックアグリカルチャーの企業誘致、及びそれを目玉にしたダンジョン観光事業が白紙になってしまうかもしれません!」


 今にも泣き出しそうな顔で、ふたばが市長室に駆け込んできた。

 会合から数日後。熊森たちの騒動で中断していた工事現場の再開が明日には予定されている。

 それに合わせて、亜人の作業員も追加で配置される予定だ。

 そんな大事な日の前日に、炎上は発生した。

 一方、高橋は憑き物がとれたような表情を浮かべていた。


「ふたば君、まずは落ち着ていくれ。だいたいの状況は分かっている」


「し、市長、いったいどこから情報が漏れたのでしょうか?」


「どこから漏れたかは分からないが、バラしているのは市外の人間だろうね」


「どうして、そう思うんですか?」


「市内の人間なら亜人を嫌っている人間も含めて、こんな当たり前の事で騒ぐことはない。だが、自治体が亜人に仕事を頼んでいるなんて、ダンジョンと関わりがない土地の人間にとってはショックが大きい。だから、それをどこからか聞いた奴が、インプ目的で広めたんだろう」


「ど、どうやって拡散を止めましょうか?」


「SNSは色んなものを可視化して瞬時に広める。しかも論破王って呼ばれてバスっている俺が市長をしている自治体での話だ。そんなのは不可能だよ」


 絶望の淵に落ちた表情を浮かべるふたばに、高橋は優しく語り掛ける。


「ふたば君、今、俺は心のモヤモヤがとれて清々している。今までは亜人たちへの偏見やヘイトを恐れて彼らを隠しながら仕事を進めてきたわけだ。でも、もう情報が漏れてしまったから、恐れるものは無くなったからね」


「な、なにをするつもりなんですか?」


「今回の炎上を利用して、亜人たちの労働条件や権利向上を正面から議論し、改善を進める。そして彼らの存在を公に認知させるための条例整備を進めていく」


「そ、そんないくらなんでも、リスクが大きすぎます」


「俺を含めて、ダンジョン関係の仕事していた奴で亜人に助けられた事ない奴はいないよ。今こそ、その事実を表に出す時だ。日本全国から注目を浴びるだろうから、今回の開発計画の宣伝にもなる。今日ちょうど定例記者会見があるから、そこで発表しよう」


 高橋の決断は大きな衝撃を与え、記者会見は全国のメディアに取り上げられる。

これにより、亜人の権利問題が一気に世間の注目を集めることとなる。

そしてこの動きは、ダンジョンを抱える各自治体に波及し、亜人人権運動の発端になる。だがそれはまだまだ先の話である。

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