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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第2章 ダンジョンの中に企業を誘致しようとしたら面倒なのに絡まれた
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第25話 【悲報】モンスター愛護団体暴走する

「よし、毛皮は俺がもらうぞ」


「じゃあ骨は俺にくれ。お前はなにがいる?」


「俺は狩猟業者じゃなくて配信者だからな。討伐映像を独占配信させてくれれば、それでいい」


 先日の事故の影響で工事は中断されたものの、ダンジョン探索は続行されていた。

 探索業者たちはチームを組み慎重にモンスターを追い詰めていたが、突然、頭上に液体が降ってきた。


「うわ! なんだこれ!?」


「く、臭せえぞ。うんこの臭いだ」


 糞尿とペンキが混ざったであろう液体が、崖の上から撒かれ身体中に付着した。

 なにごとかと思い、崖の上を見上げると"モンスターを殺すな"と書かれた横断幕を掲げた集団が立っていた。


「モンスターの命を奪う事は許さないぞ!」


「モンスターは人間の道具じゃない!」


「虐殺をやめろ!」


 抗議者たちは叫びながら、3人に向かってさらに液体を撒き続ける。


「てめえら、この前、事故を引き起こした奴らか!?」


「仕事の邪魔しやがって! なんのつもりだ!?」


「あいつら、もう勘弁ならねえ!」


 怒りを抑えきれない探探索業者の1人が崖を駆け上がろうとすると、抗議者たちは素早く逃げていった。



「ど、同様の被害が何度も報告され、市役所には対応を求める声が殺到しています。公開で話し合いの場を設けると、先方には何度も連絡しているのですが、現在までなんの返答もありません」


「引き続き話し合いを呼びかけながら、詳細な情報を警察に提供し続けてくれ」


 高橋の返答に、ふたばは険しい表情で口を開く。


「……そ、率直に申し上げまして、対応が甘すぎます! もっと強硬な手段をとってください!」


「ふたば君、ダンジョンは日本に全部で10カ所ある。そんな中でどうしてこの団体は、備後市のダンジョンにばかり集中して、騒ぎを起こしていると思う?」


「し、市長の知名度に便乗して注目を集めようとしているんだと思います」


「ああ。不本意な事に俺は今、論破王とか言われてネットでバズっている。だから俺が市長をしている備後市のダンジョンで騒ぎを起こせば多くの人の目に止まる。もしここで派手に反応すれば、それこそ団体の狙い通りだ。だから今は粛々と静かに対応しなくちゃいけない」


「で、ですが、これ以上被害が出れば、市長の進退問題にも発展してしまいます。やはり強硬手段に出るべきです」


「このまま団体を放置して、信用と面子が傷つくのは俺だけじゃない」


「他に誰かいるんですか?」


「警察さ」


 高橋はスマホを取り出し、モンスター保護協会がダンジョンで探索業者の活動を妨害している動画をふたばに見せる。


「器物損壊、傷害、暴行、威力業務妨害、奴らは沢山の犯罪を重ね続けている。そしてその様子をネットで堂々と配信している。先日、備後警察署の署長と話したけど、署にもクレームが沢山来ているらしい。団体の本部がある兵庫県の警察署と連携して、数日以内には動くと断言していたよ」


 ここまで話したとき、市長室のドアがノックされた。


「失礼します。話し込んでいましたので、ドアの前で立ち聞きしてしまいました。中に入ってもよろしいですか?」


「すみません、片桐議員。お待たせしました」


 ソファーに座った片桐は、皮肉めいた笑みを浮かべながら口を開く。


「若い子には、長い時間をかけて丁寧な説明をされるのですね」


「あ?いや、その……ふたば君とはそういう関係では……」


「市長の個人的なことに口を挟むつもりはありませんので、ご心配なく」


 ソファーに座った片桐は、微笑を浮かべながらも鋭い視線をふたばに向けている。


(議員にとって俺はハニートラップの標的だからなあ。ふたばくんがその障害になってるって誤解してるよ。……どうしようかね。これ?)


 心の中で冷や汗をかきながら、片桐への対処法考えていると、怯えながらふたばが口を開いた。


「あ、あの片桐議員となにかお約束をされていたんですか?」


「頼みごとをしていたんだ。団体が刑事告訴されたら、民事でも訴える市民も出てくるだろうからね。市としてそれをサポートするために議員に協力をお願いしていたんだ。議員は東大を出てるから、その人脈で助けてもらおうって思ってね」


「法曹界にいる大学の同期に財産差押えに強い弁護士を紹介して頂きました。これで賠償金の回収が迅速に進められるはずです」


「ありがとうございます。この埋め合わせは必ずします」


「では、今進めているダンジョン観光のための宅地とインフラの整備。こちらは1階層で終了させてください」


「え!? 2階層まで整備する計画だったと思うのですが……」


「業者との契約も1階層までということになっていますよね?」


「は、はい、財政が苦しいので、今回は1階層だけということで話はまとまっています」


「契約があるので、1階層の整備は仕方ないと思います。ですが、それ以上の開発は長期的な財政負担を増やしますし、ダンジョン環境の持続可能性にも影響が出てきます。それを考慮してここで止めるべきです」


(ゆずさんからは3階層まで拡大しろって言われてんだよな。どうしよかね、これ……)


 今回の事で借りを作ってしまった以上、片桐の意見は無下にできない。高橋が苦悩しているのを察したのか、ふたばが助け舟を出してきた。


「お、お話中のところすいません。市のサポートとして、法的支援以外にも、手続きに関する簡単なガイドの提供や、相談窓口を設けて被害者同士の情報共有をサポートするのも効果的かと思います」


「いいね! 流石ふたば君。片桐議員、おっしゃられた事はまだ先の話ですので、ゆっくり検討いたしましょう! まずは団体の被害に遭われた方に、市としてどの様なサポートをするかを優先的に考えましょう!」


 片桐はぷくっと頬を膨らませて、露骨に不機嫌な表情になった。

 高橋は無理にテンションを上げて、話しを逸らそうと必死になる。


「――こんなサポートをしようと考えているのですが、是非片桐議員のご意見をお伺いしたいです!」



 片桐は視線を合わせずに不機嫌な顔をしていたが、しばらくして口を開いた。


「市長……計画の見直しの協議の場は、いつ作って頂けるのでしょうか?」


「え!? それはその……」


「もし、お時間があるならば、いつもの非公式協議の後に詳細を伺いたいです」


(BARで飲んだ後に、お持ち帰られさせろって事かよ!)


 表面上は冷静を装っていたが、高橋は激しく焦った。


(やべえぞ。今までかわして来たけど、もし個室で迫られたら断れる自信がねえ)


 どう返答すべきか迷いながら、ふたばをチラリと見る。


「ブツブツ……死ねば良いのにこのオバハン。……フフフ」


 ふたばは薄ら笑いを浮かべながら、物騒な事をボソボソと言っていた。


(ええ!? ふたば君いつもの君と違うじゃん! いったいどうしちゃったのおおお!?) 


 片桐の強烈な視線と、ふたばの異様なつぶやきに、ひたすら混乱していると、市長室のドアが大きな音を立てて開いた。


「大変だ、高橋! えらいことになった!」


「どうしたんだ大山? いきなり市長室に駆け込んでくるなんて。探索業者組合の方でなにかあったのか?」


「騒ぎを起こしてる例のモンスター愛護団体をぶっ潰すって言って、ゆずさんがダンジョンに行っちまった!」


「はあ? 俺の方針は組合の上の方には伝えたはずだぞ。ゆずさんも、口外しないことを含めて同意していたのに!」


「あの人にそんなもん通じると思うか?」


「……通じないな。絶対に自分の都合がいいように変な解釈してる」


「しかも今、団体の代表がダンジョンに現れてるらしいからな。多分、肉食のモンスターでもけしかけて、奴らを全員、大好きなモンスターちゃんの餌にするつもりなんだろうぜ」


「間違いねえな」


 高橋の顔が、一気に真っ青になる。


(やべえぞ。うちのダンジョンで40年近く死亡事故が起きていないことも、マジックアグリカルチャーの企業誘致が決まった理由の1つなんだぞ。もしここで死者が出たら誘致の話が無くなっちまうかも知れねえ)


 高橋は、この後の予定をキャンセルし現場に急いだ。



「俺は罠の解除と宝箱の開封が専門なんだ! 市にも、そう届出してる。だからモンスター退治は出来ねえんだよ!」


「うるさいわね! モンスターちゃん達がかわいそうでしょ!」


「そうだ! 俺たちはモンスターの命を守るためにここにいるんだ!」


 明らかに滅茶苦茶な言い分を叫びながら、熊森たちは糞尿とペンキを業者の頭上に降りかけた。


「こっちの方が人数が多いのよ! 手荒なことはしたくないから立ち去りなさい!」


「くそ、もう手荒なことしてるじゃねえか!」


 業者の男は怒りを堪えながら、走り去っていった。


「フフフ……私が出向いた甲斐があったわ。いい皆、今日はいつも以上に気合を入れて――」


「ギャー!」


 熊森が得意気に演説していると、後方から団体員の絶叫が響いた。


「え!? な、なにが起こったの?」


 見ると、団体員の何名かが、刃物で斬りつけられて、息絶えていた。

 息絶えた彼らの後ろには、剣を2本持った若い女が立っている。どうやらこの女が犯人のようだ。


「キャー! 人殺しよおおお!」


「うっさいわね。市民病院分院に3時間以内に連れていけば、蘇生できるんだから別にいいでしょ」


「なに訳の分からないこと言ってんのよ! 死んだ人間が生き返るわけなんてないでしょ!」


「は? ダンジョン中で死んだんなら、死体の損傷が軽微で3時間以内だったら蘇生できるじゃん。そんな事も知らないで、モンスターちゃんを守るとか言ってたの? 馬鹿じゃないの?」


 若い女はそう吐き捨てると、残った団体員も次々と斬り殺していった。

 パニックになりながら、熊森はスタッフに指示を出す。


「LIVE配信を始めなさい! 見た人がきっと助けに来てくれるわ!」

「配信ならさっきからずっとしているけどね。あそこのドローンカメラで。コメント欄も盛り上がってるから見てみれば」


 女が指を差した方向には、確かにドローンカメラがあった。配信はすでに始まっており、視聴者のコメントも目に入ってきた。


”ゆず様ありがとうございます! スッキリしました!”


”いいぞゆず希wwこいつらと一緒にブタ箱にいけww”


”ゆず様ダメです。これは愛護団体の罠です”


”そうです。ゆず様、冷静になってください”


”クソ、ゆず希を応援する事になってしまうとは……”


 ゆず希というのは若い女のことだろう。コメント欄で女の行動には賛否が飛び交っている。

 だが、自分たちに対する同情や擁護のコメントは一切ない。


「ふん、コメント欄を捏造してなにが楽しいのよ?」


「は? なんの話?」

「私達がLIVE配信をしたらいつもコメント欄は応援の声で埋まるのに、こんなの変よ。だいたい同時接続が20万人とかおかしいじゃない。私たちの配信は、いつも多くて50人くらいなのに」


「おばさん配信のことも、何も知らないんだね。まあ、私のこと知らない様じゃ当然か」


 そう言い放つと、ゆず希は熊森に剣を振り上げた。


「ひいいい! やめなさい! やめてえええ!」


 そのとき、遠くから切迫した声が響いてきた。


「ゆずさん、これ以上は本当にやめてください!」


 振り向くと、高橋が必死な表情でこちらに向かって走ってきていた。

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