3 散らばったマカロニ
玄関の扉が開く音がして、純はその方向を見た。純は食事の時間以外はほとんど部屋にこもっていることが多いため、リビングにいる彼の姿を見たエリザベスは驚いた。
「I’m home!」
エリザベスは目を見開きながら、リビングの純を指差した。
「珍しいね、純さん、いるなんて」
しかし、次の瞬間、エリザベスはさらに驚愕した。純が口を開き、信じられない言葉を発したのだ。
「Mum、僕だよ」
「What?…純さんMumって言った?本当に?」
純が突然「Mum」と呼んだことにエリザベスは戸惑い、目を丸くした。
その時、アレックスが大人びた口調で言った。
「いや、違うんです。そっちはアレックスで、こっちが純です」
エリザベスはさらに困惑し、肩をすくめ、大きなジェスチャーを交えながら問いかけた。
「何、なになに?どうした?」
その瞬間、純が流暢な英語で説明を始めた。
「Jun-niisan and I's souls have swapped(純兄さんと僕の魂が入れ替わったんだよ)」
エリザベスの目は驚きで大きく見開かれ、思わず後ろに一歩下がった。
「Oh my gosh!(なんてこと)…」
驚きの声を上げ、両手を大きく振ってオーバーな反応を見せた。
純はアレックスが何を言っているのか理解できなかったが、エリザベスの動揺した反応から、大体の内容を察した。
「信じられないかもしれませんが、今はちょっと落ち着いてください」
アレックスが冷静な表情で言うと、エリザベスはまだ混乱しつつも、深呼吸をして気を落ち着けようとした。
「ガタン!」
突然、キッチンから大きな音が響いた。
「Oh my gosh!」
驚いたエリザベスは、反射的に純であるアレックスを守るように抱き着いた。
「Are you OK?(大丈夫?)」
「…アイム、オーケー…」
抱き着かれることに慣れていない純は体が固まった。
そんなアレックス(純)を見て、エリザベスは思わず「Sorry」と言い両手を挙げて、慌ててキッチンへ駆け寄った。
キッチンの床にはマカロニが散らばっていた。実はオインクがキャットフードをすぐ食べてしまうので、エリザベスはいつもキャットフードを一番高い棚の中に入れていた。どうやらオインクはその棚からフードを取ろうとしたが、失敗してしまったようだ。その結果、棚の下にあったマカロニの袋をひっくり返してしまった。
「Oh, Oink! 何やってるの!」
エリザベスは大きなジェスチャーでオインクを追い払おうとしたが、オインクはお構いなしに、興味深くマカロニの臭いを嗅いでいた。エリザベスはオインクを叱りながら、散らばったマカロニを拾い上げた。その間も、先ほどの純たちの会話を頭の中でリプレイしていた。そして状況を理解し、恐れていたことが起きてしまったと、エリザベスは手のひらで頭を覆った。
「…それで、なぜ魂、入れ替わった?…まさか魔法?」
しばらくしてリビングに戻ったエリザベスは、お気に入りのバラの絵が描かれたティーカップを手に、紅茶を一口飲んで、純たちを交互に見つめながら尋ねた。
アレックスは真剣な顔で説明を始めた。
「お腹すいて、純兄ちゃん、ラーメン作ってくれたと。胡椒ば入れようとしたら、滑って落として…。そしたら二人でくしゃみして、『Bless you』っち言わんやった。それで、魂が入れ替わったと…」
エリザベスはその言葉に反応し、さらに両手を広げて大げさな仕草を見せた。
「Oh, no!『God bless you』は本当に大事。くしゃみは魂が体から出ていく時だから、その時にその言葉を言わないと、魂が他の場所に行っちゃうよ!普通の人はOKだけど、魔法が使える人、言わなきゃダメ」
エリザベスは説明しながら、手で空中に何かを追い払うような動きを加えた。
純は信じられないという顔でエリザベスを見つめた。
「そんな話あるかよ…」
「嘘じゃないよ、純さん!これ本当にある!」
エリザベスは力強く言い、またもや手を大きく振りながら強調した。
「だったら、はやく魂を元に戻せるように、魔法が書いてある本を見せてくれよ!」
純は苛立ちを隠せず、つい声を荒げた。
「Sorry mum. 本の事、話した」
アレックスが申し訳なさそうに言った。
エリザベスは一瞬ためらい、困ったように視線を逸らした。
「その本は…エージが帰ってきたら説明する…」
「は?なんでだよ。早く見せてくれって!」
純は強く言ったが、エリザベスは首を振った。
「エージは魔法のこと、知らない。だから…彼が戻ってきて、ちゃんと話す。今はそれまで待って」
エリザベスは手を広げて「待って」と言わんばかりのジェスチャーをし、そう答えた。
純は再び混乱した顔でため息をつき、椅子に座り込んだ。
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