表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

9/65

出発です! 2

 答えを聞いたマリーは意外そうな顔をする。


「そうだったのですね。私はお嬢様の心情に寄り添おうともせず、ただ励ますばかりで」

「いいのよ。私だってマリーの立場だったら、そうするしかないと思うし」


 メイドが進言したところで、父は聞き入れる性格ではないと断言できる。


「でも記憶が無いんだってことを受け入れたら、気持ちがやけにすっきりしてね。頭痛もしなくなって、気分もすごくいいの! だからお互いに、過去の嫌なことは気にしないようにしましょう。大切な人達の記憶は残っているのだから、前向きになった方がいいわ」

「お嬢様……ありがとうございます」


 心から安堵した様子のマリーに、アリシアは微笑む。

 マリーは亡き母が孤児院から引き取ってきた子だ。

 母はよく孤児院や病院を慰問に訪れ、幼いアリシアも同行させた。

 あるとき、アリシアと同い年の少女が病で死にかけていると聞いた母は、その少女を館へ連れ帰って来た。

 それがマリーだ。

 幸いにもジェラルドの処方した薬が良く効き、回復してから今日まで一度も病とは無縁の健康体となり、アリシア付のメイドとして仕えてくれている。


「奥様がお亡くなりになるとき、私はお誓いしたのです。何があろうと、お嬢様をお守りすると」

「その気持ちは、とても嬉しく思うわマリー。でももう気にしなくていいのよ。自分の人生を歩みたいと思ったら、遠慮なく言ってね」

「そんな悲しいこと言わないでください。私にはお嬢様しかいません。何があろうと、一生お仕えいたします」


 しかし実質的に、名ばかりの公爵令嬢となったアリシアには、金も権力も無い。


(どうせ国には戻れないわ。父は私の記憶が戻ったらすぐにでも仕事へ復帰させるつもりのようだけど、現実的でないのは自分が一番分かってる)


 自分の価値は、公爵家の財産管理と運営の手腕だ。しかし記憶が無くなってしまった今、父からすれば自分の価値はないに等しい。

 王子の婚約者という立場も義理の妹に奪われた今、アリシアに残された手札は皆無だ。


(マリーの忠誠は嬉しいけれど、彼女はメイドとしての能力は高い。私なんかに従って、将来を潰すような事はあってはならないし。……落ち着いたら、新しい就職先を紹介しなくちゃ)


 金銭面に関してなら、暫くの間は身につけている宝飾品を売れば食うには困らないだろう。なので療養中に自分にもできる仕事を見つけ、「レンホルム公爵」の名が使えるうちに、マリーの紹介状を書かねばと考える。


(この状況で、家の事を考えずに済むのは不幸中の幸いだわ)


 父はアリシアが戻ってくることを望んでいるが、妹が王子と結婚したのだから生まれた子を公爵家の跡取りにすればいい。妹に子が生まれて、成人するまで二十年程度と仮定しても、公爵家の財務は専門のギルドから人を雇い入れれば問題ないだろう。


 むしろ公爵家からすれば、王家の血が入った子を跡取りにした方が貴族社会で優位に立てる。

 多くの子を産み、跡取り以外は有力貴族や周辺国との婚姻を取り付け強い結びつきを作り、王家の繁栄に貢献する。


 それが王妃の務めだ。


(王妃の仕事は、子をもうけること……妹も大変な道を選択したわね)


 王族の、それも皇太子の婚約破棄など、あっという間に周辺国にも広まるだろう。

 どういった事情があれど醜聞は避けられないから、本来は内密に話を進めるべきなのだ。

 けれど彼らはそうせず、国中の有力者を城に呼びつけて自分に婚約破棄を言い渡した。


(よっぽどの覚悟があったのね。けれど私からは、何もできない……せめて二人が幸せになるよう祈るだけだわ)


「お嬢様? どうなさったのですか?」


 黙り込んだアリシアを心配して、マリーが声をかける。


「妹と王子が幸せになるようにって、祈ってただけよ」

「……お嬢様は優しすぎます」

「いやだマリー、どうして貴女が泣くの?」

「あんな酷い仕打ちをした方々の幸せを祈るなんて……私にはとても無理です」


(……忘れちゃってるから、当事者感覚が無いのよね)


 見舞いに来たマレクを見ても恋心が戻るどころか、むしろ「情けない王子から婚約破棄をされて、結果としてよかったのでは」とまで思ってしまった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ