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5 英二の水炊き

翌朝、純はまだ眠そうな顔で起き上がると、何となく違和感を感じた。体がやたらと軽い…いや、むしろ小さい。周りを見渡すと、そうだった、自分はアレックスの体の中にいるんだ。


「はぁ…夢じゃないんだな…」


純は眠気に耐えながらベッドから降り、ふとトイレに向かった。トイレで座るか立つか迷いながら、最終的に立って用を足すことにした。しかし、すぐに大問題が発生する。思ったよりも高さが合わない!


「ちょっ…届かねぇじゃん!」


背が低いアレックスの体では、純がいつも立って使っていたトイレがなんだかやけに遠い。結局、苦笑しながら座って用を足すことになった。


一方、アレックスの魂が入っている純の体では、まさに別のドタバタが起きていた。アレックスは純の大きな体でモゾモゾと動きながら、朝のトイレに向かう。


アレックスはまだ寝ぼけ眼で、純の体のままトイレで用を足そうとした。その時、突然目を見開いた。


「…デカっ!」


純の体に備わった「重要な部分」の大きさに驚いたアレックスは、思わず顔を赤くしてしまった。


「なんでこんなに…いや、僕まだ子供やし、こんなこと考えたらダメ!」


急いで顔を振り、何とか冷静になろうとするアレックスだったが、しばらくその「発見」の衝撃から抜け出せなかった。



その日、純とアレックスはばあちゃん家に来ていた。純は縁側でぼんやりと空を見上げていた。アレックスの体に閉じ込められてからというもの、違和感だらけの日々だ。鍛えるだの、魔法だの、次々に急展開する状況に頭が追いつかない。それに、自分の体じゃないことがやっぱりストレスだ。


「はぁ…俺がこんな状況に巻き込まれるなんて、誰が想像したよ…」


純はため息をつきながら、自分の小さな手をじっと見つめた。アレックスの体は軽く、以前とは比べものにならないほど動きやすい。それはいいんだけど、力が全然足りない。物を持ち上げようとするたびに、腕の筋力が足りなくて困るし、声も高くなったせいで話すたびに自分じゃないみたいだ。


「ちょっとした段差も、今の体だとやけに高く感じるんだよな…それに、背が低くなって目線も変わって…なんか落ち着かないんだよ」


ふと、頭をかきむしろうとすると髪がいつもよりふわふわしているのに気づく。アレックスの髪は自分のものよりずっと柔らかく、少し触っただけで絡まってしまうのが面倒だ。


「これは手入れが必要だな…」


純はますますイライラしながら、アレックスの体に順応できない自分を責めていた。


そんな時、背後から足音が近づいてくるのに気付いた。振り返ると、ばあちゃんがやって来ていた。いつもの笑顔で、しかしどこか鋭い目つきだ。


「アレックス、ちょっとこっちに来なさい」


「ばあちゃん?何だよ、急に…」


「いいから、ついて来んね!」


ばあちゃんの声に圧倒され、純は無言で立ち上がって後をついていく。家の裏手にある物置小屋に連れて行かれた。中には古びた道具や壺、何やら奇妙なものが並んでいる。純は何か異様な雰囲気を感じ取り、思わず身震いした。


「ばあちゃん、ここって…?」


「ここは、トレーニングする所たい。あんたのお父さんからアレックスの体力ばつけてくれと頼まれとる。アレックス、あんた、近所の子にいじめられとるとやろ?」


「え?…あぁ、うん」

純は、突然の展開に戸惑いながらも、とりあえずうなずいた。

(いじめられてる?父さん、頼むから一言教えてくれよ…)

と心の中で父親に文句をつけた。


ばあちゃんは純の考えなど気にせず、壁に掛けられた古びた縄跳びを手に取って、得意げに見せつけた。

「これで体を鍛えると。ベスト・キッドっていう映画がある。それんごつ(それのように)、いじめられっ子を倒すには、体も心も鍛えるしかなか!」


「…倒すって、縄跳びで強くなれるのかよ?」


「甘く見たらでけん。縄跳びは運動能力が上がると。基礎づくりにはこれが一番たい!さぁ、覚悟はできとるね?」


純は半信半疑だったが、元体育教師のばあちゃんの目を見た瞬間、言葉にするのが怖くなった。


「わ、分かったよ…やってみるよ」


ばあちゃんは満足げにうなずき、純に縄跳びを渡した。


「まずは100回、飛んでみ!」


純は少し照れくさそうにしながらも、縄を持って飛び始めた。だが、アレックスの体だとタイミングが全く合わない。軽すぎて、自分が思ったよりも強く飛んでしまい、すぐに縄に引っかかってしまう。


「ダメだ、こんなの続かないって…」


「何ば言いよるね。続けんね!」


ばあちゃんの厳しい声が響き渡り、純は歯を食いしばって再び縄を回し始めた。だが、飛ぶたびに自分の動きが思い通りにならない。体が軽すぎて、力の加減ができないのだ。


「これじゃ、元の体の方がよっぽどやりやすいよ…」


一方、アレックスはばあちゃんの家の中で魔法の本を広げ、何か新しい呪文を試そうとしていた。彼の小さな手で本のページをめくるたびに、奇妙な文字が光り始める。ふと、本の中に描かれた複雑な魔法陣が目に留まる。


「これが…次に試すべき魔法かも!」


アレックスはそう言って、呪文を口にしようとしたその時――


外から「痛ったー!」という大きな声が響いてきた。驚いたアレックスが急いで窓の外を見ると、純が縄跳びに失敗して転んだ様子が見えた。


「純兄ちゃん、大丈夫?」


「だ、大丈夫じゃないけど…!ばあちゃんが鬼みたいに厳しくてさ…」


アレックスはその光景を見て、小さく笑いながらも、純兄ちゃんも頑張ってるんだなと思った。


すると、ばあちゃんがその二人の会話を聞いて、鋭い口調で言った。

「『純兄ちゃん』っち、あんた、ここにおるとはアレックスばい。あんたが純やろう」


アレックスは、少し焦った表情で軽く笑い、

「そうだよな。俺が純だよな。どうしちゃったんだろな、あはは…」

とごまかすように答えた。


ばあちゃんは怪訝そうな顔でアレックスを見つめ、

「アレックスも、大川弁ば教えたとに、標準語ばしゃべるようになって、どげんしたとね?」

と疑問を投げかけた。


純は焦りつつも、頭を使って状況を乗り切ろうとした。

「え、えっと、たまには標準語を使ってみようかなって思って…」


ばあちゃんは納得したような、しないような表情で、

「まぁ、よかばってん」

と言いながら、アレックスをじっと見つめた。



その夜、ばあちゃんの家で、家族全員が夕食のテーブルに集まった。食卓には、英二が自慢げに用意した鍋が置かれている。鍋からは美味しそうな香りが漂い、湯気が立ち上っていた。


英二は明るい笑顔で鍋をかき混ぜながら、

「さあ、みんな。今日は俺が水炊きを作ったから、存分に食べてくれ!」

と誇らしげに言った。


ばあちゃんが鍋を見て、

「野菜はばあちゃんが畑で作ったけん、おいしかと思うよ」

と言いながら席についた。


エリザベスが笑顔を浮かべながら会話に加わった。

「Wow、すごくいい匂い!英二、あなたがこんな料理、できるなんて、知らなかったよ」

彼女は英二の料理の腕前を軽くからかいながら、ウィンクをした。


英二は照れくさそうに笑い、

「いやいや、こんなの簡単だよ。切って煮るだけやし。たまには俺だって家族に喜んでもらわないとな」

と照れながらも嬉しそうに返事をした。


そんな両親とはよそに、純とアレックスは微妙な緊張感が漂っていた。ばあちゃんの前で、自分たちがどう振る舞うべきかを考えていたからだ。


英二がアレックスに対して、

「アレックス、今日はいっぱい食べて、明日のトレーニングに備えろよ!」

と冗談めかして言うと、アレックスである純は困惑しながらも、


「う、うん…頑張る…ばい…」

とぎこちなく返事をした。


エリザベスはさらに、

「それで、今日はどんな一日だったの、純?」

と、純であるアレックスに話しかけた。


アレックスは一瞬戸惑ったが、すぐに調子を取り戻し、

「え、えっと、今日は本で勉強したと…ですよ。面白い、勉強でした…よ…」

と苦笑いしながら答えた。


エリザベスはその言葉に微笑みを浮かべながら、

「そう、どちらも、その調子で頑張って!あなたたち、すごく、いい感じ」

と、二人を優しく励ました。


ばあちゃんはそんな様子を見ながら、

「なんか今日の二人は、やっぱりいつもと様子の違うねぇ」

と不思議そうな顔をしていた。


家族全員の温かい会話が続く中、純とアレックスにとっては、まだまだ慣れない状況に戸惑いが残る夕食となった。

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