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もう全部忘れてしまいたい

 ぼんやりとした意識の中で、アリシアの脳裏に幼い頃の記憶が浮かんでは消える。


 思えば自由などない暮らしだった。

 産まれた直後に王子との結婚を決められたアリシアは、幼い頃から何人もの家庭教師をつけられた。


 礼儀作法は勿論、領地の経営論。本来ならば専門職の使用人に任せる帳簿付けまで、徹底的に教え込まれたのだ。


 母は病気がちでベッドから出られず、アリシアが十歳の時に亡くなった。


 一方父は公爵としての仕事や領地の見回りに追われ、伏せる母を見舞うこともなく屋敷へも滅多に帰ってくることがなかった。

 母が亡くなり、程なくして父はアリシアに何の説明もなくダニエラと彼女の母を屋敷に連れ帰ってきた。


 「新しい母と妹だ。仲良くしなさい」とだけ告げられ、アリシアは戸惑ってしまう。けれど突然の事で驚いているのは相手も同じだと思い直し、怯えた様子で辺りを眺めている自分の一つ年下のダニエラの手を取る。


「私はアリシアよ。今日から貴女のお姉さんになるわ、よろしくね」

「うん!」


 満面の笑顔で頷いたダニエラは、まさに天使のようだった。


 その天使の笑顔が悪魔の仮面だったとアリシアが知るのは、数年先の事となる。


 日々勉強に明け暮れるアリシアとは反対に、ダニエラとその母は自由気ままに過ごしていた。

 たまに楽器や歌唱の勉強をしていたようだが長続きすることはなく、父が買い与えた高価な楽器は暖炉にくべる薪のような感覚で倉庫へと放り込まれた。


 そんな妹とは対照的に、アリシアが十二歳の誕生日プレゼントとして父から送られたのは、土地の管理に関する分厚い法律書。望んでいた帽子は、「必要ない」と父に一蹴された。決して高い物をねだった訳ではなく、町で流行っているとメイドが話していた市民でも手軽に買える品だ。


 プレゼントに限らず、アリシアのささやかな希望はことごとくなかったことにされた。更には「余計な事を考えるから、無駄遣いをしたくなるのよ。仕事をさせればお金の大切さが分かるわ」という継母の進言を受け、父は領地の運営までアリシアに課すようになる。


(法律や経済の勉強なんてしたくない。仕事も嫌よ!)


 何度そう叫びたかったか分からない。けれどアリシアを庇ったメイドや執事はすぐに解雇されてしまい、次第に誰もアリシアを表立って擁護する者もいなくなった。


 深夜まで仕事と勉強に忙殺されるアリシアの唯一の楽しみは、図書室の片隅で見つけた古い魔術書だった。

 この国ではとっくに廃れた魔術の内容は不思議なものばかりで、読んでいる間だけアリシアは過酷な現実を忘れることができたのだ。


 しかしその現実逃避も、すぐに終わりを告げる。


 深夜、図書室に籠もるアリシアを不審に思った父が魔術書を読みふけるアリシアを見とがめ、すぐさま取り上げてしまった。翌朝アリシアが中庭で見つけたのは、燃やされた魔導書の切れ端。

 以来アリシアは何かを欲するという気持ちがなくなり、勉学と仕事に没頭するようになる。


(やめて、こんな事を思い出させないで!)


 苦しいだけの記憶から逃れようと、アリシアは闇の中でもがく。


(もう全部忘れてしまいたい……そうだ、忘れよう……どうなったって知らないわ!)


 声にならない叫びを上げた次の瞬間、頭の中で火花が散る。

 ズキズキと目の奥が痛み出し、アリシアはたまらず飛び起きた。


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