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底辺ダンジョン配信者高橋、売名のために出た選挙で市長になる。  作者: 松本生花店
第1章 間違えて市長になったら初めてバズった
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第4話 初めての議会で全員論破

「ただいまより、令和X年6月第1回備後市議会定例会を開会いたします。本日の出席議員数は23名、定数に達しておりますので、これより議事を進めて参ります。それではまず、高橋新市長より所信表明を賜ります。高橋市長、どうぞお願いいたします」


 市議会初日、議長に促された高橋は壇上立ち、用意した演説の原稿を読み上げ始めた。


「議員、職員の皆様、そして市民の皆様、おはようございます。初めに、この場で私の所信表明をさせていただく機会をいただき、深く感謝申し上げます。それではこれより、市長としての私のビジョンをお伝えさせて頂きます」


 所信表明演説とは、新たに就任した市長が、自身の政策方針やビジョンを市議会や市民に対して明示するための重要な演説である。

 とは言っても、政治のことがよく分からない高橋には、政策方針やビジョンなどない。もっと言ってしまえば、この後に行われる予算審議に向けて準備をしていたので、ろくに所信表明の原稿を練る暇はなかった。

 なので、自信に満ちた姿勢と力強い口調で誤魔化しながら、はったりで演説するしかない。


(俺含めた備後市民ならほとんどの奴が思ってる事に、ネットとかで色々調べた知識をつけ足した寄せ集めの原稿だけけど、無難には乗り切れるだろう)


 眠い目を擦って心の中でボヤキつつ、さらに原稿を読み進めた。


「備後市の自治体としての力は、日を追うごとにどんどん弱くなっています。少子高齢化に伴い、市の自主財源は減少する一方で、高齢者福祉やインフラの維持管理費用が増加しており、国や県からの補助金への依存度が高まっています。このままでは、将来的に自治体としての運営が困難になることは誰がどう見ても明らかです」


 壇上から市議たちを見渡す。高橋の発した言葉を聞いた瞬間、大半の議員が険しい表情で敵意に満ちた視線を向けてきた。

 

(なにキレてんだよ。めんどくせえ。まあ良いか。ほっといて次読むか)


「さてどうしてこの様なことになっているのか? それはお金がないからです。お金がないからこそ備後市の経済産業は停滞し、若年層の流出と中小企業の閉鎖が相次いでいます。お金がないからこそ備後市の医療や社会福祉は満足なサービスを提供できず、介護施設の不足や医療機関の負担増が深刻な問題となっています。道路などのインフラの老朽化は深刻で市民生活に悪影響を及ぼしておりますが、お金がないために必要な修繕や改善が行われていません。お金がない弊害は子育てや教育にも出ています。給食費の無料化やオムツのサブスクといった、最近ではどこの自治体でも行っていることができていません」


「キイイイ! 知ったような事を素人の若造が話すな!」


「そうだ! 備後市には備後市のやり方がある! 何が悪い!」


 ブチギレている藤吉と天地が汚い言葉をこちらに飛ばして来た。だが、構っている暇はないので、無視して続ける。


「どれも深刻な問題です。しかし解決する方法は簡単です。自主財源、つまり市独自で稼げる税収を増やし、備後市を儲かる街に変えれば良いだけの話です。理屈では分かっていても、実行するのは難しいと思われる方が大半だと思います。しかし備後市にはダンジョンという特別な資源があります」


「またダンジョン頼みかよ!」


「お前ら素人は、いつもこれだ!」


 今度は大半の市議たちが野次を飛ばして来た。創政フォーラムの議員だけかと思ったが、どうやらそうでも無いようだ。


(まあ、創政フォーラムは一番でかい会派だから、他の市議にも影響力があるのは当然か)


 冷ややかな目で議場を見渡しながら、高橋は原稿を読み続ける。


「ダンジョンは大変希少な様々資源が溢れる場所で、世界中にごくわずかしかありません。他国より多いと言われる日本にも、わずか10カ所しか存在しません。その中でも備後市のダンジョンは世界的にトップクラスの階層数と階層面積を誇り、採掘される資源は多岐にわたります。また、生息するモンスターの種類は世界でも3本の指に入るほど多様であり、討伐して得られる素材は日本では群を抜いて豊富です。また観光資源としてもダンジョンは大きなポテンシャルを持ったものです」


「小橋みたいなことを言いやがって!」


「知った風な口を聞くな! 消えろ!」


「幻想を抱くな! 現実を見ろ!」


 野次がどんどん激しくなる中、議長が議場を静めるために声を上げる。


「静粛に!」


 一時的に静かになった議場を見渡しながら、高橋は続ける。


「実際、ダンジョンを持つ他の自治体が、それを活用して経済的に成功した事例は多数あります。しかし備後市はそのポテンシャルを十分に活かせていません。他の自治体より厳しい規制と制約があり、ダンジョン資源の活用が進んでいないのです。そのために先ほど述べたような問題が近隣の市町村よりも深刻化し、自治体として消滅する道を歩んでいます。それを打破し、未来を切り開くために私は市長に就任しました。どうぞよろしくお願い申し上げます」


 全ての原稿を読み終えた、高橋は議場に向かって一礼する。


「引っ込め!」


「夢みたいなこと言いやがって!」


「今までの市政を否定するのか!」


それと同時に、再び口汚い野次が向かってきた。


(んだよ。必死に考えて来たのによ)


 イラついた高橋は、野次を飛ばしてくる市議たちを吊るし上げて黙らせることにした。


(タチが悪いリスナーはこうやって懲らしめるのが一番だからな)


「若造が知った風な口を聞くな!」


 まずは高圧的に怒鳴ってきた藤吉を、潰すことにする。


「普段は若者は、もっと政治に参加するべきだとか絶対言ってますよね? それで意見を言ったら反対するんですか。まあ、僕35歳なんで若くないですけど」


「そ、そんなのは、時と場合によるんだ!」


「キイイイ! 素人め! ダンジョンの危険性は考えたのか?」


 次にヒステリックに叫ぶ天地を、黙らせることにする。


「私は15年以上活動しているダンジョン配信です。キャリアが長いですからダンジョンに関しては詳しいですよ。ところで天地議員は、一度でもダンジョンの現場に来られたことはありますか?」


「キイイイ! 一度もないが、だからなんだ? なにが悪い!?」


 他にもやかましい市議が大勢いるので、1人づつ釘を刺していく。


「こんな夢物語に、市の金を使うなんて無責任だ!」


「先ほどの話は聞きましたか? 他の自治体では成功しているところもあるんです。備後市だけ夢物語である理由を教えてください」


「そ、それは……」


「資源を活用すると言ってるが、現状の規制をどうするつもりだ!」


「はい。勿論、条例を改正いたします。我が市のダンジョン規制は他の自治体に比べてあまりにも厳しすぎます。それが資源の活用を妨げ、経済成長を阻んでいる要因です。お伺いしますが、このまま厳しい規制を続けて、自治体の衰退を見過ごすおつもりですか?」


「そ、そんなことは……しかし、安全と環境を考えれば、規制緩和は……」


「現実を見ろ! ダンジョンだけじゃ解決しない!」


「はい、解決するのはお金です。それをダンジョンを利用して稼ぐんです。他に税収を増やすなにか具体的な提案はありますか?」


「……」


「市民の安全を、どう守るつもりだ!」


「はい、我が市のダンジョン観測システムは、予算不足を理由に他の自治体より大幅に遅れていますので、勿論強化いたします」


「ほ、本当に、予算がないんだから仕方ないだろ……」


「資源の枯渇が心配だ!」


「備後市のダンジョンは他の自治体より厳しい採掘制限を設けておりますので、資源は持続可能です。そのような事もご存じないのですか?」


「し、し、知っていたぞ! あえてお前を試したんだ!」


「か、観光だけに頼るのは危険だ!」


「先ほどのお話を聞いていましたか? 観光だけには頼りません。ダンジョン資源を包括的に活用します。どの様なことをするかは今後具体的に提案します」


「ご、ご、誤魔化すな……」


 耳の神経を集中させて内容を聞き分けながら、次々と指を差して反論していく。市議たちは1人、また1人と黙り込み、徐々に議会は静かになっていく。だがそれを突き破るかのように、ひと際大きい声が耳に入ってきた。


「無知な若造に教えてやる! 備後市は今、小橋のアホのせいで、財政難なのだ! 投資などやる余裕はない!」


 藤吉が再び意気揚々と吠え散らかしてきた。

 鬱陶しいので、先ほどよりきつめにしめておくことにする。


「前市長から引き継いだ財務諸表を見た感想をお伝えさせて頂きます。確かに経常収支比率は高い状態になっています。しかし財政力指数は前市長以前より若干ですが改善しています。適切な再編を行えばさらなる投資余力を生み出すことが可能です。むしろ、今が改善の好機です。その為の補正予算案になります。ベテラン議員である藤吉議員ならばそれくらいお分かりになると思ったのですが」


「素人の若造が! どこかで聞きかじっただけの言葉を並べておいてふざけるな! 意味をちゃんと分かってから言え!」


「経常収支比率はとは日々の運営にかかる維持費用。財政力指数は、自治体がどれだけ自分の力でお金を稼げているかを示す指標ですよね? 聞きますがどうして私がこの2つの言葉を知らないと決めつけることができたのですか? 藤吉議員は超能力か予知能力をお持ちなのでしょうか?」


「お、お、お、お前が本当に知っているかどうかをあえて確かめたのだ!」


「その割には頭から決めつけているような言葉に感じ取れたのですが?」


「だ、だ、だ、黙れ! 黙れ! 黙れ……だま……」


 藤吉の声は徐々に小さくなっていき、議会は完全な静寂に包まれる。


「以上をもちまして午前の審議を終了いたします。午後の審議は13時から再開いたしますので、よろしくお願いいたします」


 議長の言葉を聞いた高橋は、市長室で仮眠をとるために議場を後にした。



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