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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第2章 ダンジョンの中に企業を誘致しようとしたら面倒なのに絡まれた
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第24話 被害者意識が強すぎるモンスター愛護おばちゃん

「なによ警察の奴ら! 私達はただモンスターちゃん達を守ろうとしているだけなのに!」


 モンスター保護協会の会長、熊森まりえは、兵庫県芦屋市の事務所で警察の発表を聞いて怒鳴り散らしていた。


「SNSではどうなのよ!? 当然私達が正しいっていう意見ばかりでしょ!?」


「はい、今も多くの声が集まっています」


 若いスタッフがスマホを手に、協会の×を熊森に見せる。


まなみモンスターLOVE@mana_loves_monsters

モンスターを守ってくれてありがとう

モンスターの命を軽く見てる高橋市長は残念です


#モンスター保護 #備後市


モンスターを守る勇気@yuki_monster_defense

ダンジョン開発なんて許せない! 市長の対応はひどすぎる

#モンスター保護 #高橋市長辞任要求



「うんうん、やっぱり世の中の人達は私たちが正しい行動をしていて、備後市がどれだけ酷い事をしているかをちゃんと分かってくれてるわね」


 実際の世論は備後市に対する同情が大多数を占めており、モンスター保護協会は多くのネット民から非難され炎上していた。

 しかしモンスター保護協会の×のアカウントは、批判的な意見を見ないようにフィルタリングしていた。そのため一部の偏った意見を大多数の世論だと、熊森を始めとした全ての協会員が思い込んでいた。


「いい皆! 警察と備後市は裏で手を組んでいるに違いないわ。でも、世の中の多くの人達は私たちが正義だって分かっている! これからもモンスターちゃん達のために戦い続けましょう!」


「分かりました会長!」


 多くの会員達が熊森の言葉に奮い立つ中、ポケットのスマホが鳴る。

 かけてきたのは、自分たちの考えに共鳴して、活動を応援する記事を書いてくれていた旭陽新聞の記者のようだ。

 何事かと思いながら、熊森は電話に出た。


「あら、逸見さんじゃない。どうしたの?」


「すみません、実は記者から別の職種に転換させられそうで。もう以前のような記事は書けなくなりそうです」


「ええ!? 逸見さんほど優秀な記者がどうしてなの!?」


「……高橋のせいです。あいつが事故の責任を熊森さんたちになすりつけようとしていたんで、記者会見で強く追及したら、会社の上層部に高橋からの圧力がかかってしまったんです」


「なんですって!? 旭陽新聞さんは私たちの活動を大変熱心に応援してくださっていたのに! たかが一自治体の首長の圧力に屈するなんて……」


「どうしてか分からないですが、あいつ凄い権力もってるみたいで。本当にすみません」


 悔しさで満ちたその声を最後に、電話は静かに切れた。

 当たり前ではあるが、高橋は圧力などかけてはいない。

 旭陽新聞はリベラル系の新聞で、モンスター愛護活動には積極的な新聞である。

 だが、逸見の報道姿勢はあまりにも偏向しているため、社内からも批判の声が多く上がり、本社から備後市を担当する地方支局に左遷されたばかりだった。

 そのような中、赴任してすぐの記者会見で、一方的に高橋に突っかかり、ボコボコに論破されたのだ。

 さらにこの出来事が他の報道機関が取り上げて、SNSでも大きく拡散したため、沢山のクレームが本社に寄せられた。

 その結果、これ以上逸見を擁護できないと判断した上層部は、配置転換を決定したというのが真相である。

 しかし、逸見はその現実を受け入れることができなかった。

 だが社内でそれを言っても、馬鹿にされるだけで誰も相手にしてくれない。だから社外の人間である熊森に電話して、感情を吐露したのである。

 そして、その話を愚かにも鵜呑みにした熊森は、怒りに震えながら拳を握り締めていた。


「会長、備後市から今回の事故や開発に関する件で、話し合いの場を設けたいという連絡がありました」


「話し合いですってえ!? ふざけんじゃないわよ! そんなの私達を陥れる為の罠に決まってるじゃない! 誰がその手に乗るもんですか!」


 熊森は強くそう叫んだが、同時に不安もよぎった。高橋はSNSで強い影響力を持っているという話を聞いたことがある。さらに警察やマスコミにも圧力を掛けられるほど強い権力も持っているようだ。

 このまま正面から戦ったら、逆に自分たちの活動が潰されてしまうかもしれない。


「そうなったらモンスターちゃん達の未来や命が危険にさらされる……。考えただけで恐ろしいわ。いったいどうしたらいいの?」


 そんな中、備後市の内部には高橋と対立している有力な議員がいることを思い出した。しかも彼女は、自分達と同じような考えを持っているようだ。


「ククク。高橋め……。今度はこっちが一枚上手をいくわよ」


 熊森は早速、その議員にコンタクトを取るため、行動を開始した。



「片桐議員、どうですか? 備後市産のいちじくで作ったジャムをたっぷり使ったフルーツクレープですよ」


「とっても美味しいです。いちじくの甘さが絶妙で、これはやみつきになります」


「ハハ、上級国民の議員に、そう言ってもらえると光栄ですよ!」


 にこやかな顔で答えながら、片桐はクレープを頬張った。

 備後市の駅前商店街では、月に一度、地域振興を目的としたイベントが開催され、地元の特産品を扱う多数の屋台の出店し、アートの展示なども並行して行われていた。

 少子化と過疎化の影響で、集客は難しいものの、近隣の住民にとっては貴重な交流の場となっていた。

 片桐はこのイベントに、いつも欠かさず顔を出して、地域住民と交流を楽しんでいた。

 祖父が備後市出身の大物参議院議員であっても、東京生まれ東京育ちである自分は、市民にとってよそ者である。

 市民からの信頼を得て地盤を固めるために、こうした地道な活動が欠かせなかった。


「もう上級国民だなんて、やめてくださいよ」


 苦笑しながら、別の屋台に並ぼうとした時、背後から声をかけられた。


「片桐議員でいらっしゃいますよね?」


 振り向くと、中年女性と若い男の二人組が立っていた。

 しかし2人には、地元の住民らしき雰囲気がない。

 市外から来たのかも知れないが、イベントを見に来たとは思えなかった。

 強い違和感を覚えながら、言葉を返した。


「……そうですが、アナタ方は?」


「申し遅れました。私、一般財団法人モンスター保護協会の代表をしております熊森と申します」


 モンスター保護協会。確か先日、ダンジョンで抗議活動をして、事故を引き起こした団体だ。

 事故の内容を議会で追及するため、自分からいずれ接触しようとは思っていた。

 この場での予想外の接触に驚いたが、それ以上に熊森の浮かべる不気味な笑みに、強い嫌悪感を覚えた。

 片桐は気持ちを悟られないように、平静を装いながら問いかけた。


「私にどの様なご用件でしょうか?」


「はい、議員にお伝えしたい重要な情報を持ってまいりました! 高橋市長は警察やマスコミと癒着しています。そのせいでモンスターちゃんたちが犠牲になっているんです!」


 あまりにも突飛で現実味のない話に、片桐は言葉を失ったが、熊森の意図を探るため話を続ける。


「それは興味深い話ですね。ですが、追及するには裏付けが必要です。具体的な証拠は、お持ちですか?」


「現時点で決定的な証拠はありませんが、状況証拠は揃っています。今から詳細な事をお話しします」


 案の定、熊森は脳内で作り上げた妄想だと、誰にでも分かることを、さも真実のように長々と熱弁した。

 この様な輩はダンジョンで、なにかまた問題を起こすだろう。片桐は内心、関わりたくないと思ったが、事故を防ぐために、必死に情報をつかもうと言葉を返す。



「貴重な情報をありがとうございます。熊森代表、名刺を交換していただけますか?」


「はいはい、こちらが私の名刺です! 片桐議員のようにモンスターちゃんたちへの愛情に溢れた知的で上品な方が味方についてくださるのは、本当に心強いです。高橋みたいな権力と癒着してモンスターちゃんをいじめてお金儲けをすることしか考えていない極悪人なんか、市議会でけちょんけちょんにしてください。今日は芦屋から、わざわざこんな遠い田舎まで来た甲斐がありました。本当に嬉しいです」


 一方的にまくし立てた後、熊森は満足そうな表情で立ち去った。どうやら片桐のことを完全に味方だと思い込んだようだ。その後ろ姿を片桐は無言で見送った。



「……ハハ、そのオバハンの脳内で、俺は物凄い悪の権力者になってますね」


 根回しのために、片桐と密会している隣町のBARで、話を聞いた高橋は苦笑いをしながらグラスを傾ける。


「市長。どうするつもりですか?」


「引き続き話し合いを呼び掛けてみます。片桐議員の方からもアプローチして頂けますか?」


「あの手の輩には何を言っても無駄なので、情報収集以外に利用するつもりはありません……しかし要件にもよりますが、市長がどうしてもと言うなら」


 片桐は、子供のようにふくれた顔になった。

 機嫌を損ないたくないので、話題を変えることにする。


「それよりもマジックアグリカルチャーの企業誘致と、それに伴うダンジョン観光のための1階層整備に、片桐議員が賛成して頂けるとは思いませんでした。本当にありがとうございます」


「マジックアグリカルチャーとの契約は済んで、予定地を整備する業者の手配も終わっています。ここで中止しては、莫大な税金が無駄になり、市の信用にも関わります。遺憾ですが、今回は協力いたします」


「本当にありがとうございます」


「市長、もしかして私が、先ほど話した輩のように、感情だけでダンジョン開発にいつも反対していると思っていませんか?」


「え? あの、その……」


「私はあくまで経済人です。その視点から長く安定したダンジョン資源を確保するために、ダンジョンの自然を適切に保護しつつ、人の手を入れる部分は極力制限すべきだ。っと、普段から言っているんです」


「は、はい! 勿論知っています!」


「それなのに、SNSや市民は、ああいった輩と私を同一視して、極左とかエコテロリストとか隠れて言いたい放題言ってるんですよ! こんな理不尽なことってありますか!?」


「ないです! 僕は片桐議員のことを理解しています」


「ヒック、本当ですかあ?」


 片桐の目が据わっている。どうやら酔っているようだ。


(すいません、本当は分かっていません。ってか、この人いつも限界まで飲むから、めんどくせえんだよなあ)


 そして、いつも飲んでいるので、この後の流れも想像できる。


「市長、だいたい、あのような輩が、市外からやって来るのには、市長にも原因があるんですよ!」


「は、はい。ですが市の発展には……」


「市長がそういう間違った考えに傾倒しているから、あんな不逞の輩に目をつけられてしまうんです! いい加減に考え方を改めてください!」


 片桐は突然、高橋に抱きついてキスをしようとしてきた。慌てた高橋は、手で片桐の肩を押し返そうする。


「市長、そこは違います……もっと内側……」


(ここの内側っていったら胸じゃねえかよ! そんなとこ手で触れてたまるか! またハニートラップかよ、勘弁してくれ!)


 高橋は焦りながらも、何とか片桐を引き離すことに成功した。。


「片桐議員、貴重な情報をお伝えいただき感謝します。でも、今日はここまでにしましょう」


「ちょっと待ってください市長! もっと市政について語り合いましょう!」


 そしていつもの彼女に背を向けて、平静を装いながら、1人で駅へ向かうために店を後にしたのだった。

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