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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第1章 間違えて市長になったら初めてバズった
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第2話 部長のヤバい罠を見破りカウンターの準備

「ふぁ~! 市長ってのは暇な仕事だったんだな」


 高橋は、他の職員の目も憚らず大きなあくびを漏らした。市長就任から数日、最初に職員に挨拶した以外は、なにも仕事らしい仕事をしていない。市長室でスマホをいじり続け、定時になったら家に帰るという自堕落な毎日を繰り返している。


「へへへ。市長、困ったことがあったらなんでも言ってください」


 総務部の部長が、気色悪い笑顔を浮かべながら話しかけてきた。


「なにも仕事させてくれないのか? 暇で辛いんだが」


「市長の仕事はドーンと構えていることなんで、細々としたことは下々のものにさせておけば良いんですよ。やることがないなら風俗にでも行かれてはいかがですか? 勿論、代金は経費で落としておきます。へっへへ」


「仕事中に税金で、そんなことはできねえよ」


「固いことおっしゃらずに……」


 この総務部長は、どうも信用できない。そもそも他にも仕事があるはずだろうに、どうしていつも市長室に入り浸っているのだろうか。市役所の仕事になれない高橋のために、業務の合間を縫って教えに来ていると言っているが、実際は何も教えてくれない。

 自分を堕落させて、おとしいれようとしていることは間違いないので、会話は録音している。だが、その目的までは分からないので静観するしかない。


「そうですか。実は今日、とっても重要な仕事があるんですよ。補正予算案を作りましたので、それを承認して頂きたいのです?」


「補正予算案?」


「はい、予算案とは、市の収入と支出を計画したものです。普通は2月の議会で決まるものなのですが市長が変わりましたので新たに作り直しました。市長には、この補正予算案を確認していただいて、承認の印を押してもらうという重要な仕事があるんです。しばらくしたらウチの部署で補正予算案を作った奴が来るんで、ハンコを押してやってください」


 総務部長はニヤニヤしながら、足早に立ち去って行った。



総務部長が立ち去ってから5分も経たないうちに、若い女性職員が予算案を持って市長室に入ってきた。


「し、失礼します……こ、こ、こちらが補正予算案です……ご確認をお願いします」


(こんな女の子が市の予算なんて作れるわけねえじゃねえか。総務部長の野郎、大噓言いやがって。なんのつもりだ!?)


しかも、この女の子、言動がとても挙動不審だ。


(まるでなにかに怯えてるみたいだ。大人しくて真面目そうだから緊張しているのかもな。しかし、この娘、芋臭いメガネをかけてるから分かりにくいけど、メッチャ可愛いな。……やべえ、こんなこと考えてるとセクハラ親父認定されちまう)


 誤魔化すように下を向き、補正予算案が書かれた書類に目を通す。


(しっかし、さっぱり分かんねえな。どこでどうやって勉強したらいいんだよ。……ん? ここおかしくねえか?)


 政治素人の高橋には財政のことなど、さっぱりわからない。だが、ダンジョン配信者を15年以上続けてきたので、ダンジョン関係のことは詳しい。特にホームグラウンドだった備後市のダンジョンには、長く入り浸っていたので、全容を把握していると言っても過言ではない。

 その経験からすると、この数字は明らかにおかしい。


「ダンジョン観測小屋の予算、少なすぎないかい?」


「え? え?」


「分かった。かみ砕いて説明するね。ダンジョン観測小屋ってのは1階層の入り口付近にある市営施設で、主にダンジョン内のモンスターの動向や環境の変化を観測してるんだ。これの経費は人件費、設備維持費など全部合わせて、だいたい1ヶ月で1億円くらいだったはずだ。でもこの予算案だと1年間で1000万円になってる。財政が厳しいから規模を縮小するっていう噂があるのは知ってる。だから予算が削減されること自体は仕方ないのかなって思う。でも、市民の安全に関わる重要な施設なのに、この金額は常識的におかしすぎるよ」


「あの、その……」


 女の子は大粒の涙を浮かべて、怯えながら何かを言おうとしている。


(や、やべえ、おかしい所を説明しただけのつもりだったんだけど。知らないうちに、言葉に力が入り過ぎちまったか? デリケートなZ世代には、もっと気を使わなきゃいけねえのか? どっちにしてもこのままじゃパワハラしたことになってしまう。どうにかしねえと)


 焦りを隠しながら、高橋は優しく声をかける。


「安心してくれ。君が悪くないのは分かっている。見た所、君はまだ20代で入庁して2、3年目って感じだよね? 俺は市役所の仕事のことはよく分からないけど、そんな若い女の子に、市の予算を決めるなんて大事な仕事を、1人で任せるはずがないことは分かっている。だからなんで、こんな露骨におかしい予算が組まれているかを教えてくれないかな?」


「グス、グス……」


(やべえ! 泣き始めた。このままじゃ前の小橋市長みたいにパワハラ親父だってボロクソに言われちまう。な、な、なんとかしねえと……)


さらに焦りながら弁解の言葉を考えていると、女の子が泣きながら喋り始めた。


「す、すいません市長、補正予算案を見て私もおかしい所が多すぎるって思ったんです。でも、部長にそれを言ったら、これを市長のところに持っていって承認をもらわないと許さないって」


 女の子の言動を見る限り、嘘を言っているとは思えない。前々から総務部長を含め多くの職員が、自分に表向きはへりくだりながらも見下す視線を向けていることが気になっていた。それとなにか関係があるのかも知れない。女の子の気持ちを和らげながら、事情を聞きだす為に言葉を選びながら話しかける。


「そうか。辛かったんだね。君、名前は?」


「な、名越ふたばです。お願いです。私がさっき市長に言ったことは、部長には絶対に言わないでください。もしこれを言ったなんてことが知られたら、私はどんな目に遭わされるか」


「分かった。俺の胸の中にしまっておく。だから知っていることを教えてくれないか?」


「は、はい。分かりました」


「ありがとう。じゃあ早速教えて欲しいんだけど、予算はどれもこれもわざといい加減に作ってるんだよね? どうしてそんなものを総務部長は通そうとしているのかな?」


「し、市議会の予算審議の時に、いい加減な補正予算案を作ったことを口実に問責決議や辞職勧告を出して、就任早々に市長の信頼を失墜させたいんだと思います」


「ちょっと待って。どうしてそんなことを?」


「そ、総務部長もそうですけど、今の執行部の部長たちは皆、小栗山派の市議の人たちと仲が良いんです。それが理由です」


「ごめん、それだけじゃちょっと分からない。前市長は市役所の職員からも嫌われていたのは知ってるけど」


「し、市長は、前市長の有力な後援者だったゆず希さんの支援を受けて市長になりましたよね?」


「うん。まあ、そうだね」


「だ、だから、し、市長は前市長派の人だって、市役所の職員は全員思ってます。だ、だから、できるだけ早く、発言力を奪って、は、排斥……したいんです」


(か、勘弁してくれよ!)


 高橋は心の中で叫んだ。確かにゆず希の支援を受けて当選はしたが、それは望んだものではない。前市長も市のイベントなどで見たことはあるが、話したことは一度もない。


「あの、もしかして、ずっと市長室の中に居させられて、なにも仕事らしいことが無いのも……」


「……しょ、職務に必要なことをなにも教えずに、なにもできないようにして、市議会や市民に市長の無能さをアピールするためです」


「畜生、舐めたことしやがって……」


 元から好きで市長になどなった訳ではないので、一刻も早く配信者に戻りたい。

だが、この状況でそれをすると、配信者としてもマイナスの影響が大きいので、今はまだ辞められない。


(去年の予算が市役所のホームページで見れるから、それコピペして作るか? ……いや、まったく同じのを作ってもヤバいことになりそうだ。でも、どこをどう変えたらいいかなんて、さっぱり分かんねえ)


怒りを抑えながら対策を考えるが、なにも浮かばない。その時、ふたばがたどたどしい口調で再び声を掛けて来た。


「あ、あの……もしよければ……補正予算案の作成、お手伝いさせてください……」


「さっきも言ったけど、君はまだ2、3年目だよね? 予算の作成なんて絶対に――」


「だ、大丈夫です……」


 弱々しい声で女の子は答えた。だが、その声とは裏腹に、なにかを決意した強い目をこちらに向けている。


「君の言葉で気になったことがあるんだ。俺が気づかないでこの予算を承認していたら、監督者である俺は勿論、作った人間も責任を問われるはずだ。でも担当部署の長である総務部長は、自分でこの罠を仕掛けているから、絶対に自分は責任をとらなくて良いようにしているよね? いったい誰が責任を取る予定だったの?」


「ぶ、部長は、私に全ての責任を押し付けようとしていました。お前が作ったんだから、お前のせいだって……わ、私みたいな若手職員には、市の予算案の作成なんて普通は任せないのに……」


(なるほど。自分の立場を守り、部長に復讐するために俺に協力すると)


 総務部長の策略に胸糞が悪くなった。

 普通ならば予算案を市長に渡す前に、上の者が決済を行って判を押すはずなのに、予算案を許可した証拠を残さない為に、敢えてそれを省いているのだろう。

最後にもう1つだけ気になっていることを確認する。


「あと、もう1つ聞きたいんだけど、君も俺のことを前市長派だって思ってるんだよね? だったらどうして助けようとしてくれるの?」


「は、はい。私も前市長は大嫌いです。で、でも市長は、その、話してみて、前市長と違うように感じました。だ、だからお手伝いしたいんです……」


 この一言で、ふたばを完全に信じることができた。

高橋は満面の笑みが浮かべながら、頭を下げる。


「ありがとう」


 そして総務部長を始めとした他の職員にバレないように、補正予算案を修正する方法を2人で考え始めた。

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