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出発です! 1

 こうしてアリシアは、ロワイエ国に向かうことになった。


 最後まで父は複雑そうにしていたが、母とジェラルド医師の説得もあり表向きは快く送り出してくれた。

 しかし馬車に乗り込む寸前、「早く記憶を戻して帰ってこい」と囁いた言葉が父の本心なのだろう。

 なぜそこまで自分に拘るのか、その時はまだ理解できていなかった。


*****


「酷いですよ。お嬢様はレンホルム家の令嬢でいらっしゃいますのに。馬車は一台で護衛もなし、お供も私一人なんて。せめてもう二人くらいは……」

「気にしてないわ。それにこのくらいが気楽でいいわよ。私としては、マリーがついてきてくれただけで嬉しいわ」


 ジェラルド医師とティアは、あえて国に残った。他にも何人かアリシアの付き添いを申し出たけど、ティアが窘めたと聞いている。


 使用人達は何かしら公爵夫妻に不満を抱いていたのが、今回の件で爆発したようだ。しかし全員がアリシアについて行ってしまえば、流石に療養自体を止められてしまうとティアは判断した。

 そして「アリシア様を守る為に、今は我慢をしましょう」と使用人達を説得してくれたとマリーから教えられたのである。

 しかしアリシアからすれば、何故そこまで自分を気遣ってくれるのか全く分からないままでいる。

 確かに婚約破棄をされ記憶喪失になってしまった自分は、「可哀想」な存在なのだろう。だがそれにしても、気遣いが過ぎる気がしてならない。


「ねえマリー。今なら二人きりだし、私に一体なにがあったのか教えてほしいの」

「ですが私は、広間での出来事は噂でしか知りませんし」

「あなたが知ってる事で構わないわ。それより私がお母様を亡くしてから何をしていたのか、くわしく知りたいの」


 母の事はよく憶えてる。別の国から嫁いで来た貴族で、厳しいけど美しく優しい母だった。

 そう告げると、マリーの目に涙が浮かぶ。


「アリシア様は、奥様のことは憶えているのですね。良かった……」


 マリーが奥様と呼ぶのはアリシアの母だけだ。

 ダニエラの母親は公爵夫人と呼んでいると、他の使用人が言っていた。


「孤児院に捨てられた私を奥様がお屋敷に迎えてくださらなければ、どうなっていたことか。私はあの時、奥様とアリシア様に生涯尽くすと心に決めたのです」

「マリー」

「……アリシア様が受けた数々の仕打ちをお伝えするのは心苦しいですが、何も知らないままでは不安ですからね。どうか気持ちを強く持って、私の言葉を聞いてください」


 なんだか物々しい雰囲気のマリーに呑まれ、アリシアも表情を引き締める。


 そして語られた内容に……流石に、ちょっと。いや、かなり引いた。


(ジェラルド先生やティアの話から察してたけど、マリーの言うとおり教育されてたなら……私の家って、かなりヤバイんじゃない?)


 恐らくだが、アリシアは公爵家の家の財務を全て管理していた。というか公爵の代理という名目で、本来なら父のするべき仕事を押しつけられていたのだ。

 金銭面だけでなく、領地から穫れる小麦の価格に関して商人と農民の間に立っての交渉や、土地売買に関しての立会人など。


 十代の小娘が請け負っていい仕事内容ではない。


「……という事なのですが。何か思い出しましたか? アリシア様」


 聞かれてもアリシアはぽかんとして首を振るだけだ。


 はっきり思い出せる記憶は実母の葬儀までで、それ以降の事はきれいさっぱり忘れていた。ついでに幼い頃から学ばされた法律や帳簿付けなど公爵家の財務運営に関わる事も、全く記憶にない。


「本当に……全然思い出せない」

「アリシア様。申し訳ありません、やはりお話ししない方が良かった……」


 額を押さえてしばらく考え込んでいたアリシアだったが、両手で頬を叩くと顔を上げて真っ直ぐマリーを見つめる。


「ううん。私が頼んだんだからいいのよ。それに私が記憶を無くした理由も、なんとなく分かったしね」

「理由を伺ってもよいですか?」


「婚約破棄はただの切っ掛けよ。私、法律とか簿記とかそういうの苦手なのよね。お父様が煩いから仕方なく勉強してただけ」

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