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底辺ダンジョン配信者高橋、市長になる。  作者: 松本生花店
第1章 間違えて市長になったら初めてバズった
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第14話 プロジェクトは早くも大波乱の予感

「醤油ラーメン、1つお願いします」


 ゆず希達とミスリル採掘計画について居酒屋で話してから3日後の夜、高橋は自宅近くにあるラーメン屋で早めの夕食をとっていた。

 そこそこの人気店なのだが、ピーク時間はまだなので、客入りはまばらだ。

 2日後には、また定例会が予定されている。

 すでに大方の議案質疑は終えていたが、片桐の質問はまだ残っており、油断はできない。

 彼女は先日、緊急提出したミスリル採掘の議案に確実に反対するだろう。

 経歴を見る限り、ダンジョン知識は相当なものなので、気合を入れてかからなければならない。

 そんなことを考えていると、隣の席に誰かが腰を下ろした。


「塩ラーメンをください」


 聞き覚えのある声に、顔を上げる。


「片桐議員、こんな所に来るなんて意外でした」


「あっさり系のラーメンは大好きなんです。それに私は祖父が、備後市出身の参議院議員だったというだけで、外様です。地元の人達に少しでも馴染めるよう努力しなければいけません」


 軽く会話したあと、高橋はカウンター奥にあるテレビへと視線を向ける。

 県内のローカル局が備後市の話題を取り上げていた。

 画面には、洞窟の中を照らす無数の光点と、探索業者達の捕獲と討伐の様子が映し出される。

 明るいBGMが流れる中、それに合わせて、スタジオにいる女子アナウンサーの声がナレーションとして流れ始めた。


「このルミナスコウモリは、体内に微小な魔力鉱石を宿す貴重な魔獣で、備後市のダンジョンでは主に28階層付近に生息しているそうです」


 画面が変わり、コウモリの羽根や捕獲された個体の接写映像へと切り替わる。


「今日も朝から沢山確認されたみたいで、探索業者の方々からは、今年は本当に豊作だという喜びの声が沢山上がっていました!」


 そう締めくくられた直後、画面に映し出されたものを見て、口にしていた水を高橋は噴き出した。


「備後市ダンジョン探索業者組合の組合長の和木ゆず希さんは、ルミナスコウモリの急増について、こう話しています」


 映像の中で、ゆず希はムスッとした顔で、マイクを向けられていた。


(ま、まあ28階層付近なんて素人のTVクルーじゃ危ねえからな。誰か護衛について当然か。それにしても、ゆずさんが態々護衛につくなんて……もう嫌な予感しかしねんだけど……)


 高橋が水気をぬぐっている最中、画面に映ったゆず希は、テロップで表示された質問に答え始めた。


――増えている理由はなんですか?


「あ? そんなのはウチの市が、ムカつく条例で規制かけてるからよ。こんだけ沢山いるのに、討伐制限かけるから、溜まりに溜まって一気に出てきただけよ!」


――毎年こうなんですか?


「ここ2、3年は似たようなもんだけど、今年は特に大量ね」


――これだけいれば、資源としてはありがたいのでは?


「でしょ!? いっぱい討伐して売れば、私達地元業者はガッツリ儲けられるのに、今の制度じゃ、決まった頭数しか倒せないんだから、馬鹿らしくてやってらんないわよ!」


――今後の対応はどうなるとお考えですか?


「いい質問ね。ウチの新市長の高橋は絶対に、このクソみたいな条例を変えてくれるから期待してんのよ! 高橋、見てるんでしょ!? あんたは凄いんだからごちゃごちゃ抜かすアホな市議どもなんかさっさと全員やっちまいなさいよ! あと、めんどくさい書類申請とかも全部簡素化して!」


――ありがとうございました。


「いい! ここカットしないで、絶対使うって約束しなさいよ! そうしなきゃあんたら全員ここに置いて帰るからね!」


 映像がぷつりと切れて、スタジオに画面が戻る。


「幻想的な光に包まれたダンジョン。なんだか一度は行ってみたくなっちゃいますよね……」


 女子アナウンサーは引きつった笑顔を浮かべながら、淡々とコメントしていた。

 高橋は恥ずかしさのあまり顔を覆い、出てきたラーメンにも箸をつけることができなかった。

 片桐は、ラーメンを口にしながらも、静かな笑顔を高橋に向けてきた。


「この前は知らなかったのですが、彼女は市内で大変な影響力を持っている方のようですね。しかも市長の最も有力な支援者だとか」


 片桐の言葉に、高橋は乾いた笑いを浮かべながら目を逸らす。


「……はは。まあそうですね」


「しかし、彼女は分かっていないようですね。短期的にはそれで良いかもしれませんが、長期的に利益を得ようと思えば、現行の制度を続けることが一番いいんです。歩んできたキャリアの中で、国内外色んなダンジョンを見てきましたが、備後市のダンジョン運営は理想的なものです」


 1990年代以降、日本各地のダンジョンでは、ダンジョン資源の減少が進み、それでも乱獲を止めなかった多くの自治体が、2000年代には資源の枯渇で閉山を余儀なくされた。

 その中で備後市は、早期から厳格な規制と保護政策を導入したことで、資源の持続性を守り抜いてきた。今も安定して資源を確保し続けているのは、その成果だ。

 その事は高橋も分かっていた。

 片桐はさらに言葉を続ける。


「かつて日本にはダンジョンは20ヵ所以上ありましたが、今はその半分です。当時の備後市の選択は、非常に素晴らしい判断だったと思います。これを軽々しく変えようとする理由が、私には分からないです」


 確かにその通りではある。

 だが、今は事情が違う。

 少子高齢化が進み、税収は減少し、社会保障費は増加して、財政は90年代よりさらに厳しくなった。

 この状況を打破するためにはダンジョンを積極的に活用した市政を行わなければいけない。


「お言葉ですが議員の考え方は古すぎます。ダンジョンは、保護するだけの存在ではありません。せっかくあるのに、資源を眠らせておく余裕が、今の備後市にはありません」


 高橋はできるだけ語気を穏やかに抑えつつ片桐に言葉を投げた。

 片桐は表面上は笑顔を崩さなかったが、わずかに目を細め、その視線は次第に鋭さを帯びていく。


「財政が厳しいという事情は分かります。ですが安易に目先の収益に飛びついて、市民の未来を台無しにするなど首長のやることとは思えません」


「短期的な収益が必要なのではありません。変わる時代に対応できる体制を整え、市民が将来に希望を持てる街を作りたいだけです」


「市民全体に幸せをもたらすためには、ダンジョンを活用した持続可能な経済基盤を維持しつつ、今の制度を変えずに、むしろ強化していくべきです」


 高橋は少し険しい表情を浮かべながら、反論する。


「それでは、先細りが目に見えています。いずれ、市の運営が成り立たなくなり備後市は消滅します」


「縮小は時代の流れです、避けられません。その中で備後市という自治体が長期的に持続するためには、ダンジョン資源は慎重に、管理されなければいけません」


「市が継続できれば良いというものではありません。市民が幸せに暮らせる環境を守ることこそが本質です。そのために時代遅れな規制は改めて、ダンジョンを積極的に活用し、自主財源を増やさなければいけません」


 この言葉を聞き、片桐は微笑を浮かべる。


「相変わらず、間違ったことをおっしゃるのですね。だから、あのようなダンジョン環境を破壊し、資源の枯渇を招くような緊急議案を提出したのですか?」


 今の片桐は実質的に全ての市議を取り仕切る立場だ。

 どれだけ議会で、高橋が正論を並べ立てても、数の力で否決されるのは目に見えていた。


「いいえ。片桐議員を含めすべての議員に賛同いただくつもりで提出はしました。今度の個別質問で、議員はミスリル採掘計画に触れるおつもりでしょう? そのときに、私の考えをしっかりとお話しします」


 高橋は笑顔で言葉を返す。

 片桐もラーメンの器をカウンターの上に置き、わずかに口角を上げて笑った。


「私が自分の考えに意固地になって、なにがなんでも反対するかもしれませんよ。そのときはどうされるつもりですか?」


 高橋もまた、皮肉交じりに小さく笑みを返した。


「議員には、まだまだ先がありますから。評価を落とすような真似は、されないと信じています」


 片桐は高橋に鋭い視線を向け続けながら、口元だけ大きく笑う。


「よく私の思惑をご存じで……。謝罪をさせてください。私は市長を侮っていました。ダンジョン配信というものは見たことがないですが、魔法やスキルで無駄に派手な戦闘ばかり見せつける、ダンジョン知識など必要ない仕事だと思っていました」


「あ、いや……それが普通です。僕はその、そういうのが全くダメでして。知識とかトークで勝負しようって思って頑張ったんですけど……視聴者が見たいものとはかけ離れていたのでまったくダメでした……ハハ……」


 高橋は苦笑いするが、片桐は気にもとめず言葉を続ける。


「市議会での質疑応答を見て、意外と理論的に物事を組み立てる方なのだと、驚いてはいました。しかし、私の方が遥かに上だと、思っていたのも事実です。考え方を改めさせていただきます」


「いえ、改めなくて大丈夫です。このままずっと侮っていてください」


 店で同席した偶然を利用して、強引に否決に持っていかれることは、なんとか阻止できたようだ。

 しかし、本気で討論を挑まれたら、多分負けるので、高橋は露骨に焦り始めた。

 だが、どうにもならないので、現実逃避のために、ラーメンへとそっと視線を戻す。


(やべえ、ずっと喋りっぱなしで一口も食ってねえ。……伸びてねえよな?)


 一口すする。


(……うん、ギリギリセーフ)


 これ以上余計なことを言って、片桐の自分への闘志がさらに燃え上がっては面倒なので、黙々とラーメンを食べることにした。


「ごちそうさまでした。市長、個別質問がもっと楽しみになってきました。当日は力の限り、務めさせていただきます。それでは、お先に失礼します」


 片桐は、背筋を伸ばしたまま立ち上がると、一礼して静かに店を後にした。


(いや、俺みたいな奴にそんなに気合を入れないでくれ! 俺なんかに負けたところで、あんたのキャリアにはなんの影響もねえよ!)


 高橋はそんな心の声を必死でかき消すように、ひたすらラーメンをすすった。

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