第22話 いきなり大事故発生!
「ハハハッ。高橋君よく来てくれたね。今日は私に市政運営のアドバイスを聞きにきたのかい?」
「違います。親父の誕生日がそろそろ近いんで、ここの海苔をプレゼントしようと思って買いに来たんです」
レッドドラゴンの騒動から4ヶ月後。高橋は、実家の海苔屋を手伝っている小橋前市長の元を訪れていた。
「最近の君の活躍はすごいね。特にあのスライムを利用したミスリルの採掘方法なんか、よく私のアイデアを上手く発展させてくれた! 本当に感心しているよ!」
「あのう、早くこの海苔が入ったボトルを包装してくれませんか?」
高橋は本当にただ海苔を買いに来ただけだったのに、小橋前市長は気にすることなく、一方的に話し続けている。
「市民の評判も上々だし、市役所の職員たちも、君が市長になってから生き生きしてるって聞いたよ。市議会もだいぶ落ち着いたって言うじゃないか。私が市長やっていた時は皆大反発したのにどうしてなのかな? ハッハハ!」
(アンタの人間性が原因だって言いてえけど、流石に面と向かっては言えないから黙っとこう)
密かにそんなことを考えていると、小橋前市長が突然真剣な顔になり、話題を切り替えた。
「ところで高橋君、私が推し進めた例のプロジェクト、丸投げする形になってしまって本当に心苦しく思ってるんだが、順調に進んでるかね?」
「マジックアグリカルチャーの企業誘致の件でしょうか?」
「マジックアグリカルチャーはダンジョン探索で使用する防具の生産に必要な繊維や染料の原料となる魔法植物を栽培している農業法人だ。その分野では世界一のシェアを誇っている」
「市長になる前にその話を聞いた時は驚きました」
魔法植物の栽培は、ダンジョンの中でしかできない。だが、日本のダンジョンでは、生態系への影響を懸念して法律で魔法植物の栽培を長らく禁止していた。
「1年前に規制が緩和されてね。そこから急ピッチで進めてきたんだ。これにより、備後市では、日本国内で始めて魔法植物の栽培が行われることになる。そして計画の規模は世界的にも大きい部類に入るよ」
改めて計画の詳細を聞き、高橋の気持ちは高まった。今まで日本国内で魔法植物を手に入れる為には、自然に生息するものを採取するしか方法がなかった。高橋はダンジョン配信者だったのでダンジョン内で資源採取を直接行うことはほぼなかった。が、そんな自分でも、人の手で魔法植物を増やしてもっと効率よく採取できるようにすれば探索も資源管理も楽になるのに何故しないのだろうかと、常々思っていた。それが今、現実のものになろうとしているのだ。
「いつ聞いても信じられない! まさか備後市で、こんな凄い企業の誘致が決まるなんて! しかもそれを自分が市長として進めるなんて夢みたいです!」
「ハハハ。そうだろう、そうだろう!」
この企業誘致を成功させた小橋前市長に感服し感謝の言葉を伝えようとしたが、それを意に介することなく小橋前市長は喋りつづけた。
「ハハハハ! やはり君もそう思うか! 色んな問題もあるけど、君ならきっと大丈夫だろう!」
「問題ですか? 先日、ダンジョン内で農場設営のためのインフラ工事を始めたばかりですが、現時点では問題もなく進んでいますが……」
「ハハハ! 最近はウクライナ紛争が原因でインフレが進んでるだろ? だから工事費は私が計画した時より、物凄く高くなっていると思うけどもね! ハハハ!」
(た、確かに。どうりで予算が苦しいわけだ……)
思わず言葉に詰まる高橋に、小橋はさらに追い打ちをかける言葉を続ける。
「あと私がこの計画を発表した時、モンスター愛護団体から猛抗議を受けたんだ。その中の一部の左翼系団体が、工事を始めたら過激な抗議活動をすると予告していたんだよ」
「は、はあ……そういえば、そんな話を聞いたことが」
「あと、マジックアグリカルチャーは外資系だと思われているようで、勘違いした一部のネット右翼もSNSで叩き始めたんだよ。最近は過激なポストが相次いでるから、そのうち何か起こるかも知れないね。ハハハ!」
「え? ……左右両方のヤバい奴らから狙われてるんですか?」
「大丈夫だ、高橋君! 君ならば乗り越えられる! ハハハハ! 私は信じてるよ! ハハハハ!」
(……問題だらけじゃねえか。今さら中止や延期もできねえし、どうすんだよこれ。あー、めんどくせえ。ダンジョン配信者に戻りてえから、早く任期終わってくんねえかな)
唖然する高橋を意に返さず、小橋前市長は無駄に笑い続けた。
「ああ、忘れてた。海苔だね。はい合計1万円!」
「ちょっと待ってください! 高すぎますよ!」
「え!? 10瓶くらい、いるんじゃないのかい? 頑張って欲しいからちょっとだけだけど割引もしてるよ」
「1瓶だけでいいんです! だいたい親父へのプレゼントなのに、どうしてそんなに沢山買う必要があるんですか!?」
「ハハハハッたまには豪華にいこうじゃないか!」
結局押し切られて余分な海苔まで買わされた高橋は、頭を抱えながら海苔屋を後にすることになった。
◇
「しかし、重機やトラックがダンジョンに入って来るって、なんだか凄い光景ですね」
「そういや、お前、別地域から引っ越して入社したばかりだったよな。俺たち備後市の土木業者は市からよくダンジョン関連の工事を請け負うんだよ。まあ、こんなに規模が大きい工事をするのは、初めてだけどな」
高橋が小橋前市長と話をした翌日、1階層の農地予定地近くの工事現場。
2人の作業員が、簡易喫煙所で立ち話をしていた。
「でもやっぱり緊張しますよ」
「おいおい、こんくらいでビビるなよ。土木用ゴーレムとか見たらお前、腰抜かすんじゃないか?」
「すっげえ! そんなん見たら俺マジで腰抜かすかも知れません!」
「興奮してるとこ悪いが、そろそろ朝礼だ。遅刻したらまずいから、急いで行こうぜ」
2人の作業員が現場に到着するなり、プラカードやメガホンを持った集団が現場に押し寄せてきた。
「開発反対!」
「モンスターの住みかを奪うな!」
「モンスターたちの命を守れ!」
作業員たちは困惑しながら、現場監督に指示を仰ぐ。
「監督どうします?」
「工期を遅らせるわけにはいかない。無視して朝礼を続けるぞ」
シュプレヒコールが続く中、作業員たちはラジオ体操を済ませ、業務連絡を確認し、作業を開始した。
「無視するな!」
「作業を止めろ!」
興奮した一部の抗議者たちが、工事車両の前に立ちふさがり進行を妨害し始めた。
「てめえ、なにしてんだ! 作業が進まねえだろ!」
「今すぐこの工事をやめろ!」
抗議者たちは、手をつなぎ人の鎖を作って工事車両を取り囲む。
「いい加減にしやがれ!」
重機を運転していた1人の作業員が、降りて抗議者に詰め寄った。
「いい加減にするのはお前達だ!」
「ざけんじゃねえぞ! 仕事が進まねえだろうが!」
「俺たちはモンスターの命を守るためにここにいるんだ!」
「は? そんな理由で邪魔してんのか……痛てえなにすんだ、てめ……グハッ」
激しい口論が続く中、とうとう抗議者の1人が作業員に手をあげた。それを見た他の抗議者たちも暴徒化し、一方的に作業員をリンチにし始めた。
「てめえら、なにやってんだこら!」
「先に手出したのはそっちだぞ! 覚悟できてんだろうな!?」
このやり取りを見た他の作業員たちはついに我慢が限界を迎え、乱闘に発展。現場は一気に混乱状態に陥った。
しかし、現場で鍛え上げらえた土木作業員と、勢いだけの抗議者たちでは、力の差が歴然で、抗議者側が徐々に押され始める。
「クソ、モンスター達の未来を守るぞ……」
形勢を逆転しようと、リンチにあった作業員が乗っていた重機に抗議者の1人が無理やり乗り込み、そして無茶苦茶に操作しだした。
「うわあああ!」
「て、てめえなにやってんだ!?」
「危ねえぞ! 逃げろ!」
暴走した重機に、抗議者と作業員の双方が巻き込まれ、重傷者が多数出る大きな事故になってしまった。
さらに、事故の衝撃で土砂も崩れ落ちたため、この日の工事は即座に中止された。
◇
(早速ヤバいことが起こっちまったよ!)
ふたばから一連の事故の報告を聞いた高橋は、あんぐりと口を大きく開けたまま固まった。
「で、でも、市長、大変なのはこれだけじゃないんです。見てください」
ふたばはスマホを取り出し、とあるSNSの画面を高橋に見せる。
見ると抗議者たちが、撮影した動画が拡散されていた。
動画の内容は、作業員たちがまるで意図的に事故を引き起こしたかのように、編集されたものだった。
「す、すごい勢いで拡散されて、炎上しているんです。あ、悪意ある編集がされている事は、誰がどう見ても明らかなんですけど……」
「……俺は長く配信者やってたから分かるけど、ネットの世論なんてそんなもんさ。ところで本当に事故の原因は、こちら側にあるのかい?」
「ま、まだ詳細な情報が入ってきてなくて、今、状況を把握しているところです。あ、明日までには整理できると思います」
「そっか。この後の記者会見までには、全ての事実は精査できないか……」
「し、市長、正直に申し上げまして記者の中には、元々モンスター愛護に偏向していて、市長を敵視している人もいます。そんな人達にとって今は攻撃の好機です。こちら側が全ての情報を整理できるまで記者会見は延期するべきです」
「それは完全にこちら側の都合だよ。そんな理由ではマスコミは納得しないし、かえって火に油を注ぐことになる」
高橋は拡散された動画をスマホで見て原因を分析しながら、市長室を出て記者会見の場へ向かった。




