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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第2章 ダンジョンの中に企業を誘致しようとしたら面倒なのに絡まれた
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第29話 モンスター愛護おばちゃんのざまぁな末路

モンスター命を守ろう@monster_love_protect

ダスクワームを守るために戦ってくれてありがとう! 真実は必ず明らかになります!

高橋市長のモンスターを犠牲にする街づくりは許せない!


#高橋市長辞めろ #正義の熊森 #モンスター保護 #高橋市長退陣要求



「ほら、私を応援してる人はまだこんなにいるのよ。この事務所に嫌がらせしてくる奴らなんて世の中の少数派よ!」


 協会の×アカウントに1つだけついた応援コメントを見て、熊森はまだ大丈夫だと思い込んでいた。

 それを団体員にも自慢気に見せていたそのとき――


 窓ガラスが、大きな音をたてて割れる。

投げ込まれた石は床に転がった。


「死ね、熊森!」


「モンスター愛護団体を名乗るな! 恥を知れ!」


 外からは石を投げ込んだ連中の、激しい罵声が飛んでくる。


「なによ! ふざけんじゃないわよ!」


 割れた窓から顔を出した瞬間、熊森の顔に腐った卵が直撃した。


「く、臭い! 何よこれ!」


 多額の保釈金を支払い釈放された熊森だが、そこからが地獄だった。

 毎日のようにポストには脅迫状が投げ込まれ、いたずら電話は止むことなく続いた。

 熊森や団体の名を騙り無断で注文された出前や宅配も、ひっきになしに事務所に届いた。

 耐えかねて事務所の電話線を切断し、郵便物の受け取りを停止する手続きもした。

 だが最近では、こうした嫌がらせの数々は、事務所だけでなく自宅にも及んでいる。

 顔にこびりついた腐った卵を拭いながら、激しく顔を歪めて熊森は怒鳴る。


「あれもこれも、みんな何もかも、高橋のせいよ!」


 高橋は論戦で熊森に負けているにも関わらず、事実とは異なる印象操作を目的としたLIVE配信を行った。それだけでは飽き足らず、熊森が不本意にも気づかないうちに、モンスターちゃんに暴力を振るってしまうという卑劣で恐ろしい罠を仕掛けた。

挙げ句、警察と癒着して強引な手口で無理矢理逮捕し、マスコミとも結託して、熊森を貶める嘘の情報も流している。

さらにネット工作員を使って、SNSを中心に世論を熊森に不利な方向に誘導している。

 悔しいことに、こういった印象操作や情報操作の効果は抜群で、熊森とモンスター保護協会は窮地に立たされていた。


「この恨み、絶対に晴らしてやるわ! 今に見てなさいよ、高橋!」


「無理ですよ。あっちこっちから裁判起こされて、もう資金はありません」


 団体員は疲れた表情で熊森に冷たく言い放った。


「そんなことじゃダメよ! モンスターちゃん達を守るために戦わなきゃ!」


「今日で最後にします。元々ボランティアだったのに、これ以上はやってられませんよ……」


 団体員はそう言って、立ち去った。

 事件以降、団体員は次々と辞めていった。

 わずかに残った者もいるが、組織の運営はほぼ不可能な状態だった。


「許さないわよ! 高橋!」


 熊森が大声で怒鳴った瞬間、ポケットのスマホが鳴る。

 画面を確認すると、定期的に多額の寄付をしてくれるモンスター愛護精神に溢れた素晴らしい支援者の方からだった。

今回の保釈金も、この支援者が支払ってくれた。

 笑顔を作りながら熊森は電話に出る。


「もしもし。先日は当団体に、多大なご寄付を頂きありがとうございました。こちらが無ければ保釈金を払うことはできませんでした」


「いえいえ、お力になれて嬉しい限りです。それで、熊森代表、聞いたところによると、裁判が立て込んでいるようですね? 対応は大丈夫ですか?」


「恥ずかしい話ですが、資金不足でして……」


 こいつはいつも、多額の寄付をしてくれている。

 今回もかなりの金額を援助してくれるに違いない。

 これで高橋に復讐する目途がつく。

 熊森は期待に胸を膨らませながら、返事を待った。


「申し訳ありません。今回は少し事情がありまして。寄付には条件をつけさせて頂いてもよろしいでしょうか?」


「条件!? なんですかそれ!? どうして急に条件なんて!? 今まではそんなことなかったじゃないですか!」


 予想だにしない言葉に、熊森は慌てた。


「まあまあ、その条件もアナタには悪いものではないと思いますよ。お話だけでも聞いていただけませんか?」


 不満を抱きながらも、熊森は耳を傾けた。


「……ぐふふ。本当ですか? それが条件なんですか?」


「そうです。もしこちらをお約束頂けるなら、アナタがこの状況から脱出できるように最大限の協力をします。」


「こちらの方からお願いしたいくらいですよ! だってその条件だと、高橋の薄汚い野望を打ち砕けるじゃないですか!」


「ただ、この条件が必要になる状況になるかはまだ分かりません。その点、大丈夫でしょうか? その場合でも、寄付は滞りなく行います」


「ぐふふ、感謝の言葉もありません」


 スマホを強く握りしめながら、熊森は歪んだ笑みを浮かべた。



「……俺みたいな底辺ダンジョン配信者上がりが、こんな所にいていいのかな?」


 熊森がダンジョンで引き起こした事件から1週間後。東京で開催されるダンジョン自治体交流会議に高橋は出席していた。

 この会議は1年に1回、日本国内に10か所あるダンジョンを抱える自治体の首長が一堂に会し、ダンジョン運営に関する課題や成功事例、各地の取り組みをなど共有し、今後の方向性を話し合う重要な場だ。

そう聞くと聞こえはいいが、会議中で取り上げられる多くの議題は、抽象的で実務に直結しないものばかりだった。高橋にとって非常に退屈な内容だったため、会議中ずっと黙って聞き役に徹していた。

 会議が終了すると、懇親のための立食パーティーの会場に移動した。

高橋はここでも、雰囲気に溶け込むことができず、1人で黙々と食事をしていた。


(……本当に形式ばかりで、実りがない会議だな。まあ、こういうのも大事なんだろうが)


  追加の料理を取ろうとした時、後ろから声を掛けられた。


「高橋君、久しぶりだねえ。会議中はずっと黙っていたけど、どうしたんだい?」


 声の主はダンジョン配信者として駆け出しの頃、遠征でお世話になった長野県浅間山町役場のダンジョン管理課の職員さんだった。


「お久しぶりですねえ! お会いしたのはずいぶん前なのに、僕のこと覚えてくれてて嬉しいです!」


「いや、ずっと忘れてたよ。でも最近、君は論破王とか呼ばれてて、すごく話題になってるじゃないか! それで思い出したんだ!」


「でもどうして今日はここにいるんですか?」


「もう随分前に町議選に立候補するために退職したんだ。それから何年か経って、町長選に出馬したら、当選をしちゃってね。それで今日はこの会議に参加してるってわけさ」


「おめでとうございます。しかし職員さんの事を見ていると、あの時のことを思い出しちゃいますよ」


「私も覚えてるよ。あれは大変だったねえ」


 懐かしい話に花を咲かせていると、今度は別の人物から声を掛けられた。


「あれ、牟田町長、高橋市長とお知り合いだったんですか?」


「そうなんですよ、昔からの付き合いで」


「こちらの方は?」


「申し遅れました。私、熊本県清正市の市長をしている加藤と申します」


「僕のことをご存じなんですか?」


「ハハハ、今話題の論破王を知らない方がおかしいですよ。会議中は退屈でしたか?」


「い、いやそんな事は……」


「隠さなくても大丈夫ですよ。ここにいる多くの首長が同じ事を感じていますから。だから毎回改善するようにとは言ってるんですが……」


 様々な話題を和やかに交わし、場の雰囲気にも少しずつ慣れていった。

 しばらくすると、前方からまた1人の男が近づいてきた。


「初めまして高橋市長。お会いできて光栄です」


「こちこそ。石神市長にまで、顔と名前を覚えて頂いて恐縮です」


「おや、私のことを知ってるんですか?」


「配信業をしていた人間なら、誰でも知っていますよ」


 広島県毛利市の市長、石神信弘。メガバンクに入行し、海外勤務経験を持つエリートだ。38歳で銀行を退職後、地元である毛利市の市長選に出馬して当選。

議会との激しい対立と、強引な市政運営が地元では物議を醸している。

その一方、ネットの世界では独特のカリスマ性を持ち、熱狂的な支持者を集めていた。


(そして、俺の前に論破王とネットで騒がれていた市長……)


 高橋は少し緊張しながらも笑顔を作り、石神と談笑をする。


「高橋市長、これからも一緒に日本のダンジョン運営を盛り上げていきましょう」


「……ハハ。もちろんです」


 初対面なのに、ぐいぐいと距離を詰めてくる石神に、内心ドン引きしながら話を続けた。


「ところで高橋市長、先日のモンスター愛護団体との騒動、大変でしたね」


「はい。ダンジョン探索業を営んでいる市民にも被害が出てしまい情けない限りですよ」


「この騒動は農業法人マジックアグリカルチャーの企業誘致が、端を発していると聞いたのですが?」


「ええ。企業誘致に伴って、宅地開発も進めていたんですが、開発が始まった途端、モンスター愛護団体が大騒ぎし始めたんです。……その後は、市が委託している工事業者や探索業者に対して徹底的な妨害行動をしてきていましたね」


「それは大変でしたね。もしよろしければ、マジックアグリカルチャーを誘致するにあたって、どんなダンジョン開発計画をお考えなのかを教えていただけますか?」


「開発計画ですか? そんな大げさなものではないんですが……」


「興味があるので、ぜひ教えてください」


「分かりました。それなら……」


 自慢をするようで少し気が引けたが、話すことにした。


「ご存じかと思いますが、マジックアグリカルチャーは探索業者の防具に使用する繊維や、それを染色する染料の元となる魔法植物を栽培している農業法人です。この分野ではで同社は世界一を誇ります。この度、同社は我が市のダンジョンで、国内では初となる魔法植物を栽培する農場を開設する予定です。この農場は、単なる生産拠点としてではなく、観光地としての利用も計画しています」


「農場を観光地にですか!? 興味深い!」


「ええ。魔法植物の農場といえば特殊なイメージがありますが、ようするに花畑です。魔法植物を、一般の人が目にする機会はほとんどありません。それを観光の目玉にするんです。栽培する農場の面積も広大で、取り扱う花の種類も多岐にわたります。訪れる人たちは美しい景色と共に、魔法植物の神秘的な力も体感できると思います」


「なるほど。他に計画されていることはありますか?」


「花畑のすぐ側に道の駅を設置予定です。こちらもダンジョン内に設けるのは初の試みですね。観光客だけでなく、地元の産業や特産品を紹介・販売する場所としても役立てるつもりです。今確定しているのはこれくらいですね」

「ご丁寧にありがとうございました」


 石神は満足気に笑みを浮かべながら立ち去った。


(なんで笑ってんだ? マジックアグリカルチャーの誘致に横やり入れるつもりか? まあ、色んな状況を考えてウチが圧倒的に有利だから別に良いんだけど)


 高橋は少し警戒しながら、石神の背中を見送った。

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