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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第2章 ダンジョンの中に企業を誘致しようとしたら面倒なのに絡まれた
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第23話 偏向記者を記者会見で論破

「それでは、定例記者会見を始めさせて頂きます。報道各社の皆さん、よろしくお願いいたします」


 市章が描かれたバックボードを背に、高橋は深々と頭を下げる。

 つめかけた記者たちは、一斉に高橋へ視線を向けた。

皆、今日の事故について詳しく聞きたいという心の中が見てとれた。

 その中にニヤニヤと不気味な笑みを浮かべる記者が1人いる。高橋には、その記者がなにを考えているのか透けて見えた。


(なるほど。わざと煽って失言させようってか)


 高橋は今、論破しまくる市長としてネットでバズリにバズっている。その失言と失態をスクープできたならば、確かに大きな手柄になるだろう。


(ったく市長としてバズっても全然嬉しくねえよ。ダンジョン配信者やってる時にこういうマスゴミに追っかけまわされたかったぜ。……生憎だが俺はネットがアングラだった頃から配信やってるんで、煽られ耐性は高けえんだ。その手には乗らねえよ)


 この記者に内心呆れながらも、高橋は淡々と言葉を発する。


「本日早朝にダンジョン内1階層で、工事中の作業員とそれに抗議するモンスター愛護団体の間でトラブルが起こり、重機が暴走する事故が発生しました。双方合わせて15名の重軽傷者が出たと報告を受けております。まだ調査中ですが、詳しい情報が入り次第、順次お伝えします。続きまして……」


「旭陽新聞です。市長、事故に対する初動対応は適切だったのでしょうか?」


 先ほどからニヤニヤした笑みを浮かべていた記者が、話の途中で割り込んできた。

 報告を終えた後には質問の時間を設けているし、事前にそのことも伝えている。だが、この記者には、そんな段取りなど関係ないようだ。

 非常識な言動に、他の新聞社の記者や、テレビ局の報道陣達も眉をひそめる。


「質問は定例報告が終わってから受け付けますので、少々お待ちください」


「そんなもん待ってられないですよ。市から委託を受けている工事現場の作業員たちが、正当な抗議をしているモンスター愛護団体の皆さんに集団暴行をした、理不尽な理由を教えてくださいよ。キャハハ」


「先ほどもお伝えしましたが、原因は調査中です。負傷した作業員も愛護団体の方々も現在は病院に搬送されています。軽傷者には警察の事情調査が行われていますので、それが終わり次第、市でも双方から詳細な情報を確認して、皆さまに報告いたします」


「なるほど。そうやって事実を誤魔化そうとするわけですね。既に平和的な抗議活動を行っていた愛護団体に、作業員たちが理不尽な暴力を振るったのは明白です。それを認めないわけですか?」


(なんだコイツマジうぜえ。いくらなんでも偏向しすぎだろ。てめえ他の報道陣からも白い目向けられてんの気づいてんのか!? ……上等だ。端から陥れるつもりなら徹底的にやってやらあ)


 自称、煽られ耐性は高い男、高橋は、先ほどまで心の中で言っていたことをあっけなく反故にして、論破モードに移行した。


「旭陽新聞さん、先ほどから何を根拠にその発言をしているんですか?」


「SNSで事故当時の動画が炎上してるじゃないですか! 動画には工事現場の作業員が理不尽に暴力を振るっているシーンがしっかりと映りこんでいます! あれを見れば明らかでしょ!」


(愛護団体が拡散しまくってる、悪意ある編集してるのがバレバレな動画が根拠かよ。あんな素人でも冷静になれば見抜けるようなもんを堂々と持ち出してきて、大丈夫かコイツ……)


 先ほどまで激しく感じていた旭陽新聞の記者への怒りは、一気に呆れへと変わり、そしてやる気を失わせた。だが、このまま放置する訳にもいかないので、気を取り直して当初の予定通り恥をかかせてやることにした。


「SNSの動画をそのまま事実とみなしているんですか?」


「市長、現場の映像には明確に暴力が映っています! そんなものを無視するなんて市の対応としてどうなんですか?」


「あのー。さっきから拡散されている動画を見れば全て分かるっておっしゃっていますけど、あの動画が編集されている可能性があるってことを、アナタは考えたことがありますか?」


 記者は一瞬たじろいだものの、すぐに食い下がる。


「編集? そんなことは関係ありません! 現場の映像が全てです! あの暴力シーンを見れば一目瞭然でしょう!」


「いやいや、確かに作業員の皆さんは確かに、手を出してましたけど、それは状況によって異なる可能性が大きいですよ」


「何を言ってるんですか! 手を出した時点で暴力でしょう!」


「あれを撮影しているのは愛護団体側ですよね? 撮影している映像が偏向的に編集されている可能性は十分にあると思うんですが」


「愛護団体側が編集していると言うんですか!? それは完全に責任転嫁です! 自治体の首長として、そのような発言は極めて不適切です!」


「愛護団体側が先に原因を作ったならば、議論はそこから始めるべきです」


「そうやって責任転嫁するんですね! 暴力は絶対に許されない行為です!」


「その通りです。ただし、もし先に手を出したのが愛護団体側で、作業員が自衛のために行動したのであれば、その状況は違ってきますよね。それについてはどうお考えですか?」


「作業員が自衛? そんな根拠はどこにあるんですか?」


「あの映像は途中から始まっています。その前に何があったのか、私たちにはまだ情報がありません。そのため、今の時点で愛護団体側が完全に正しいという決めつけには慎重であるべきだと思います」


「慎重? 市長、慎重でいる間にも市民の信頼が失われているんじゃないですか? すでに多くの人がSNSで見ている映像を無視することは、もはや市の不誠実さを証明しているようなものです」


「そもそも、愛護団体が自ら撮影している映像が偏向的である可能性を考えず、あたかも事実全てを反映しているかのように報道しようとすることには、記者としての責任感に欠けるのではないでしょうか?」


 この一言で記者は言葉につまる。だが、すぐに顔を真っ赤にして食って掛かった。


「映像が物証であることには変わりありません! 市は既に責任逃れをしようとしているのではありませんか!」


「責任逃れ? いったいどんな部分の責任を逃れようとしている様に見えるのですか? 具体的に教えてください」


「それは明白です。市は平和的な抗議を行っていた愛護団体に対して、暴力を振るった工事作業員たちを擁護し、責任を曖昧にしようとしているようにしか見えません! 愛護団体はただモンスターたちを守ろうとしていただけなのに、市はその正義を踏みにじろうとしているのではないですか?」


「モンスターを守るねえ。……記者さんは初めて見る顔ですけど、先日まで来られていた旭陽新聞の記者さんはどうされたんですか?」 


「東北に転勤になりました。それで私はこちらに配属されました」


「東北に? 全国紙は大変ですねえ。ところで記者さんはこちらに来る前は、ダンジョンがある自治体や、大学のダンジョン研究機関、または中央省庁のダンジョン政策部署などを取材されたことはあるんですか?」


「それがなにか今回の事故と関係あるんですか!? 話をそらさずに質問に答えてください!」


「もちろん関係ありますよ」


「……そのような経験はありませんが、それが何か問題ですか?」


「やっぱり。そうでなければ、ただモンスターたちを守ろうとしていただけなのになどという、モンスターやダンジョンの生態系を馬鹿にしたような言葉が出てくるハズがありません」


「ふざけないでください! 私は馬鹿になどしていません!」


「はい、まずモンスター達はただの生物ではありません。ダンジョンという特殊な環境に適応した独自の生態系を持っています。それぞれがその環境を支える重要な存在です。その中には当然モンスター同士の食物連鎖があり、人間が干渉しなければバランスが保たれないことも多々あります。単純に感情的に守ろうとするだけでは、逆にモンスター自身の生存環境を壊してしまう危険性があります」


「市長は、結局のところ市は工事を優先し、モンスターのことはどうでもいいという立場なんですか!?」


「今回事故が起こりました1階層はダンジョンに入ってすぐの浅層です。モンスター達は他の階層と比較して、非常に脆弱ですが、個体数は多く繁殖力は強いです。一時的な影響が出ても、すぐに生態系は回復します。工事を優先してモンスターを無視しているわけではなく、両者のバランスを考慮して対応しているのです」


「そんなものは市側の都合の良い解釈です!」


「西備理科大学のモンスター生態系研究チームが詳細な調査結果をもとに計画を査定して、総務省のダンジョン環境保護基準を満たす形で工事を進めています。なにを根拠に不十分だとおっしゃるのですか?」


「そ、そ、それは……とにかく市の判断が疑わしいからです!」


「完全に感情論ではないですか」


「感情論でもいいじゃないですか! なにが悪いんですか!?市長こそ、人間の感情を無視して冷たい対応をしていますよ!」


「ではアナタは、他の人々の感情を考慮しているというのですか?」


「勿論です! 私はモンスターの命と正義を守るために行動しているんです!」


「……今、アナタ以外の報道陣はアナタにどんな視線を向けていますか?」


「……」


「アナタが本当に全体の感情を考慮しているならば、ここにいる他の報道陣はアナタに対してこんな冷ややかな視線を向けないはずです」


「……」


「もっと言いましょうか? アナタの発言は所属する会社の品位を落としています。それはアナタがアナタ以外の自社の社員の感情を考えていないことの、何よりの証明です。アナタが考慮しているのは私を失墜させたいという自分の感情だけで、他の視点は一切無視しています」


 旭陽新聞の記者はふてくされた表情を浮かべながら下を向き、小さな声でぐちぐちとなにか呟き続けている。


(なんだよ、この態度。ガキそのものじゃねえか)


 こんな奴を相手にしても仕方がないので、他の報道陣に向けて高橋は快活に口を開く。


「すいません、話しが大きく脱線してしまいました。本件の事故に関しましては警察発表の後になりますが、市としても改めて調査をしたうえで、また記者会見を開きたいと思います。他にご質問がなければ次の定例報告に進みたいですが、大丈夫でしょうか?」


 他の報道陣の報道陣は、皆一様に満足そうにうなずいている。


「いえ、こちらこそありがとうございます。後は適当に終わらせちゃってください」


「て、適当ですか?」


「いい絵がとれましたからね。これは視聴率が稼げそうです」


「ああ、うちもPVが伸びそうだ」


「市長の論破は良い数字になるんですよ。さっきのやり取りが最高でした。後はもう適当に流しておけばOKです」


「でも、市長はダンジョン関連以外だと弱いですよね。この前も小中学校統廃合の件では、片桐議員にボコボコに突っ込まれてましたし」


「今度からダンジョン以外の話題にも強くなってもらわないと困りますね」


「ハハ……分かりました」


 てめえら何様のつもりだと思ったが、事実なので反論できず苦笑いを浮かべる。


(政治素人だからダンジョン以外のことはからっきしなんだよ。でもこのままだとゆずさんにどえらい目に遭わされそうだから、そろそろ本格的に覚えねえとヤベエな……)


 怒れるゆず希の顔が脳裏に浮かび、高橋は恐怖に駆られながら、改めて決意を固めた。

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