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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第1章 間違えて市長になったら初めてバズった
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第20話 誤解されて感動される高橋

「すげえな。今は朝の7時だぞ。なのに同接10万人もいる」


 ダンジョンに入ると同時に撮影用ドローンを高橋は起動させた。


「ったく、ダンジョン配信者時代にこれくらいの同接数を叩き出したかったよ」


”お前、魔導撮影用ドローン使ってるだろ。いつもみたいにスマホで撮れ”


「市役所に無理言って貸してもらったんだ。お前らもこっちの方が見やすいアングルで、画質良く見れていいだろう」


”格好は作業着にヘルメットか”


”いつもみたいにジーパンとTシャツで配信しろ”


「市長の視察だから、安全装備が必要なんだよ」


 いつものようなノリだが、どのコメントからも高橋を心配している気持ちが伝わってきた。

 突然、スマホが鳴った。ゆず希からだ。だいたいの内容を察した高橋は、少しだけ躊躇してから電話に出た。


「お疲れ様です。ゆずさん昨日は結局――」


「もしもし高橋! あんた自分がレッドドラゴンをぶっ殺すつもりなんでしょ!?」


「いや、普通に考えてください。俺みたいな底辺配信者にS級モンスターが倒せるわけないじゃないですか」


「アンタまたそうやって、へりくだった大嘘をついて! 分かってんの!? 倒してもアンタ犯罪者になるのよ! そんなの絶対に許さないんだから!」


「そうですね。仮に倒したら莫大な罰金、下手したら懲役ですね。でも倒そうと思っても俺は弱いからできないので安心してください」


「ふざけんじゃないわよ! 今からそこに、私がぶっ殺しに行くからアンタはさっさと帰んなさい!」


(やべえな。なんとかしないと)


 高橋が焦り始めた時、電話口が騒がしくなり始めた。


「おい! いたぞ!」


「今度はもっと強く縛れ!」


「なんなの! アンタたち放しなさいよ!」


「ゆずさん、お願いなんで大人しくしてください!」


 ここで電話が切れた。


「あー。職員さんと組合のみんな。ゆずさんの暴走を止めてくれてありがとう」


 画面に向かってお礼を言った後、観測所に向かって歩きながら視聴者にコメント返しをする。


”高橋市長はやっぱりレッドドラゴンを討伐できるほど強かったんですね”


”お前は市長になってから高橋を知ったにわかだな。そんな訳ないだろ”


”そんな訳ない! ”


「古参リスナーの言うとおりですよ。そんなに強かったら自分は市長になんかなってません」


 観測所に到着した。ここは24時間、交代で2人以上の職員が常駐している。昨日のような混乱が起こった後でもそれは変わらない。


(まあ、ここは1階層だから被害を受けてないってのもあるんだけどな)


 観測所に入ると、若い職員が挨拶をしてきた。


「高橋市長。おはようございます」


「おはよう。早速で悪いんだけど、ダンジョンエレベーターの運行を10階層まで再開させてくれないかな?」


「え? そんなことしたら、魔力を感知してレッドドラゴンが起きてしまう危険があります!」


「今日中には間違いなく、県から10階層以下を立ち利禁止区域に設定するように通達がくる。その前にレッドドラゴンをなんとかしたいが、歩いて11階層を目指していたら間に合わない。だからこんなに朝早くにやってきたんだ」


「ですが、本当に大丈夫ですか?」


「大丈夫だ。起きるとは限らないし、仮に起きたとしても、作戦通りではある」


「市長、もしかしてレッドドラゴンをわざと起こして討伐できるよう活発化させるつもりですか!? そんな命令は聞けません!」


「違う」


「故意に活発化させて討伐した場合も希少モンスター保護法に違反します! 市長は勿論、僕たちも刑事責任に問われるじゃないですか!」


 若い職員が強く高橋に意見する中、自分と同じ年代位の職員が涙を流しながら間に入ってきた。


「どうしたんですか? ボロボロ泣いちゃって」


「ううッお前は馬鹿か。市長が何のために、ここに来たか俺が教えてやる」


「は、はあ」


「俺は若い頃から市長のリスナーだったから知ってる。市長は地味でせこい戦い方ばかりする底辺配信者なんだ。だからレッドドラゴンなんて絶対に倒せない」


(その通りだが、面と向かって言われると腹立つな)


 涙を拭いながら、同年代の職員は若い職員に向かって続けた。


「でも、お前、記者会見聞いたろう。このままじゃ備後市民の約40%が失業するって。だから市長は命と引き換えに市を救いに来たんだ」


「命と引き換えって、なにするつもりなんですか?」


「そんな事も分かんねえのか。市を救うために、レッドドラゴンを道連れに玉砕するつもりなんだ! それで刑事責任とか行政責任とかそんなものを全部1人で被って、市民を守る覚悟なんだよ!」


「そ、そんな……じゃあ後ろに背負ってるでっかいリュックは?」


「ああ。きっと爆薬か強力な自爆魔道具だ」


「し、市長のお気持ちを知らず申し訳ありません」


 若い職員は大粒の涙を流しながら、高橋に深々と頭を下げた。


「いや、盛り上がってるところ、申し訳ないんだが……」


「市長の想いに感動しました! 僕たちも全力を尽くします!」


「市長の覚悟を無駄にしないために、このことは誰にも言いません!」


「いや、これさっきからドローンカメラにずっと映っているから、それは無理な気が……」


 2人は高橋の言葉に一切耳を貸せず、自分の世界に入り続けている。


”そうだったのか高橋! 感動したぞ!”

”お前の死は無駄にしない!”

”市民じゃないがお前のことは一生忘れない”

”高橋市長は僕たちのヒーローです!”


 コメント欄も、気がついたら同じテンションになっている。


(弱ったな。俺は死ぬつもりなんてねえぞ。レッドドラゴンを上手い具合に追っ払って、それで終わるつもりだったのに。その過程で違法行為をしていないっていう証拠と証人を残すために、LIVE配信してんのに)


 だが、訂正するのも面倒くさいので、そのまま話を続けることにした。


「ダンジョンエレベーターを起動します!」


「是非、僕にお見送りをさせてください!」


「あー。分かりました」


 若い職員と一緒に観測小屋を出てダンジョンエレベーターに向かう。


「待ってましたよ。高橋市長」


 エレベーターの前に着くと片桐が立っていた。


「片桐議員。どうされたんですか? 昨日は夜遅かったですけど、寝たんですか?」


「……市長を待っている間、少しだけ仮眠をとりました。ここには、馬鹿なことをしようとしているアナタを止めに来たんです」


「馬鹿なことですか」


「ええ。アナタは政治家生命を、いえ、命まで捨てるつもりですか! アナタは素晴らしい政治家になる素質があるんです! それを間違った考え方に捉われて台無しにするなんて!」


「いえ、僕は死なないです。レッドドラゴンを追っ払ってそれで帰ります」


「追っ払う!?」


「あの、その、レッドドラゴンが驚いて眠りから起きて、そのままワームホールを通って70階層に帰ってくれないかなあ。なあんて」


「ふざけないで! そんな事出来る訳ないじゃない!」


「いえ、あの、その……」


 高橋は怒る片桐をなんとかなだめようと、様々な方法を思案する。

 だが、効果的なものは思いつかない。


”高橋。ここに来てギャグは別に言わなくていいんだ”


”ワームホールは今バスケボールくらいの大きさだから、ドラゴンが通るのは無理だろ”


”レッドドラゴンが起きるなんて無理があるだろ”


”片桐さん、市民のために命を捨てる高橋の覚悟をくみとってやってくれ”


(コメント欄もこんな感じかよ。方法はあるんだけどな。でも科学的根拠がない、だたの経験と勘だから言っても信じてもらえねえよなあ。どうすっかなあ?)


 片桐は真剣な表情で、語気を強める。


「分かりました。力ずくで、アナタを止めます」


 直後、片桐のネックレスの水晶が普通は気づかないほどかすかに光始めた。

 高橋は慌ててポケットから封印の護符を取り出し、水晶に貼り付ける。


「え?」


 そして驚く片桐の耳元で誰にも聞こえないほどの声でささやいた。


「すいません、議員は机上でしかダンジョンの事を分かってないって思い込んで、侮ってました。でも考えたら、総務省時代には民間では立ち入りが難しい危険な階層にも業務で行っていたでしょうし。これ位のことは出来て当然ですよね……」


「……」


「精霊か、式神か、幻獣か。なんだか分からないですが、この水晶の中には俺みたいな底辺ダンジョン配信者じゃ、絶対に太刀打ちできないとんでもないものが封印されてますよね。無事に帰ってきますんで、寝て少しでも疲れをとっててください」


 ささやきながらポケットから眠り草で作った粉薬を取り出し、片桐の鼻にふりかける。

 片桐はその場で意識を失い、倒れ込んだ。


「すまない。片桐議員を観測所に運んで休ませてあげてくれ」


 若い職員に指示を出しながら、高橋はダンジョンエレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターの中で、リスナーのコメント欄を確認する。


”お前片桐議員の胸触ってたろ”


「ふ、不可抗力だ。だって水晶から凄いのが出てこようとしてたから」


”嘘つけセクハラ野郎!”


「本当だ! だって水晶が光ってたじゃないか!」


”そんなの見てねえよ!”


”うん、光ってなんていない”


”あと抱き着いて耳元で、何か言ってたよな”


「だ、抱き着いてはいないぞ」


”さっきの感動を返せ!”


”失望した。レッドドラゴンに食われちまえ!”


 勘違いで嫉妬したリスナー達に、高橋は必死に弁解し続けた。

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